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現行憲法の改正を今だに言っている人間は何なのでしょう

真正護憲論がそれなりに広まって来ている今、何を言っているのかと思います。
真正護憲論をきっちりと理解をしたならば、真正護憲論に沿って現行憲法をとっとと無効にすれば良いということに気付くはず。知らないのであれば、既存メディア(テレビ、新聞、らじお)しか見ていないのであればまだしも、インターネットにおいて政治の情報を取っており、且つ憲法にも物申すというのであればまず真正護憲論を理解していない時点でそれは無責任、或いは憲法を語る上で不完全な人間ということになります。そしてそういった人間が、それこそ無責任に中途半端な答えを出した挙句にそれを盲信するのです。そう考えるとその中途半端な答えしか出さない中途半端な人間達が、國民主権などという宗教のゴットと同等の御先祖様が作って来られたことも、そして未来も無視して今さえ良ければそれで良いというとんでもなく傲慢なとんでもない権利を持ってしまっている分けですから現在の我が國の状況は最悪ですね。
 
真正護憲論とは、簡略版ではありますが以下の本を読んで頂ければ取り敢えず分かると存じます。
http://www.amazon.co.jp/%E5%8D%A0%E9%A0%98%E6%86%B2%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%AD%A3%E9%AB%94-%E5%8D%97%E5%87%BA-%E5%96%9C%E4%B9%85%E6%B2%BB/dp/4336051143/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1358739137&sr=8-1
 
 
われわれの愛する國家とは
四宮さんの御話し

國家を否定し、國家を破壊する運動を展開してきたのが共産主義革命運動である。これは、マルクスの「我々が國家を持つのは資本主義においてのみである」「國家は少数者による多数者に對する支配と搾取の體制」「國家は人間疎外の装置」という思想による。これは國家というものを権力機構・支配統制組織としてのみとらえた考え方である。

しかし、共産主義國家こそ、多数者による少数者の搾取が行われ、人間疎外の装置として國民を圧迫し苦しめてきたことは、旧ソ連・共産支那・北朝鮮を見れば明らかである。 権力無き社會の實現を目指して戦った共産主義勢力は、その結果として強大にして残虐無比な権力國家を作りあげた。旧ソ連・共産支那・北朝鮮がそれである。
...
また、共産主義社會の實現を目指し反國家闘争を繰り返してきた日本國内の共産主義勢力は、恐るべき闘争を繰り返し互いに殺し合っている。社民党や共産党を見て明らかな通り、國家否定を目的とする左翼革命勢力こそ、権力國家の建設を目指し、および外國の権力國家からの侵略に協力してきたのである。反國家・國家破壊の思想と行動は、人類に惨禍しかもたらさなかったと言っていい。

我々が限り無く愛する日本國とはいかなる國であるのだろうか。「國家」という言葉は漢語であるが、やまとことばには「國(クニ)」という言葉がある。この「國」という言葉は「懐かしい故郷」という意味で用いられる場合がある。「あなたクニはどこですか?」という時は、故郷という意味である。英語でいうとCounryである。ところが「クニに税金を取られる」という時のクニは、行政機構・権力組織のことである。英語でいうとStateである。

 「母國」とか「祖國」とかいう言葉で表現される一定の広がりを持った土地の上に自然に生まれた共同體が、我々の愛する國である。その基本は夫婦であり子であり孫である。すなわち「家」である。國と家は一體である。ゆえに「國家」という言葉が生まれたのではなかろうか。

 國家を否定し、皇室を否定し、「國旗日の丸」や「國歌君が代」も認めず、愛國心を嫌う人々は、「國家」を権力機構としてのみとらえているのである。

 現實に我々が愛する國とはやはり「懐かしい故郷」としての國であり、権力機構としての國家ではない。税務署や警察署を懐かしく思い愛着を抱く人はそんなに多くはないだろう。ただ、そういう権力機構としての國家を排斥し否定することはできない。我々の生活にとって必要不可欠である。

 しかし、権力機構としての國家を否定することは或いは可能かもしれない。しかし、自分が今「父祖の國」「母國」と表現されるところの「共同生活を営む國」に生まれ育ち生きている事實は否定できない。

天皇中心の祭祀國家の理想に近づく努力をし続けることが、闘争戦争絶え間無き現實社會を改善する方途である。言い換えると、古代からの道義國家・人倫國家・祭祀國家としての日本への回帰こそが、對立闘争を繰り返す人間が、より平和により豊かにより自由により道義的に生きる共同體を建設する方途である。

 我々の愛する國家とは権力機構としての國家ではない。三島氏の言う「祭祀國家」である。否定しても否定し切れないところの「父祖の國」「母國」「共同體」である。祭祀とは、己を無にして神に全てを捧げる行事である。

日本民族は祭祀を行うことによって、神のみ心のままの清らかで明るい人倫生活を営んできたのである。天皇を祭祀主と仰ぎ、海という大自然をめぐらし、緑濃き山と清らかな河とを有する國、農耕を営み、優れた文化傳統を持つ國が「祖國日本」である。
 
 

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