國體

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四宮さんの御話し
日本は天皇を祭祀主と仰ぐ人倫国家である
祭祀は「神人合一」の行事であり、無我になって神にまつろひたてまつる行事である。その最高の祭祀主が、天皇であらせられる。即ち、天皇はわが国において最高の無我のご存在であり、清らけく明けきご存在なのである。
 

天皇の神聖権威(御稜威)と、天皇にまつろひたてまつる国民の尊皇精神・忠誠心が、日本国家存立の原基である。日本国は権力・武力による専制支配によって成立してゐる國ではない。日本が人倫国家である所以である。しかもそれは、神話時代から継承されてきた傳統である。
 

信仰共同体・祭祀国家の祭祀主たる天皇は、道義の中心であり体現者である。そして、道義の要としての天皇に對し奉り、絶対的忠誠を捧げるのは国民としての「道」であり最高の「道義」である。
 

新渡戸稲造氏は、「我々にとりて天皇は、法律国家の警察の長ではなく、文化国家の保護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもうのである」(『武士道』・矢内原忠雄訳)と論じてゐる。
 

倫理(人のふみ行ふべき道。人間関係や秩序を保持する道徳)は共同体国家において確立される。共同体の中で生きてゐるからこそ、人間に倫理が必要となる。言ひ換へれば人間が獣ではなく、まさに「人」として多くの人々共に生活するには、倫理が必要なのである。倫理を人倫と言ふのも、人にとって倫理が不可欠だからであらう。
 

わが国が素晴らしい特質は、倫理・信仰・文化が天皇皇室を中心として継承されてきたところにある。わが國の国柄・國體が万邦無比といはれる所以である。

 
 
我が國と外國では、その成り立ちがまるで違います。言葉一つ取っても安易に外國語に訳せる様なものでもありません。自前の國柄は素晴らしい内容ですので尚更大事にしていきたいと思いますね。
 
 
『道徳とモラルは完全に違う』
【士魂商才】【人間尊重主義】【大家族主義】の経営を貫いた尊敬する出光興産創業社長、出光佐三氏のお言葉。「日本人にかえれ」より

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モラルとは、我欲の征服者であるエンペラー(皇帝)、キング(国王)が大衆を治めるために、法律、組織、規則をつくり、大衆がこれらの法律、組織、規則に従うことである。法律、規則といった紙に書いたものを守るのがモラルであり、そこから合法的とか、順法精神というものが出てくるの...
である。これに対して日本の道徳は、お互いに仲良く平和に暮らすために人間の真心から自然と湧き出たものである。すなわち、「無我無私」「互譲互助」「恩」「犠牲心」「義理人情」等がそれである。道徳は紙に書いたものではなく、人間の真心からでてくるものである。(中略)道徳とモラルは全然違う。このことを日本人は、はっきり認識すべきである。このモラルと道徳の違いを端的に表しているのが十七条憲法と日本国憲法の違いであり、教育勅語と教育基本法の違いである。十七条憲法は皇室を中心にしてお互いに譲りあい、助け合って和の形ををつくりあげ、平和に暮らしてきた実態を聖徳太子が文章にされたものである。仏教や儒教が入ってきて、それまでの千数百年来の平和の実態に言語や理論を与えて形式的にできたものである。これは第一条の「和をもって貴しとなす」がはっきり物語っている。これに反して日本国憲法は主権在民とか、基本的人権などというように外国の権利主義、個人主義、対立闘争の思想に基づいてつくられたものである。占領軍から押しつけられた憲法、日本には不必要な憲法である。日本にはお互いに仲良くする憲法があればよいのである。また教育勅語には日本固有の道徳が述べられてあるが、これは「古今を通じてあやまらず中外に施してもとらない」ものである。ところが、この日本固有の道徳を否定し外国のモラルを直訳したのが教育基本法である。日本人は日本の國體、民族性を基礎とした道徳こそが平和福祉の基礎であることを再認識しなければならない。
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我が國は、古来よりこの道徳や、伝統、慣習、歴史などによって、天皇陛下を中心として「日本らしさ」「日本人らしさ」である國體を形成してきたのです。その國體を破壊するGHQから押し付けられた占領憲法(日本国憲法)という名称の法令は、不文の法である規範國體を成文化した、憲法(いつくしきのり)としては絶対に無効なのです。
 
 

國體と憲法

四宮さんの御話し
國體と憲法

わが日本國は崇高なる理想を持った「天皇を中心とした神の國」なのである。権力機構としての國家は、天孫降臨の神話以来続いてきている<天皇を中心とした祭祀國家・信仰共同體>の上に成立しているのである。日本を立て直し國家を正しく保つためには、信仰共同體の祭祀主たる天皇の神聖権威を正しく回復しなければならない

憲法とは「基本となるきまり。特に、國家の統治體制の基礎を定める法。國家の根本法。」である。であるならば、『天壤無窮の御神勅』こそ、日本國の最高の憲法であり憲法中の憲法である。

『天壤無窮の御神勅』には次のように示されている。

「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」。

この御神勅の精神を隠蔽する一切の憲法・法律は破棄されなければならない。

「皇位繼承」および「皇室典範改定問題」は、日本國體の根幹に関はる問題である。権力機構としての國家ではなく、信仰共同體・祭祀國家日本の根本問題である。神聖にして萬邦無比の「天皇國日本」といふ天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同體・祭祀國家の根幹に関はる重大問題である。

日本天皇の皇位繼承のあり方は、他國の王位繼承方法や元首の選び方=「権力者交代のシステムづくり」とは全くその本質を異にする。皇位繼承など御皇室に関はる重大事は、天つ神の御意志・神代以来の肇國以来の傳統に基くべきである。そして、天つ神の御意志・肇國以来の傳統の體現者は、上御一人日本天皇であらせられる。天つ神の地上におけるご代理=現御神であらせられ、神代以来の傳統の繼承者・體現者であらせられる天皇陛下の大御心すなわち肇国以来の道統に帰一すべきである。神聖なる御位=「天津日嗣の高御座」の繼承のあり方を、権力國家の行政機関や立法機関で決定しては絶対にならない。
 
 
習慣、慣習は我が國、我が身に深く刻み込まれる重要なもの
 
習慣というものは、これは人間にとってそして特に連綿と國柄が護持され続けて来た我が國、そして我が國を成立させる為の分子である我等民にとつても非常に重要、重大なものであります。それが深く身につけばそれは天性のものと変わらなくなります。
 
個體で言えば、人に限らず全ての有機體は新陳代謝を行います。昭和12年にルドルフ・シェーンハイマーが鼠を使った實研において脳からDNA、細胞など全てにおいて間断なく連続して新陳代謝が行われていることを發見致しました。しかし、それでも平衡を保つている分けです。唯物論的に見ればこれはありえない。食物摂取と呼吸などにより全身の物質代謝が完了して全身の細胞を構成する分子が全て入れ替われば物質的には前の個體とは全て入れ替わり全くの別人格となるはずです。しかし人格の同一性は保たれている。それは唯物論では説明がつかないのであります。
 
詰まりは生命とは唯物論的に解釈をできるものではなく、そこにはそれとは違うものもある。それこそが習慣慣習から身に付くものでありその積み重ねが我等日本人の天性や本能を強化し、そして我が國を成立させる為の分子である我等民で共通共有をし末永く護持をしてきたものが國家の本能となるのです。國家の本能とは平易に言えば、之が無くなれば我が國が我が國で無くなるもの、詰まりは御皇室、言語、伝統、文化、歴史、習慣、伝承などであります。更に言えば萬世一系の皇統とやまとことのはの言語体系を中心に構成をされた我が國固有の随神への古代精神と伝統文化歴史から成る普遍の真理の総体ということになります。

國體論と主権論

國體論と主権論
動的平衡と雛形理論
 
國家が生き物であるというふ素朴な認識がある。そして國家を生き物の典型である人に擬へて、國家を「法人」と捉へるとしても、まづ生き物に実相に関して大きな示唆を與へてくれたのは、ルドルフ・シェーンハイマーである。彼は昭和十二年に生命科學の世界において偉大な功績を残してゐる。ネズミを使つた實験によつて、生命の個體を構成する脳その他一切の細胞とそのDNAから、これらを更に構成する分子に至るまで全て間斷なく連續して物質代謝がなされてゐることを發見した。生命は、「身體構成成分の動的な状態」にあるとし、それでも平衡を保つてゐるとするのである。まさに「動的平衡(dynamic equilibrium)」(福岡伸一)である。唯物論からすれば、人の身體が短期間のうちに食物摂取と呼吸などにより全身の物質代謝が完了して全身の細胞を構成する分子が全て入れ替えれば、物質的には前の個體とは全く別の個體となり、もはや別人格となるはずである。しかし、それでも「人格の同一性」が保たれてゐる。このことを唯物論では説明不可能である。つまり、このシェーンハイマーの發見は、唯物論では生命科學を到底解明できないことが決定した瞬間でもあつた。
 
そしてこのことと並んで重要なことは、この極小事象である生命科學における個體の「いのち」から極大事象である宇宙構造まで、自然界に存在するあらゆる事象には自己相似関係を持つてゐるとするフラクタル構造理論の發見である。フラクタルとは、フランスの數學者ブノワ・マンデルブロがが導入した幾何學の概念であるが、いまやコンピュータ・グラフィックスの分野で應用されてゐる理論でもある。このフラクタル構造理論(雛型理論)とは、全體の構造がそれと相似した小さな構造の繰り返しでできてゐる自己相似構造であること、たとへば海岸線や天空の雲、樹木、生體など自然界に存在する一見不規則で複雑な構造は、どんなに微少な部分であつても全體に相似するとするものである。そして、マクロ的な宇宙構造についても、いまやフラクタル構造であることが観察されてをり、また恒星である太陽を中心に地球などの惑星が公轉し、その惑星の周圍を月などの衛星が回轉する構造と、原子核の周圍を電子が回轉するミクロ的な原子構造とは、極大から極小に至る宇宙組成物質全體が自己相似することが解つてゐる。

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