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安倍晋三に関する明白な事実
 
1. 統一教会が安倍晋三を支持していること
2. 統一教会が支持する安倍晋三を唯一絶対の愛国政治家のようにチャンネル桜が宣伝してきたこと
3. 統一教会が支持する「価値の優先順位」や政策が、安倍政権の政策の中に織り込まれていること
4. 統一教会が支持する「価値の優先順位」や政策が、チャンネル桜を通して宣伝されてきたこと
5. その結果、多くの日本人が安倍政権やチャンネル桜の「価値の優先順位」や政策を、「愛国・保守」の考え方であると信じ込まされてきたこと
6. 安倍政権やチャンネル桜の「価値の優先順位」や政策に反対するものは「保守分断」と信じ込まされて、批判しないよう刷り込みが行われてきたこと
 
チャンネル桜と統一教会・WJFさんの御話し
http://wondrousjapanforever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-da35.html
 
一部抜粋
アメリカを「絶対的な善」とみなす、戦後教育や戦後メディアが長い時間をかけて私たち戦後日本人の心の中に刷り込んできた価値観。その総仕上げとしてチャンネル桜が行った集団マインドコントロール。その結果誕生したのが、「安倍信者」という「総理大臣を信じる」などという、日本の歴史上前代未聞の人々の存在ではないでしょうか。
 
「安倍さんを信じる」
「安倍さんを守る」
「どんな結果になろうと安倍さんについていく」
「安倍政権の未来を切り開くために血を流せ」
「安倍政権を批判するものは保守分断である」
「安倍さんを批判するものは工作員」
「安倍さんを批判するものはチョン」
「WJFの言うことは危険だから信じちゃだめ」
 
これらの奇怪なメッセージが飛び交うこの社会現象は、比喩ではなく、まさに宗教そのものです。
 
戦後教育と戦後メディアによる長期的かつ組織的な洗脳の結果、私たちたち戦後日本人の目から、守るべき国の姿がすっかりと見えなくなってしまいました。
 
日本人が一つとなって、祖国を、故郷を、妻や子や孫が生きていくだろう、あの「場所」を守ろうとした、日本人がただ日本人であった、あの頃の精神を、私たちは失ってしまいました。
 
日本人は、戦後の隷属の中で植え付けられた集団洗脳から目覚めず、何を守るべきか思い出さず、日本人としての自然な精神を二度と取り戻すことのないまま、文鮮明が「神に選ばれた国」と呼んだあの国に組み込れていくのでしょうか。
 
 
安倍晋三と統一教会・WJF氏の御話し
http://wondrousjapanforever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-92eb.html
 
一部抜粋
統一教会に関する話はたんなるウワサ話だろうぐらい思っていましたが、コメント欄で教えていただいた勝共連合(統一教会の組織)のホームページ(http://www.ifvoc.org/)を見ると、堂々と安倍晋三の写真が文鮮明の写真の下に掲げられているではありませんか。
WJFさんの御話し・三橋貴明氏への公開質問状
http://wondrousjapanforever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-a3ab.html

三橋貴明氏への公開質問状
1. どうしてあなたは、安倍晋三の新自由主義的な本質について決して語らず、いつも隠蔽しようとなさるのですか?
2. どうしてあなたは、安倍政権が「道州制」を導入しようとしている事実を語ろうとしないのですか。
3. どうしてあなたは、グローバリズムを批判する一方で、地域経済のグローバル化に他ならない道州制を推進しようとしていることに関し、安倍政権を批判しないのですか?
4. 時には1日に10万人もの人があなたのブログを訪れると聞きます。そのような世論に対する大きな影響力をもった言論人が、事実を語らず、世論をミスリードすることは許されることですか?

日本民族の自然観

日本民族の自然観
四宮さんの御話し

自然と人間との関係において人類は大きく二つの立場を持っている思われる。自然を征服し支配し造り変えるという対し方と、自然を離れず自然に即し、自然と共に生きるという対し方である。ユダヤ教・キリスト教・マホメット教という一神教は前者、神道と呼ばれる日本固有の宗教、そして仏教・ヒンズー教などは後者である。

自然と共に生きるということは自然の命と人の命を連続したものと見るということであり、自然は神から生まれたという信仰つまり自然の中に神を見るという信仰から出てくる精神である。
...
世界各地の神話は、人類最初の男女神はまず最初に人間を創造している。キリスト教の『創世記』には「はじめに神は天と地とを創造された」とあり、「神は自分のかたちに人を創造された。…神は彼らを祝福していわれた。『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ、…すべての生き物とを治めよ』。」と書かれている。神は創造者であり、天地自然や人間は創造された物であるということは、<神>と<天地及び人間>とは<別個の存在>であるということである。そういう考え方からは、自然は神や精靈が宿る神聖な存在であるという信仰は生まれない。

また、人間は大地を服従させ、すべての生物を支配することを神から許されたのだから、人間が自然をいかに造り変えても構わないし、また生物を生かすも殺すも人間の自由である。近代科學技術・機械文明による自然の造り変え・自然破壊が何らの罪悪感無しに行われてきた思想的根拠は実にここにある。

ところがわが國の神話は、伊耶那岐命と伊耶那美命の「むすび」によって國が生まれたとする。自然も國土も神から生まれたのだから神の命の延長である。また、日本の創世神話は単に「大地の創造」ではなく「國土の生成」である。伊耶那岐命・伊耶那美命がお生みになった大地は、無國籍にして名前もない土の塊としての大地ではなく、國土であり生まれた國には神の名が付けられているのである。大八洲は神の住みたもう國土として把握しているのである。つまり天地自然を神として拝んだのである。

このような信仰は、自然と人とは相対立する存在とは見ない。神と人と自然には命の連続性があると考え、國と人とを一体のものとして把握する。ゆえに、日本人は本来自然を尊び破壊しないという生き方をとってきている。日本人の自然観は、人間が自然を征服し作り替え利用するという西洋の自然観とは断然異なるものである。

日本民族は、神も國土も人も、共に靈妙なる一体的生命存在として把握しているのである。日本民族においては本来、「今」がそのまま「神代」だったのである。「神代」とは遠く遥かな過去の時代のことではなく「今」なのである。現代の混迷と危機を打開するために、「今即神代」の精神を回復すべきである。
 
 

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