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日本人として誇りと尊厳を取り戻す為に!
☆現行小学一年生用
第三期 尋常小学修身書 巻一
★ 第一課
良く学び、良く遊べ
★ 第二課
時刻を守れ
★ 第三課
怠けるな
★ 第四課
友達は助け合え
★ 第五課
喧嘩をするな
★ 第六課
元気良くあれ
★ 第七課
食べ物に気をつけよ
★ 第八課
行儀を良くせよ
★ 第九課
始末を良くせよ
★ 第十課
物を粗末に扱うな
★ 第十一課
親の恩
★ 第十二課
親を大切にせよ
★ 第十三課
親の言いつけを守れ
★ 第十四課
兄弟仲良くせよ
★ 第十五課
家庭
★ 第十六課
天皇陛下
天皇陛下万歳。
★ 第十七課
忠義
木口小平は敵の弾に当たりましたが、死んでもラッパを口から離しませんでした。
★ 第十八課
過ちを隠すな
虎吉の投げた鞠がそれて、隣の障子を破りました。
虎吉はすぐ隣へ謝りに行きました。
★ 第十九課
嘘を言うな
この子は度々「オオカミが来た。」と言って、人を騙しました。
それで本当にオオカミが出て来た時、誰も助けてくれませんでした。
★ 第二十課
自分の物と人の物
清吉は鉛筆を拾いましたが、落とした子供にそれを返してやりました。
★ 第二十一課
近所の人
お母さんが病気で寝ているので、近所の人が来て、この子の学校へ持って行く弁当をこしらえています。
★ 第二十二課
思いやり
目の見えない人が水たまりの中へ踏み込もうとしました。
小三郎は手を引いて、道の良い所へ連れて行きました。
★ 第二十三課
生き物を苦しめるな
太郎が次郎に「私達も外へ出られなければ苦しいではないか。」と言って聞かせたので、次郎は燕を出してやりました。
★ 第二十四課
人に迷惑をかけるな
お千代が道端へゴミを捨てようとしました。
お父さんが「ゴミをそんな所へ捨てると、人が迷惑します。」と言って止めています。
★ 第二十五課
良い子供
ここにいる生徒は先生の教えを守った良い子供です。
今修業証書を戴いています |
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修身書
日本人として誇りと尊厳を取り戻す為に!
☆現行小学一年生用
(注)第一期は掛軸のみの授業で、教科書は存在致しません。
☆現行小学一年生用
第二期 尋常小学修身書 巻一
★ 第一課
良く学び、良く遊べ
★ 第二課
時刻を守れ
★ 第三課
勉強をせよ
★ 第四課
友達は助け合え
★ 第五課
喧嘩をするな
★ 第六課
元気良くあれ
★ 第七課
身体を大切にせよ
★ 第八課
行儀良くせよ
★ 第九課
整頓
★ 第十課
物を粗末に扱うな
★ 第十一課
親の恩
★ 第十二課
親を大切にせよ
★ 第十三課
親の言いつけを守れ
★ 第十四課
兄弟仲良くせよ
★ 第十五課
家庭の楽しみ
★ 第十六課
これは天皇陛下がお出かけになるところでございます。
★ 第十七課
木口小平は、ラッパを口に当てたまま、死にました。
★ 第十八課
虎吉は隣の障子を破ったので、謝りに行きました。
★ 第十九課
この子はたびたび嘘を言ったから、誰も助けてくれません。
★ 第二十課
清吉は拾った鉛筆を返しています。
★ 第二十一課
善吉が悪い犬に追いかけられているのを、近所の人が助けています。
★ 第二十二課
小三郎は目の見えない人を道の良い所へ連れて行きます。
★ 第二十三課
次郎は兄さんの言うことを聞いて、燕を出してやりました。
★ 第二十四課
お千代が道端にゴミを捨てようとするのを、お父さんが止めています。
★ 第二十五課
ここにいる生徒は先生の教えを守る良い子供であります。 |
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「修身書」は、まさに『教育勅語』を実践するための手引書のようなものです。
日本人として誇りと尊厳を取り戻す為に!
戦前は国定教科書ですから、みんな同じ教科書で学んだわけです。「修身書」は明治三十七年にはじまり、四回改定されていますので五期に分けることが出来ます。
☆第一期=明治三十七年(1904年)〜
☆第二期=明治四十三年(1910年)〜
☆第三期=大正七年(1918年)〜
☆第四期=昭和九年(1934年)〜
☆第五期=昭和十六年(1941年)〜
各期の「修身教科書」を、現行学年別に御紹介致します。見てみましょう。
※ただし、第四期および第五期については抜粋です。実際の教科書には挿絵があって、それを説明する形式の部分もありますが、ここでは再現できませんので文字のみと致します。
(注)教科書は縦書きですが、横書きに改めました。 |
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西村眞悟ホームページ・眞悟の時事通信
『主権回復を祝い、無効論定着す』(平成25年5月5日)より引用させて頂きました。 以下引用 ... 「(第一の視点) さて、憲法を考える場合、さらに広く、法を考える場合には、 「不文の法」と「成文の法」 が存在することをまず脳裏においておかねばならない。 前者(不文法)は、人の社会生活状況の変化に従って流動していて後者(成文法)の解釈に影響を与える。そして、前者と後者の文言が甚だしく乖離してくると、後者は捨てられる。つまり、死文化する。法として機能しなくなる。 例えば、奈良時代に、大宝律令、養老律令というのがあった。私は読んだこともない。 しかし、この律令の文言と社会生活実態が合わなくなったときに何が起こったか。「令外の官」が設けられた。これは、律令の外の官ということ、つまり武装組織、武士だ。 さらに時代が移り、社会生活実態と律令の文言が合わなくなると「関東御成敗式目」が武藏守北条泰時によってつくられる。この時泰時は次のような趣旨のことを言う。 「京都には、律令というのがあるらしいが、我々はそんなものは読んだこともないし全く知らない。 従って、こんなもので裁かれれば、山に入って猟師の仕掛けた獣穴(ししあな)に墜ちるようなものだ。よって、これからは今まで我々が従ってきた頼朝殿の裁定を基本にして生きてゆこう」 つまり、北条泰時は、支那の唐の制度を持ち込んだ律令(成文法)よりも、自分たちの生活実態すなわち歴史と伝統のなかからできあがっている先例、慣例、慣習(不文法)を法としたのだ。そして、この関東御成敗式目は、江戸が終わって明治になっても寺子屋で教えられ、庶民の規範、生きた法となった。 そこで、この大宝律令・養老律令と関東御成敗式目の関係を、現在の日本国憲法と社会生活実態の関係と対比して考えれば、例えば、自衛隊は「令外の官」として始まったと言える。 つまり、日本国憲法は当初から現実の社会生活実態(国際・国内情勢)と合わなくなっていて、まず「日本国憲法外の官」である自衛隊つまり軍隊を国民が認めたということである。 そして、現在は、いつの間にか、泰時が言う「そんなので律せられたら獣穴に墜ちるどころが日本民族が支那に呑み込まれてなくなるから、京都の馬鹿(社民・共産や左翼)はほっといて、我らは、我らの常識に従って生きていこう」という関東御成敗式目制定の時代をとっくに過ぎた段階にある。 では、この通りであるならば、 かつての大宝律令・養老律令がそうであったように、 日本国憲法もそうであろう。 つまり、死文化している。 即ち、我々日本国民、日本民族の、憲法は、 日本国憲法と題する文章のなかにあるのではなく、 我々の歴史と伝統と社会生活実態のなかにある。 (第二の視点) 次に、法一般ではなく、特に日本国憲法を考える場合、この一点を避けて通ることはできない。即ち、成立過程からして、 果たして「有効」なのか「無効」なのか。 これは、「無効」だ。 黒いカラスを白いという人や、東京大学の教授(宮沢義俊)のように、ないものをあるという人(彼は昭和二十年八月十五日にクーデターがあったと言っている)はほっておこう。 そもそも、 我が国に主権がないときに、我が国はどうして憲法を制定できるのか。 我が国に主権がないときに、占領軍兵士が憲法を書き、 我が国に主権がないときに、それを公布しそれを施行した。 これがどうして「有効」なのか。」 |
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●安倍総理がTPP交渉参加を表明して2週間以上が経ちましたが、草の根保守の分裂と瓦解も深刻化するいっぽうです。民主党批判で一致できていた保守も民主の下野以後、与党に復帰した自民党の親米・親財界政治(新自由主義)の方向性をめぐり新たな対立が浮上中です。
●保守の迷走の一因は情勢分析の混迷にあります。 TPP問題はすでに書いたので、今回は尖閣問題を取り上げます。 結論から先に書けば、昨秋から始まった尖閣防衛キャンペーンの一環であった日本民間人による尖閣再上陸の可能性はすでに非現実的です。誕生したばかりの「保守」政権が草の根保守の掲げる領土防衛ナショナリズムを換骨奪胎し、これを政治的に抑え込むという光景がこれから目撃されるでしょう。 ●民間活動家たちの島への上陸行為は民主党と中国に対する怒りを安倍自民党支持の方向に誘導することに成功した段階で、政治的役割を終えたのです。 日本国民の広範な対中強硬ナショナリズムは政権交代に100%利用され、次にはこれ以上の拡大と暴発に当局の側から警戒感が表明され、封印されるステップに入ったのです。 これが今後の尖閣動向の方向性です。 ●ひとつひとつのファクトという「点」をつなぎあわせて、「線」にし、さらにこれを「面」に拡大した場合、これ以外に合理的な結論はありません。TPPに次いで、尖閣においても保守ナショナリズム(私はそれを極めて正当なものだと考えています)は体制側のコントロール下に置かれようとしているのです。 ●「頑張れ日本!」(田母神俊雄会長)の「漁業活動」を海上保安庁が「妨害」したのは太田明宏・国土交通省大臣のせいではないのです。大臣よりも上にいるのが総理大臣。子供でも知っている話です。「海上活動」の制限は「保守のホープ」安倍晋三総理の意向なのです。当然、島への再上陸などあるはずがありません。 ●安倍さんとオバマ米国大統領がホワイトハウスで確認しあった「合意事項」。それが日本「漁船」の島周囲への立ち入り制限拡大という「密約」なのです。 有事において、この地域に日米安保条約の第五条を適用すると手形を切った米国サイドの前提条件がこれなのです。 ●第5条とは「日米両国がいずれか一方に対する攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであるという位置づけの確認」のことであり、米軍支援の大前提になるものですが、それだけに米国としてはこれ以上、民間の日本人「愛国者」たちが中国を過剰に挑発する「跳ね上がり」を黙認することはできない。中国サイドがこれまで以上に強硬姿勢をエスカレートさせていることも米国の危機感を高めています。 ●安倍・オバマ会談で確認された合意とは、そうした事態を未然に防ぐという危機管理だったのです。それは中国首脳との対話を求める安倍官邸の意向にも合致しているのです。 これが尖閣をめぐるパワーポリテックな現状認識です。 ●中国は今回同様、「頑張れ日本!」による尖閣地域への出漁を絶好のチャンスと見て、「神聖な中国領土への侵略」と決めつけ、次回も大々的に中国船舶と航空機を繰り出してくるでしょう。 それは中国にとって尖閣という「核心的利益」を防衛するために必要不可欠な国民的キャンペーンの絶好のチャンスでもあるからです。 ●考えても見てほしい。魚釣島(中国側のを呼び方)を抽象的に中国領であるというだけでは国民的なアピールとしてはやはり弱い。不法に領海を犯した日本の「軍国主義分子」たちが祖国防衛を任務とする中国船に追い払われ、逃げてゆく。さらに領空でも解放軍が断固たる防衛行動を取る。こうした視覚性が必要とされているのです。 中国政府が欲しいのはそうした「絵」なのです。 映像から受け取る情報は強い訴求効果をもっています。大衆を動かすのは論理ではなく、五感を通じて本能的に惹起される情念です。 ●そのためには「水戸黄門」的な構成と演出が求められます。侵略者「小日本」を懲らしめる中国と言う「わかりやすく」、白黒のはっきりした「勧善懲悪」的な構図。それも一過性ではなく、何回も繰り返されるパターン化した構図は「中華愛国主義」の怒りと対日報復心を中国国民の脳裏に刷り込むに実に効果的なのです。 「尖閣戦争」(西尾幹二さんとの共著・祥伝社)の帯のコピーではありませんが、「中国は次回もやってくる」、そして。 緊張はさらに続き、今後もエスカレートしてゆく。 ●ここまではいいのです。 で、ここから読者の皆さんに考えてほしいのです。こうした日中の緊張激化をケリー国務長官の訪中で、両国の協調関係をリセットしたばかりのオバマ政権が歓迎し、黙認するとお思いでしょうか。 私は認めるわけがないと思う。 ●冷静に見てとらねばなりません。尖閣の当事者は日本と中国だけではないのです。先に触れたように、日米安保を通じて、米国もまた当事者のひとりとなっているのです。 しかし、日米安保が発動されるという事態は米国にとって最悪のケースでしょう。それは対立もあれば協調もあるという「世界で最も重要な」米中関係を一方的に対決の側に追いやる悪夢の想定だからなのです。 結局のところ、日本外交とは『米中両国の「遊泳許可区域内」内を泳ぐ安倍外交』(TPP敗戦の総括2 ニューズレター・チャイナVol.196 3月23日配信)に他ならない。これが「2012年体制」の実態なのです。
●これが事実のすべてであり、それゆえに、太田大臣は総理の方針に対して、忠実すぎるほど忠実に業務を果たしていることがお分かりでしょうか。 「太田大臣と創価学会のせいだ」と言う書き込みを見ると、善意で真剣であるだけに残念です。太田氏が海上保安庁に命じたのはそれが安倍内閣の方針だからなのです。 ●安倍総理の意向を無視して暴走する創価学会・公明党の太田大臣と言う構図は幻想です。そもそも創価学会自体が池田大作名誉会長の不在のため、連立内閣の方針に公然と逆らうような政治決断をできる状況ではありません。 池田氏が会員の前に出て、自分で何かを口にできうる肉体的状況にないことが最大の理由です。 ●学会と公明党はいまも最高頭脳は不在なのです。これでは自民党をけん制することはともかく、政権離脱につながるような高度な政治的判断ができるわけがない。太田氏が安倍総理の意向に反して何かをしているかのような情報操作は慎むべきでしょう。 保守に必要なのは自身に都合のいい「願望」ではなく、事実を直視して推論を組み立てるというリアリズムの姿勢だったはずです。 ●私は事ここに至っても「安倍ちゃんLOVE」の方々を見ると、痛ましさすら覚えるのです。自分たちが作り上げた幻の安倍晋三像を追い続けるその姿は日本の夜明けがまだまだ遠いことを暗示しているように思えます。 5月3日憲法記念日に 青木直人 |




