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御國に害を及ぼす私利私欲に塗れた巨大な権利や権限を持った存在が、國民に既存の体制を覆させない為の大きな3つものがある様です。それが國民から希望と健康と学問を奪うことです。希望を奪い國民の全ての言行の根幹にあるやる気を根刮ぎ奪い、実践を行う為の健康を奪い、そしてやる気を成就させる為の手段の作成及びその成熟度を高める為の学問を奪う。我が國でもこれはありますね。政治家もそうですが、主にマスコミが我らから希望を奪い半強制的に行われた外國からの食文化の参入、そして米國とその走狗でもあった日教組が我が國の学問を破壊です。
現在の我が國は明らかに異常です。
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國體
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「祭祀」が日本民族の精神傳統・日本文化の原点
四宮さんの御話し
祖靈崇拝と自然崇拝が天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台である。 日本民族は古来、祖靈と自然を神と崇め、祭って来た。わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台、言い換えれば日本國體の根幹を成している。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。 わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められている神であらせられる天照大神は、御皇室の祖先神であると共に、自然神である太陽神である。 ... 稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生きて来たので、自然を神と崇めた。また、祖先から稲の種と水田と農耕技術という恵み祖先から傳えられたので、祖先に感謝する思いが強かった。
『日本書紀』に、天照大神は、邇邇藝命の天孫降臨に際し、「吾が高天原に所御(きこしめ)す齋庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を以て、亦吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし」と命令されたと記されている。これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示している。と共に、日本民族の生活の基本である稲作が、太陽の恵みと祖先から傳えられた農耕技術によって支えられていることを示している。 皇祖神と太陽神が一體であるということは、わが民族の傳統信仰が祖靈崇拝と自然崇拝であることを端的に示している。これを<敬神崇祖>という。 日本民族は、神に対して常に祭りを行ってきた。「まつり」は、日本民族の精神傳統・日本文化の原点である。「まつる」という言葉の原義は、「お側で奉仕し服従する」「何でも仰せ事があれば承りその通り行う」「ものを献上する」「ものを奉る」というほどの意であるという。 何のために、神のお側で奉仕し、神にものを献上するのかと言うと、神に靈力を発揮して頂くためであるという。神の御前に献上する「もの」は単なる「物質」ではなく、祭りを行う者たちの<まごころの結晶>であり<象徴>である。これを「神饌」という。 天照大神が邇邇藝命に御命令になった米作りの成果とてし献上される米は、「神饌」の代表的存在である。神饌を神に献上することが「まつろう」ということである。天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを「まつる」という。 天皇が行われる祭祀はまさに天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを御報告申し上げる重要なみ祭りなのである。 このように、<敬神崇祖>というわが國の國民道徳の基本は、神學・教義という<抽象概念>として継承されて来なかった。それは、上は天皇から下万民に至る日本民族の生活の中の<神祭り><祭祀>という行事によって、古代より今日まで傳えられて来た。靖國神社の戦没者への祭祀は、そうした古来よりの日本民族の道義精神の典型である。 |
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ますらをぶりと剣
四宮さんの御話し
「三種の神器」は、皇霊が憑依(のりうつること)すると信じられ、日本天皇の国家統治言い換えれば日本民族の指導精神の象徴である。玉は「和・農業・妙なること・豊かさの精神・幸御魂・海洋文化」、「剣」は「武・軍事・たけきこと・克己心・荒御魂・鉄器文化」の精神、「鏡」は「澄・祭祀・明らかなること・美意識・和御魂・太陽崇拝」の精神という。知(鏡)・仁(玉)・勇(剣)とも解釈される。これは別々の観念として伝えられているのではなく、三位一体(三つのものが本質において一つのものであること。また、三者が(心を合わせて)一体になること)の観念である。 ますらをぶりと剣とは関係が深い。剣は殺傷(人斬り包丁)の武器ではない。日本刀=剣は製作過程からして既に神道祭式の宗教儀式になっている。刀鍛冶は職人にして単なる職人ではなく、朝から斎戒(神仏に祈ったり、神事、仏事の際に身を清めること。(神仏に祈ったり、神聖な仕事に従ったりする場合に)飲食や行動を慎んで、心身を清めること。)沐浴(神仏に祈願するとき、冷水を浴びて心身を清浄にすること。髪・体を洗い清めること。水浴。ゆあみ)して仕事(これも仕えまつるということ)にかかる。仕事場に榊を立て、しめ縄を張り巡らせて、その中で仕事をする。 ... 剣の製作は、神の魂が籠るものを作るのであるから神事であるのは当然である。武器が、倫理精神の象徴・神社における礼拝の対象となっているのである。「刀は忠義と名誉の象徴」「刀は武士の魂」として大切にされたのもその根源はこうした信仰にある。 日本武尊御歌 「孃女(おとめ)の 床の辺(へ)に 吾置きし つるぎの大刀 その大刀はや」(乙女の床のそばに私の置いてきた太刀、あの太刀よ) 日本武尊は、景行天皇のご命令により九州の熊襲建を平定して大和に帰るが、さらに東国平定を命令され、それを終えた帰りに、尾張で結ばれた美夜受姫(みやずひめ)に、叔母君であった倭姫命から授けられた草薙の劔を預け出発した。熊煩野(三重県亀山市という)というところで急病になった時の辞世の御歌である。 愛する美夜受姫に預けた守護霊たる神剣から離れていく自分の命を見つめながら歌った哀切極まりない絶唱。慎みの欠如・傲慢さから剣を置いて素手でも勝てるといって出発したのが間違いのもとという神話伝説である。乙女への愛と武の心が渾然一体となっている。そしてその奥に天皇のへの戀闕の心がある。日本武尊の悲劇の根本にあるのは、武人の悲劇である。神との同居を失い、神を畏れなくなった日、神を失って行く一時期の悲劇である。 この歌には、恋愛詩と英雄詩が一つに結合融和して現れている。この精神こそ「戦いにも強く、恋にも強い」大和民族の原質的民族性で、大和奈良時代以降における日本武士道の本源となっている。これを「剣魂歌心」という。日本武尊は、上代日本の武人の典型であると共に詩人の典型であらせられた。日本の英雄は歌を愛した。ますらをぶりは優美さといったいである。 |
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天皇皇后両陛下、弥栄!!
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