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2013年03月

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日本伝統信仰における「神」とは
四宮さんの御話し

日本伝統信仰における「かみ」のカは接頭語である。ミとかムに意味がある。ミ・ムは霊的な力をいふといはれてゐる。ミは「身」であり「実」である。即ち存在の実質・中身のことである。強い霊力・霊威を持った存在のことをカミといふ。

本居宣長は、「凡て迦微(カミ)とは、古御典等(イニシヘノフミドモ)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊(ミタマ)を申し、また人はさらに云はず。鳥獣(トリケモノ)木草のたぐひ海山など、其餘何(ソノホカナニ)にまれ、尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて。可畏(かしこ)き物を迦微(カミ)とは云なり、すぐれたるとは、尊きこと善きこと功(いさを)しきことなどの、優(スグ)れたるのみを云に非ず、悪(アシ)きもの奇(アヤ)しきものなどをも、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり」と述べてゐる。この考へ方が今日の神道学の神観となってゐる。
...
神に掛る枕詞は「千早振る」である。「チ」は霊のことであり、「ハヤ」は激しいといふ意、「振る」はふるへる意。霊が激しく振ふことをいふ。

漢字の「神」は象形文字で、偏の「示(しめすへん)」は、神への供へ物を献ずる台の形を表す。つくりの「申」は稲妻の形を表す。即ち「神」といふ漢字は、雷を神として祀る信仰から発したのである。即ち日本でも支那でも「雷」は神として仰がれ恐れられたのである。

古代人にとって太陽のやうな有り難い神もをられるが、雷のやうな恐ろしい神もをられた。宣長の云ふ通り、「悪(アシ)きもの奇(アヤ)しきものなどをも、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり」なのである。

「カミナリ(雷)」といふ言葉は「神が鳴る」といふ意味である。歌舞伎にも「雲の鳴神上人」といふのが登場する。

日本の神々は、自然神と祖先神である。日本民族は自然と祖霊を神と崇める。天照大御神は、皇室の御祖先神あらせられるとともに、太陽神であらせられるのである。自然を尊び、祖先を敬うことが日本民族の信仰生活の基本であり倫理の根幹である。
 
和歌に歌われた『大和心』
四宮さんの御話し
 
日本の伝統的精神のことを『大和心』という。その『大和心』を短歌形式で表白した歌が次の歌である。
 
敷島の 大和心を 人問はば 朝日ににほふ 山桜花
... 
 近世の国学者・本居宣長の歌である。「大和心をどういうものかと人に問われたら、朝日に美しく映える山桜だと答えよう」というほどの意である。
 
 「朝日ににほふ山桜花」は何とも美しい。それが大和心なのだと宣長は言う。神の生みたまいし美しい国に生まれた日本人は美しいものを見たら素直に「美しい」と感動する。その「素直な心」「そのままの心」「純真無垢の心」が日本人の心なのである。それは、理智・理屈・理論ではない。純粋な感性である。嘘の無い心即ち「真心」である。大和心即ち日本伝統精神は、誰かによって作られた思想体系や理論体系ではないのである。
 
 しかしながら、日本人はただ単に感覚的に美しいものを好むのではない。もっと深い。日本人の「真心」は一種厳粛な神々しさを伴う。「朝日ににほふ山桜花」の美しさは神々しさの典型である。日の神の神々しさを讃えている。
 
 さらに「夕日」ではなく「朝日」であるところに日本人が清々しさ・清浄さ・潔さ・明るさを好むことをも表現している。
 
 清らかで明るい心を「清明心」という。この清明心は、天智天皇の御製に次のように歌われている。
 
わたつみの 豐旗雲に 入日さし 今夜(こよひ)の月夜 清明(あきらけ)くこそ
 
 「大海原のはるかの大空に、大きく豊かな旗のように棚引く雲に入り日がさしている。今宵の月はきっと清らかで明るいであろう」という意。
 
 何とも大らかで豊かな御歌である。この天智天皇の大御心こそが日本人の本来的に持っている精神、即ち「大和心」なのである。そして、「清明」という漢字が用いられている。日本人は清らかで明るい心を好むのである。 
 
 さらに言えば、「三日見ぬ間の桜かな」という言葉があるように、美しい桜の花は他の花々よりも咲いている時間が非常に短い。と言うよりも雨や風に当たればすぐに散ってしまう。日本人はそういう桜花の「潔さ」をとりわけ好むのである。これを「散華の美」という。
 
 保田與重郎氏は「しきしまの大和心を人問はばと歌はれたやうに、花の美のいのちは、朝日のさしそめる瞬間に、その永遠に豊かな瞬間に、終わるものといふ。日本の心をそれに例へたのは、さすがに千古の名歌を、永く国民のすべてに吟唱される所以であった」(昭和十四年・『河原操子』)と論じておられる。
 
 しかし、桜の花の命は、はかなくそして見事に散ってしまえば、それで消滅してしまうのではない。また来年の春に甦るのである。滅亡の奥に永遠の命がある。そう日本人は信じた。それが楠正成公の「七生報国」の御精神である。
 
 
安倍晋三に関する明白な事実
 
1. 統一教会が安倍晋三を支持していること
2. 統一教会が支持する安倍晋三を唯一絶対の愛国政治家のようにチャンネル桜が宣伝してきたこと
3. 統一教会が支持する「価値の優先順位」や政策が、安倍政権の政策の中に織り込まれていること
4. 統一教会が支持する「価値の優先順位」や政策が、チャンネル桜を通して宣伝されてきたこと
5. その結果、多くの日本人が安倍政権やチャンネル桜の「価値の優先順位」や政策を、「愛国・保守」の考え方であると信じ込まされてきたこと
6. 安倍政権やチャンネル桜の「価値の優先順位」や政策に反対するものは「保守分断」と信じ込まされて、批判しないよう刷り込みが行われてきたこと
 
チャンネル桜と統一教会・WJFさんの御話し
http://wondrousjapanforever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-da35.html
 
一部抜粋
アメリカを「絶対的な善」とみなす、戦後教育や戦後メディアが長い時間をかけて私たち戦後日本人の心の中に刷り込んできた価値観。その総仕上げとしてチャンネル桜が行った集団マインドコントロール。その結果誕生したのが、「安倍信者」という「総理大臣を信じる」などという、日本の歴史上前代未聞の人々の存在ではないでしょうか。
 
「安倍さんを信じる」
「安倍さんを守る」
「どんな結果になろうと安倍さんについていく」
「安倍政権の未来を切り開くために血を流せ」
「安倍政権を批判するものは保守分断である」
「安倍さんを批判するものは工作員」
「安倍さんを批判するものはチョン」
「WJFの言うことは危険だから信じちゃだめ」
 
これらの奇怪なメッセージが飛び交うこの社会現象は、比喩ではなく、まさに宗教そのものです。
 
戦後教育と戦後メディアによる長期的かつ組織的な洗脳の結果、私たちたち戦後日本人の目から、守るべき国の姿がすっかりと見えなくなってしまいました。
 
日本人が一つとなって、祖国を、故郷を、妻や子や孫が生きていくだろう、あの「場所」を守ろうとした、日本人がただ日本人であった、あの頃の精神を、私たちは失ってしまいました。
 
日本人は、戦後の隷属の中で植え付けられた集団洗脳から目覚めず、何を守るべきか思い出さず、日本人としての自然な精神を二度と取り戻すことのないまま、文鮮明が「神に選ばれた国」と呼んだあの国に組み込れていくのでしょうか。
 
 
安倍晋三と統一教会・WJF氏の御話し
http://wondrousjapanforever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-92eb.html
 
一部抜粋
統一教会に関する話はたんなるウワサ話だろうぐらい思っていましたが、コメント欄で教えていただいた勝共連合(統一教会の組織)のホームページ(http://www.ifvoc.org/)を見ると、堂々と安倍晋三の写真が文鮮明の写真の下に掲げられているではありませんか。

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