『道徳とモラルは完全に違う』
【士魂商才】【人間尊重主義】【大家族主義】の経営を貫いた尊敬する出光興産創業社長、出光佐三氏のお言葉。「日本人にかえれ」より
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モラルとは、我欲の征服者であるエンペラー(皇帝)、キング(国王)が大衆を治めるために、法律、組織、規則をつくり、大衆がこれらの法律、組織、規則に従うことである。法律、規則といった紙に書いたものを守るのがモラルであり、そこから合法的とか、順法精神というものが出てくるの...
である。これに対して日本の道徳は、お互いに仲良く平和に暮らすために人間の真心から自然と湧き出たものである。すなわち、「無我無私」「互譲互助」「恩」「犠牲心」「義理人情」等がそれである。道徳は紙に書いたものではなく、人間の真心からでてくるものである。(中略)道徳とモラルは全然違う。このことを日本人は、はっきり認識すべきである。このモラルと道徳の違いを端的に表しているのが十七条憲法と日本国憲法の違いであり、教育勅語と教育基本法の違いである。十七条憲法は皇室を中心にしてお互いに譲りあい、助け合って和の形ををつくりあげ、平和に暮らしてきた実態を聖徳太子が文章にされたものである。仏教や儒教が入ってきて、それまでの千数百年来の平和の実態に言語や理論を与えて形式的にできたものである。これは第一条の「和をもって貴しとなす」がはっきり物語っている。これに反して日本国憲法は主権在民とか、基本的人権などというように外国の権利主義、個人主義、対立闘争の思想に基づいてつくられたものである。占領軍から押しつけられた憲法、日本には不必要な憲法である。日本にはお互いに仲良くする憲法があればよいのである。また教育勅語には日本固有の道徳が述べられてあるが、これは「古今を通じてあやまらず中外に施してもとらない」ものである。ところが、この日本固有の道徳を否定し外国のモラルを直訳したのが教育基本法である。日本人は日本の國體、民族性を基礎とした道徳こそが平和福祉の基礎であることを再認識しなければならない。
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我が國は、古来よりこの道徳や、伝統、慣習、歴史などによって、天皇陛下を中心として「日本らしさ」「日本人らしさ」である國體を形成してきたのです。その國體を破壊するGHQから押し付けられた占領憲法(日本国憲法)という名称の法令は、不文の法である規範國體を成文化した、憲法(いつくしきのり)としては絶対に無効なのです。