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平沼赳夫さんの事務所に、今衆議院選挙において太陽の党が合流をした日本維新の会から元たちあがれ日本党の大阪第十四選挙区支部長でありました三宅博さんを立候補者として擁立しないのかというメールを送りましたところ、三宅先生には必ず立候補して頂きますという返事が返って来ました。これが現実のものとなることを期待します。
晩秋、心にしみる人の情け(西村眞悟)
西村眞悟近畿比例立候補者の御話し
 
 「斯くの如く、総選挙に臨む」、次に、「斯くの如く、街頭演説をした」とお伝えしてきた。
 そして、さらにお伝えしたいことがある。
 それは、この西村眞悟が、支えられているもの、だ。
 
 解散後、「斯くの如く総選挙に臨む」ことを決めたここ数日の間、郷里堺の人々に会い、全国の人々と連絡をとりあってきた。
 そして私は、お会いできた人、お話をすることができた人から、何をいただいたのか。
 
 それは、人の情けのありがたさだ。
 
 涙を流してくれる人がいた。なんでなんだと怒っている人もいた。昨夜にお電話をくれた方は、投票用紙には「西村眞悟」としか書きたくないと言われた。
 道ですれ違う人が、「あっ、西村さん、頑張ってや」とたびたび言ってくれた。
 皆、心配してくれていた。同時に、皆、励ましてくれた。
 嗚呼、僕は、この皆さんの思いに支えられてきたのだ、とあらためて、ありがたさがしみじみと心に満ちた。
 「太陽」と「維新」合流後の私の泉ヶ丘での街頭第一声(十一月二十三日)は、拉致被害者救出の呼びかけだった。まさにこれが我が国政の最大の課題だ。
 昨日(二十五日)の午後、八尾で行われた「もう待てない 直ちに拉致被害者全員を奪還しよう」(大阪ブルーリボンの会主催)集会に参加すると、
 私と同じように、この度の選挙の最大の課題は、拉致被害者救出だと演壇から獅子吼する講師の青山繁晴氏が、演壇から私を「西村さんが参加している」と会場に紹介してくださった。すると満席千五百名の参加者が拍手で迎えてくださった。
 集会終了後も、控え室で、私が励まさねばならない拉致被害者家族のご高齢の横田滋さんご夫妻や有本明弘さんご夫妻に、「お体に注意して頑張ってください」と励まされた。逆だ。
 本年春、久しぶりに刊行した新著の冒頭で、
「私は『我が日本』によって生かされ、またそのために死ぬのは喜びである」と書いた。
 その日本人は情の民族だ。それは、数学者の岡潔先生が指摘されたことだ。そして日本人の情は、悠久の昔から続く「日本」から生み出されている。
 この「日本」とは、万世一系の天皇を戴く和の国で、ここから日本人の情が生み出されているのだ。
 それ故、私は、この晩秋、
 心にしみる人の情けをいただき、
 祖国日本の情に支えられ、
 祖国から使命を与えられているのを感じる。
 
 このありがたさ、ここに記して思いをお伝えせずにはおれません。あらためて、
 万世一系の天皇を戴く祖国日本に生まれたことに、心より感謝し、
 人の情けのありがたさを思い、
 不肖の私を、今まで励まし支えていただいた皆様に深謝申し上げます。
 そして、
 今が、まさに祖国再興の混沌の前夜なのです。
 私は、ここに使命を見いだしているのです。
 このためには、石原慎太郎、平沼赳夫とともに、如何なる事にも耐えうるのです。
 切に、これからもどうかよろしくお願いいたします。
 
斯くの如く、街頭演説をした(西村眞悟)
西村眞悟近畿比例立候補者の御話し
 

 昨日十一月二十三日、日本維新の会の街頭演説が堺市南区の泉ヶ丘駅前ロータリーで行われ、登壇の要請を受け街宣車の天井に乗って演説した。

 ロータリーには五百名を超える人々が集まってくれており、上に登ると松井大阪府知事が演説をしていて、その横に新しく第十七選挙区の候補者となった堺市議の馬場君がいた。そして、橋下大阪市長が登ってきた。

 松井知事の演説が終わり、私にマイクが回された。

 
 さて私は、この寒さに向かう中で行われる選挙において、候補者はもちろん、全日本国民は、北朝鮮に拉致され長年にわたって抑留されている同胞(はらから)が、如何なる思いで寒さを迎えているか、常に意識していなければならないと思う。

 そうでなければ、前の選挙のように、彼等拉致被害者と国民救出の国家的課題を忘れて、ただ自分らだけの安楽を訴える「生活第一」選挙に堕ちてしまい、結局、三年後には現在のように国家崩壊の危機に見舞われる。

 否、これを繰り返せば、三年後には日本はなくなる。
 私の演説の要旨、概要は、以下の通り。
 十日前(十一月十三日)は、この泉ヶ丘駅前で、この西村眞悟は、「たちあがれ日本」の西村として朝立って皆さんに挨拶していた。六日前(十六日)の夕方は、「太陽の党」の西村として立っていた。
 そして、これからは、この横にいる馬場君が立つ。
 よろしく頼みます。

 何故こうなるのか。それは、我々太陽の党と日本維新の会が合体したからだ。
 何故合体したのか。それは、石原慎太郎代表が言う「大義」のためだ。
 その「大義」とは、戦後体制から脱却して祖国の未来を拓くことだ。
 

 皆さん、三年前、自民党ではダメだ、あの政治はこりごりだ、だから自民党を見限り民主党に「一度やらせてみよう」と政権を移したのだ。

 そしてこの結果は、斯くも無惨に我々の前に在り、民主党政権の御陰で国が無茶苦茶になっている。
 考えてみれば、自民も民主も、ともに戦後体制の中で育った表裏一体の政党で、これは、自民民主の総体としての「戦後体制」が、既に我が国を担えなくなっていることを、我々に示している。
 
 その閉塞状況のなかで、大阪では、橋下知事の「大阪維新の会」が、自民党にはあきあきし民主党に絶望した「何とかしてくれ」という民意を吸収し、前にいる多くの維新の会の市会議員と府会議員を誕生させた。

 これは、大阪において、自民でもない民主でもない、つまり戦後体制からの脱却の動きが起こったということだ。

 従って、この大阪の動きを、力を合わせて国政に拡大するために、国政において真に戦後から脱却して祖国を再興させようとしていた我々と日本維新の会が合体した。
 
 皆さん、我が国家の課題を具体的に感じて欲しい。

 今季節は寒さに向かっている。北朝鮮は日本よりもっと寒い。この北朝鮮に、突然、拉致され家族と祖国から切断された拉致被害者が五百名近く抑留されている。

 自民も民主も、北朝鮮が日本人を拉致していることを、知りながら見て見ぬふりをしてきた。日本政府が拉致被害者は十七名と言っているが、これは嘘だ。被害者は、五百名近くいる。

 その拉致被害者にとって、寒くなり年末年始が迫ってくる今の季節が一番つらいのだ。

 帰国できた拉致被害者五名の内の一人はこう言っている。「年末が迫ると、来年は日本が救いに来てくれるといつも念じていた。しかし、年が明けても救いはなかった。がっかりして、力が出ない。こういう年月が続いた。」

 ナチスによって強制収容所に入れられたユダヤ人の死亡率は、十二月二十四日のクリスマスが終わると急上昇したと言われている。彼等は、今年のクリスマスこそ収容所から出て自由になれると念じながらクリスマスを迎えていた。しかし、その希望がかなえられないと判ったとき、気力を喪失し亡くなっていたのだ。
 皆さん、今、極寒の北朝鮮で、拉致された日本人同胞は、このナチス収容所のユダヤ人達と同じ境遇におかれている。

 十三歳で拉致された横田めぐみさんも、救出を待っている。
 皆さん、この同胞、この自国民を救おうとしない国家に未来はないのです。
 日本人拉致被害者救出、これこそ、現在日本の切実な国家的課題であるということを、どうか片時も忘れないでいてほしい。
 
 平成九年、私は石原慎太郎さんと、尖閣視察の計画を練り、それを実行した。そして、国家は断固として領土を護らねばならないと国民に訴え続けてきた。

 石原慎太郎さんは、今、日本維新の会の代表だ。

 また私は、十年間、北朝鮮に拉致された日本人を救出する議員連盟の幹事長として、会長の平沼赳夫さんに仕えともに歩んできた。

 平沼赳夫さんは、今、日本維新の会の国会議員団団長だ。
 私は、領土と国民を救うという国家の切実な課題に、石原慎太郎代表、平沼赳夫団長らとともに取り組んできた。そして、これからも取り組んでいく。この取り組みが、国政の最大の動きとなるとき、我が国は閉塞状況から脱却できる。

 戦後体制とは、この領土と国民を救うという課題に取り組めない体制なのだ。だから行き詰まった。
 従って、皆さん、この我が国の未来を拓く、この大きな動きに参加しご支援をいただきたい。
 
2012年 大阪府衆院選立候補者・一覧
(まだ確定ではありませんので変更はあるかも知れません)
◎=真正護憲論者
 
 ▽1区(5人)
大西 宏幸45 元大阪市議 自新 ◎
吉川 玲子50 党地区職員 共新 
井上 英孝41 大阪市議  維新 
熊田 篤嗣41 党総務会長 減前 
中馬 弘毅76 元行革相  無元 
 
 ▽2区(5人)
左藤  章61 学校法人理事 自元 
萩原  仁45 元設計会社長 生前 
山本 陽子58 元府議    共新 
石井 竜馬43 大学院講師  み新 
川条 志嘉42 企画会社経営 無元 
西根 由佳(37歳)元薬剤師  維新
 
 ▽3区(3人)
柳本 卓治68 元拉致特委長 自前 
佐藤 茂樹53 党府代表   公前 
渡部  結31 党地区副委長 共新 
 
 ▽4区(5人)
吉田  治50 元国交副大臣 民前 
中山 泰秀42 元外務政務官 自元 
清水 忠史44 元大阪市議  共新 
村上 政俊29 元外務省職員 維新 
井上 幸洋63 元電器会社員 社新 
 
 ▽5区(3人)
稲見 哲男64 総務政務官 民前 
国重  徹37 弁護士   公新 
瀬戸 一正63 元大阪市議 共新 
 
 ▽6区(3人)
村上 史好60 元文科委理事 生前 
伊佐 進一37 元文科省職員 公新 
北原 洋子54 党府委員   共新 
 
 ▽7区(5人)
藤村  修63 官房長官   民前 
渡嘉敷奈緒美50 薬剤師   自元 
渡辺 義彦56 元安保委理事 生前 
石川 多枝45 党地区副委長 共新 
上西小百合29 会社員    維新 
 
 ▽8区(4人)
松岡 広隆30 元拉致特理事 民前 
大塚 高司48 元議員秘書  自元 
五十川和洋53 元豊中市議  共新 
木下 智彦43 会社員    維新 
 
 ▽9区(4人)
大谷 信盛49 元環境政務官 民前 
原田 憲治64 元府議    自元 
末武 和美65 元府職員   共新 
足立 康史47 元経産省職員 維新 
 
 ▽10区(4人)
辻元 清美52 元首相補佐官 民前 
大隈 和英43 医師     自新 
浅沼 和仁51 党地区副委長 共新 
松浪 健太41 元自民党衆員 維前 
 
 ▽11区(4人)
平野 博文63 前文部科学相 民前 
井脇ノブ子66 元財団役員  自元 
三和 智之37 党地区副委長 共新 
伊東 信久48 医師     維新 
 
 ▽12区(3人)
樽床 伸二53 総務相    民前 
北川 知克61 元環境政務官 自元 
吉井 芳子50 党地区職員  共新 
 
 ▽13区(3人)
樋口 俊一61 元消費特理事 民前 
西野弘一(43歳)府議会議員  維新
寺山 初代57 市民団体役員 共新 
 
 ▽14区(4人)
野沢 倫昭64 元八尾市議  共新 
谷畑  孝65 元厚労副大臣 維前 
長尾  敬49 元厚労委理事 無前 ◎?
雑誌willで憲法破棄と言ってはいた様ですが…真意は如何なのでしょうか。 
 
 ▽15区(4人)
竹本 直一71 元財務副大臣 自前 
大谷  啓41 元科技特理事 生前 
為  仁史63 党地区委員  共新 
浦野 靖人39 府議     維新 
 
 ▽16区(3人)
森山 浩行41 元府議    民前 
北側 一雄59 元国土交通相 公元 
岡井  勤61 元堺市議   共新 
 
 ▽17区(5人)
辻   恵64 元法務委理事 民前 
岡下 信子73 元内閣政務官 自元 
吉岡 孝嘉54 党地区准委員 共新 
馬場 伸幸47 堺市議    維新 
 
 ▽18区(3人)
矢野 忠重62 党地区役員  共新 
遠藤  敬44 財団法人役員 維新 
中川  治61 元厚労委理事 無前 
 
 ▽19区(4人)
長安  豊44 国交副大臣  民前 
谷川 とむ36 元議員秘書  自新 
田上聡太郎34 党地区委員  共新 
丸山 穂高28 元経産省職員 維新
 

【比例代表近畿ブロック】(定数29)
 
 ▽民 主(1人)
浜本  宏60 元テロ特理事  前
 ▽生 活(1人)
熊谷 貞俊67 元法務委理事  前
 ▽公 明(4人)
竹内  譲54 党京都府代表  前
浮島 智子49 元参院議員   新
浜村  進37 元総研職員   新
樋口 尚也41 元建設会社員  新
 ▽共 産(2人)
宮本 岳志52 党中央委員   前
堀内 照文40 党准中央委員  新
 ▽社 民(1人)
服部 良一62 元労組委員長  前
 ▽幸 福(1人)
立木 秀学41 党首      新
 ▽維 新(1人)
西村 真悟64歳 元衆議院議員  前 ◎
 
 

大日本は神國なり

大日本は神國なり
四宮さんの御話し

古代以来今日に至るまで、日本は天皇を祭祀主と仰ぐ君主国である

『終戦の御詔勅』に「茲に國體を護持し得て」と示されているように、わが国は大東亜戦争の敗れた後も、天皇中心の國體は護持された。また『現行憲法』にもきわめて不十分・不完全ではあるが國體規定が書かれている。
...

戦前の國體論の代表的なものは、文部省思想局で編まれ、昭和十二年三月三十日に文部省から発行された『國體の本義』であろう。編纂委員は、山田孝雄・久松潜一・佐久知荘一・山本勝市・井上孚麿の各氏ら当時の国文学・国史学・憲法学などの権威であり、学問的価値のある文献である。

その冒頭に「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の國體である」とある。これは『記紀・萬葉』以来のわが國體の道統を端的に表現している。そしてそれは今日においても全く変わっていないのである。

日本國の本質は、祭り主・天皇を中心にした國民の信仰的・精神的共同體である。農耕生産の共同生活を営む人々の祭祀がその中核である。祭り主である天皇の祭祀が及ぶ範囲が広がって行って生成された國である。これを『日本神話』は「神が日本國を生みたもうた」と表現した。

 したがって、日本といふ國家の本質は権力者が國民を支配するための機関すなはち権力國家ではないし、日本國の君主たる天皇は、武力や権力を以て國民に命令を下す権力者ではない。また、多数の個人が契約を結んで作った國ではない。さらに、征服や革命によって人為的に成立した國家でもない。だから我が國の國體を「萬邦無比」といふのである。

『神皇正統記』(南北朝時代の史論。北畠親房著。延元四年成立)の冒頭には、「大日本者神國(おほやまとはかみのくに)也、天祖(あまつみおや)ハジメテ基(もとゐ)ヲヒラキ、日神(ひのかみ)ナガク統ヲ傳給フ。我國ノミ此事アリ。異朝(いてう)ニハ其タグヒナシ。此故ニ神國ト云(いふ)也。」とある。

この文章に「わが國は、神が護り給ふ國であるだけでなく、天照大御神の生みの御子が統治し給ふ國である」といふわが國の傳統的國家観・天皇観が端的に示されてゐる。國體の危機の時にこそ尊皇思想が興起し、國難の時にこそ神國思想が勃興するのである。今日のおいてもそうであるし、そうであらねばならない。
 
 

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