|
アメリカの状況は悲惨であります。
自由の国アメリカ。チャンスがある国アメリカと言われていたりしますがそれはあくまで前提が整っている者のみのことです。 アメリカにいる多くの国民は主権を持ちながら主権者に相応しい生活をおくれてはいません。そこにあるのは正に地獄絵図の様な実態であります。一部の国民のみが自由と権利を過剰に享受をしその他の者は生きることすらままならぬ状態です。彼等下流にいる主権者は仕事をしているのに家が無い。仕事をしているのに何の自由も権利もなくただ動いているだけの機械人形の様な状態。これが民主主義・国民主権主義のなれのはてです。 民主主義と共産主義とは表裏一体であります。手段の違いでしかありません。如何いった形態を持って一部のもしくは一人の人間が宗教で言うところのゴットの立ち位置に立てるかの違いであると存じます。よく民主主義に出てくる言葉で自由と平等という言葉がありますがこの2つの言葉は実は相反する言葉です。人の世において100%自由のあるところに平等は無く。そして100%平等であるところに自由はありません。この相反する言葉を民主主義という言葉で煙に巻いたものが国民主権主義ということになります。 そしてその自由と平等の比率や意味を操作する者こそが国民主権主義におけるゴットの立ち位置に居る者と存じます。現代のアメリカで言えばウォール街に居る様な連中なのでしょう。我が國で言うならば一体何処に当たるのでしょうかね。それは外国の勢力なのかも知れませんね。 アメリカでは自由がありそしてチャンスは誰にでもあるのだからそれぞれの民がそれを生かせばよいと言います。そして失敗した人間や何も掴めなかった人間へはそれは自身が努力をしなかったから悪いと言う。そういった者のことを考えることは民を堕落させることであり悪いことなんだと言います。確かに努力云々もあります。しかしながらそもそも特に現在のアメリカでは根本的な前提となる部分からして何の自由もチャンスもほぼありません。それは教育の部分から既にそうであります。今や教育までもが二分化しています。金持ちには上等な教育。貧乏人には下等な教育。人間という存在に限らずですが生まれながらにして既に完成をされている人間など絶対におりません。生まれたては皆ほぼ真っ白な存在でありそこから人々は様々な教育や影響を受け一人前になってゆくのです。自由や公正という言葉を徹底的に拡大解釈をしそれを金科玉条の様にし本当は自由や平等などはないのにそれを封じ込めている。それが現在のアメリカです。そしてその様な世界に刻一刻と近づいて行っているのが我が國であると思います。 |

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動




