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2013年03月

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天皇の国家統治こそ真の日本的民主政治
四宮さんの御話し

天皇中心の國體を正しく実現する事を目的として断行された明治維新の基本的精神は、慶応四年三月一四日、明治天皇が京都御所南殿で、公家、諸侯や百官を率いて天地神明に誓われた『五箇条の御誓文』に示されている。それには、「広く会議を興し万機公論に決すべし」「上下心を一にして盛に経綸を行ふべし」「官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す」「旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし」「智識を世界に求め大に皇基を振起すべし」の五か条であり、國民の幸福を実現する政治の基本が示されている。

葦津珍彦氏は「五箇条の御誓文に見られる政治思想そのものは、決して外國の政治学理論によってはじめて教えられたものではなく、いわゆる幕末時代、約二十年の間に、日本人が政治実践の中から、自然成長的に形成されてきた日本人の政治思想であった」(『近代民主主義の終末』)と論じている。
...
昭和天皇は、昭和五十二年八月二三日、那須御用邸で、宮内庁記者団に対して、「(『昭和二十一年元旦の詔書』の)第一の目的は御誓文でした。神格とかは第二の問題でありました。当時アメリカその他の勢力が強かったので、國民が圧倒される心配がありました。民主主義を採用されたのは、明治天皇の思召しであり、それが『五箇条の御誓文』です。大帝が神に誓われたものであり、民主主義が輸入のものではない事を示す必要があった」と仰せになられた。

天皇の國家統治は、まさに「輸入のものではない民主政治であり民主主義」なのである。天皇の國家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の統治は民の心をお聞きになり、民の心をお知りになる事が基本である。そしてそれは議会によって実現する。ゆえに、明治維新断行後において、帝國議会が開設され『大日本帝國憲法』が施行されたのである。

近代に於いてのみならず、古代日本においても、國民のために政治が天皇の統治によって実現していた。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されている。「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒(こ)ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ」。

天皇が國民の幸福を祈られる祭祀を執行され、國民は天皇の大御宝であるという事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるという体制が真に確立する時、國民のための政治即ち民主政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。天皇のまつりごと=国家統治こそ、真の日本的民主政治のである。

天皇は常に國民の幸福を祈られておられる。わが國の天皇は民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされてきた。わが國は君民一体の國柄である。これこそ真の民主政治でなくして何であろうか。
旧太陽の党の議員の方達に対して、國會などで素晴らしいことを言っていたからということで自民党に合流をしてくれというコメントをたまに見ます。
 
が!これは自民党がイコール善であり、それ以外を悪とする考えが根底にあるが故の意見なのではないでしょうか。そういった人達には言いたい。自民党こそが悪であるということを。今までに自民党が行って来たことを知れば理解出来ると存じます。戦後体制という焦熱地獄の様なものにも近いこの体制を、維持してきたのは自民党です。これの根本的具体的理由は、憲法の無効を認めずあくまでも無効である現行憲法を有効とした上で、詰まりはGHQに作られた戦後体制の枠組みを実質守った上で、我が國の憲法の正統性、合法性、妥当性、実効性を無視した上で、そして改正利権を得る為に憲法を自分達で勝手に弄る。これが自民党議員やそれに群がる学者や評論家の魂胆です。
 
自民党やそれに群がる学者、評論家は我が國を真の独立國にして護持をしていくということを善とするならば、確実な悪です。
 
そして、それが大凡でも分かっているから旧太陽の党の方々は自民党から脱退したのです。民主党は駄目でしたが、自民党も駄目です。何時までも自民か民主、或いは自民か他党などという二元論でしか政治を見ていかないのであれば、その人間には一生我が國を救う事は出来ないでしょう。
 
戦後体制からの脱却とはそんなに甘いものではありません。
ユダヤ人大虐殺も歴史の虚構
瀬戸氏の御話し
 
一部抜粋
1 ドイツ軍がモスクワで敗北し、撤退する中であのような600万人も殺害して焼却する重油の調達は不可能であったし、一日当たりどれだけの人数を殺害して処理すればそれが可能なのか?
 
2 ドイツ敗戦後、占領軍は血眼になって大虐殺を指令した文書を探したが見つからなかった。一枚も残らずに焼却されたとの説には無理がある。
 
3 ユダヤ人大虐殺が行なわれたという施設に対して、これを否定する歴史修正主義者が何度も国際機関による科学的検証を求めてきたのに、一度も実施されたことがない。毒ガスで大量に殺害したとするなら、その薬物の痕跡がまだ施設の中に残っているはずだ。
 
4 収容所でユダヤ人の死体から製造したといわれた石鹸などが捏造品であることがその後判明した。
 
5 ドイツ軍将校の事実を認める証言が唯一の証拠だが、それも連合国軍の捕虜とされた人の証言であり、信憑性に欠ける。
 
まだまだ、ありますが、これだけで十分に怪しいことが分かります。また廃刊に追い込まれた雑誌『マルコポーロ』にもこのように書かれてありました。
 
マルコポーロ事件 - Wikipedia
 
その内容は、ナチス・ドイツがユダヤ人を差別・迫害したことは明白な史実としながらも、
1 そのナチス・ドイツがユダヤ人を「絶滅」しようとした、とする従来の主張には根拠がない
 
2 その手段として使用されたとするガス室は、それらの位置や構造からみて、ソ連もしくはポーランドが戦後捏造した物としか考えられない
 
3 戦後、連合国軍が押収したドイツ政府文書から判断して、ナチス・ドイツが「ユダヤ人問題の最終的解決」と呼んで企図した計画は、ソ連を打倒した後、ヨーロッパのユダヤ人をロシアに強制移住させるものだった
 
4 収容所でユダヤ人が大量死した真の理由は、ガス室による処刑ではなく、発疹チフスなどによる病死であるなどというものであった。
(上記ウィキペディアからの引用)
 
第二次世界大戦期。
 
第一次世界大戦の敗北でハイパーインフレと貧困にあえぐドイツ人を高利貸しやインフレを利用した資産収奪などで苦しめていた富裕層の在独ユダヤ人は、ドイツ国内に居ながら「反ドイツ」を誇示し続けるという、とんでもない存在であった。
 
この危険分子である在独ユダヤ人を問題視するヒトラー政権が1933年1月30日に発足すると、 ユダヤ人連合は過激に反発、遂には1933年3月24日付けの「デイリー・エキスプレス」に、『ユダヤ人がドイツに宣戦布告』と題された記事が掲載されるまでに至る。
 
この宣戦布告によって、ドイツ人は、ユダヤ人とは共存出来ないと言う事を確信。 ヒトラー政権は、間髪いれず反政府運動を取り締まる法律を制定した。この時、全てのドイツ人が、心の底から「害にしかならない在独ユダヤ人はドイツから出て行け」と思っていた。
 
遂にドイツは、国内に於いて特権階級に座し、国民を苦しめ続けるユダヤ人に対する「最終的な解決方法」を決定する。「財産没収及び強制国外退去処分」である。後に「ホロコースト」というプロパガンダとして語られるこの「ユダヤ人狩り」は、ユダヤ人を『人道的』に国外追放するべく、彼等を収容所へ収容した。
 
事実、ドイツ人は、ユダヤ人を丁重に扱った。「チクロンBという、チフス病を媒介するシラミ退治のガス薬を使って健康管理を行い」「収容所で結婚式を挙げさせ、多くを出産させ」
「自分たちの食事が無くともユダヤ人に食事をさせ」た。そもそも、ユダヤ人を絶滅させたいのであれば、街中で捉えた時点で射殺をすれば良いだろう。
 
此処から分かる様に、「ホロコースト」とは、戦後ユダヤ人が作った捏造宣伝であり、史上最も成功したプロパガンダと言える。収容所で発生した死者の多くはチフスによる病死、及び連合国の爆撃によって補給路が寸断された事を原因とした餓死であった。
 
「ホロコースト」は、ドイツ語ではない。ユダヤ教の儀式名で「生贄の儀」を意味する。「イスラエルを建国する為の生贄」という訳だ。「ホロコースト」は日本の「南京大虐殺」と同じでっちあげであり、「外国人参政権獲得」という明白な侵略宣言を行う朝鮮人の立場は、ドイツにおけるユダヤ人の立場と重なる。

だれがなんと言おうと、「日本女性は、黒髪でしょう!」・・・「いつ黒髪にするか?・・・今でしょう!」

「黒髪回帰」

神社の巫女さんは千早(ちはや)を着る
「黒髪」が似合う
日本人の目の色には黒髪がフイットする。
 
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日本人には黒髪が似合う

世界の人が日本人の黒髪を羨ましいという

黒髪ストレートなら若く見えます。

清楚感も出ますし。

 

黒髪ブームで女性の「ヘアカラー離れ」が加速 美容室に打撃

NEWS ポストセブン 3月10日(日)7時5分配信
 
“新いい女は「黒髪」主義”(『GINGER』4月号)、“だれがなんと言おうと、「日本女性は、髪ですから”(『Domani』4月号)――年齢層を問わず、最近の女性誌では“黒髪”企画が定番化しつつある。知花くららや竹内結子、石原さとみら、女性誌の表紙をたびたび飾る人気モデルや女優にも、美しい黒髪の持ち主が多い。

 そしていま、黒髪と言えば、この人だろう。大ブレイクを果たしたグラビアタレントの壇蜜。“黒髪の白拍子”というブログ名の通り、長い黒髪は、彼女のトレードマークとなっている。その他、若いアイドルたちの黒髪も目立つ。元AKB48の前田敦子も、染めていた時期もあるが、黒髪のイメージが強いし、Perfumeの3人はデビュー以来、黒髪を貫いてきた。日本テレビの元アナウンサー・夏目三久の黒髪の超ベリーショートは男女問わず人気が高く、彼女の再ブレイクに一役買ったとの見方もある。

 とはいえ、女性の黒髪ブームは、急に到来したものではない。2000年代後半からアジエンス(花王)やTUBAKI(資生堂)、いち髪(クラシエ)など、東洋の美を前面に打ち出したシャンプーが続々と登場。「黒髪ブームは、その頃から続く、長くゆるやかなブーム」(業界関係者)という。

 こうした状況に嘆息するのは、東京・青山に美容室を構える美容師(40代男性)だ。

「ヘアカラーをするお客さんは、確実に減っています。長期的な傾向ではあるのですが、震災後、さらに減ったように感じますね。実は、美容室の売り上げにおけるヘアカラーの比率って、一番大きいんです。カットやパーマよりも大きい。だから痛いですね。個人的には黒髪の女性が好きなので、悩ましいところですが」

 ここ10年の美容室市場は、2006年の1兆7500億をピークに、減少が続いている(富士経済調べ)。長引く不況や格安店の登場による競争激化、少子化など、低迷理由は複数あるが、販売構成比率が最も高いヘアカラーの低調は大きな要因と富士経済も分析している。そのため最近は、男性客の獲得や、メイクを中心とする化粧品販売やネイルなど、女性の髪以外を対象としたサービスに注力する美容室が増えている。

 なぜ、女性も男性も、黒髪志向になってきているのか。美容ジャーナリストの木更容子氏は、背景に、髪への意識の高まりがあるという。

「黒髪ブームとはいえ、実際に黒髪の人は、それほど多くはないと思います。特に若い女性は、カラーをしている人が多いですし、黒髪は、皆が似合うわけではありませんよね。ただ、ここ数年、地肌ケアに注目が集まったり、薄毛を気にする女性が増えるなど、髪への意識は高まっています。そのため、ナチュラルで、豊かで、痛んでいない髪への“憧れ”が強くなってきているんですね。バージンヘアは究極の理想形なのだと思います」

 憧れが作り上げているブーム、という側面はあるようだ。だが「大きな理由ではありませんが」と前置きした上で、もう一点、木更氏は現実的な背景を指摘する。

「長引く不況で若い女性の可処分所得も減り、美容室でカラーをしていた人が、黒髪に戻す、あるいは自宅染めに切り替えるなど、節約志向が高まっています。最近は、カラーのみを行う専用のサロンもあるんです。市販のヘアカラー液の持ち込みが可能なところまである。こうした新しい業態の登場も、美容室のお客さんを奪うことにつながっているのかもしれません」

 理想と現実があいまっての黒髪ブーム、でもあるのだ。
 

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