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主権概念の権化 チャンネル桜水島
チャンネル桜の水島という電波業者が、戦後保守派においては非常に大きな存在となっている様です。彼は無知蒙昧な大衆に対し大量の浅い程度の情報、知識をばら撒きそれを撒き餌とし大衆からそれを持って信用を得、扇動をしています。
 
その様は正にジャン・ジャック・ルソーの如きであります。水島が行っていることは実質水島主権といえるものであり、それを見ている人々は水島やそれの息がかかった者達の言葉を徹底してそのまま信用をし依存をしている。確かに正しい事を言ったりやったりはしているが、それはあくまで薄っぺらな大量の撒き餌程度のものである。正に見ている人々には、信者という立場がぴったりである。
 
「君主主権」の代替物「人民主権」
ルソーの影響を多大に受けたフランス革命の時代「君主主権」に取って代わって「人民主権」という概念が出現します。これは「君主」を「人民」に置き換えただけの代物で、実は神を否定し人間が神の地位に就くという「人間絶対主義」だったのです。
 
「人民主権」における主権者とは誰か
フランス革命の火付け役であり、個人主義の極みにあるルソーによると「人民主権」の国家とは、「人民を教導し、人民に強制する立法者(独裁者)なしには存立できない」そうなのです。
 
君主から委譲された立法者の権限や威光が、全人民に行き渡り、人民の意志と立法者の意志が一体化した状態のことを、ルソーは「一般意志」と呼んでいます。またホッブズは「個々の人間の意志が専制者の意志と融合し同一になる」と唱えました。要は「一般意志」は、独裁者の意志と同じなので、主権者=一般意志=独裁者の意志ということになります。(どうやらルソーは、手を替え品を替え「自分こそ神」と言いたかったようです。)
 
 
そして、水島はルソーと同時にボシュエでもある。
ルイ十四世に追従したボシュエなどが「王権神授説」を唱え始めました。
「王権は神から付与されたものであり、・・・神以外の何人によっても拘束されることがなく、国王のなすことに対しては人民はなんら反抗できない。」
 
太鼓持ち芸人のように、国王凄い!国王最強!国王絶対!と過剰に君主の権力を強調したのです。國王或いはルイ十四世の部分を安倍に変えてみましょう。
 
安倍を神とまでは言ってはおりませんが、事実上彼の行ってきたやり方はこれと大差ありません。だからこそ彼はボシュエでもあると言うのです。
 
ルソーとボシュエ。二つの性格を持つ存在が水島なのではないのでしょうか。
 
 

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