憲法

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南出喜久治氏による、昨今インターネットにある真正護憲論に対する批判、誹謗中傷に対する反論!
其の終
 
 
「決定版・憲法無効論は破綻した論理」について
これは、問答形式なので、その真意が定かでない点が多い。こんな形式ではなく、論文式で述べてもらひたいものである。「決定版」とするからには、誤魔化しした手法や表現方法を採るべきではない。
 
この文書では、「國體」の存在を認めてゐるやうではあるが、少なくとも憲法典を越える上位規範としての國體(規範國體)ではなく、事実としての國體(文化國體)を認めるだけである。
 
 そして、「憲法典の上位に位置する規範はない」とするやうであるが、このことは、前に述べたとほり証明されてゐない。それどころか、証明することに完全に失敗してゐるのである。
 
 近代法学が成文法主義に依拠するのであれば、「憲法典の上位に位置する規範はない」とする成文法はないのである。また、このやうな近代法学について「近代法学に反する法学は認めない」とする成文法もないのである。近代法学なるものが唯一絶対の法学であることを証明してもらいたものである。
 
私は、占領憲法には憲法適格がなく憲法としては無効で講和条約であると主張してゐるのであつて、帝国憲法と占領憲法の関係は、「前の憲法」と「新しい憲法」といふ関係にはない。谷田川氏は、議論の前提を間違つてゐる。
 
 ましてや、革命国家の憲法論を占領憲法の効力論として述べるといふことは、占領憲法を「革命憲法」であると認めることになり、実質的、結論的には革命説を主張してゐることになる。しかし、後の論述で、帝国憲法の改正が占領憲法であるとして法的連続性を認めてゐるのであるから、この点において矛盾破綻してゐる。
次に、「法の効力論」について、占領憲法には、妥当性と実効性があるとするが、妥当性も実効性もないことはこれまで述べてきたとほりである。占領憲法の核心部分である第九条の実効性は、約三年しか持たなかつたからである。また、帝国憲法には、その現存を証明しうる実効性(講和独立)がある。占領憲法の妥当性、実効性は、講和条約の限度で認められるのであつて、憲法としてのそれではない。
 
法の効力について、私が尾高朝雄氏の見解を引用したことについて、尾高氏の学説を理解してゐないなどとの批判をする言説が過去にもあつたが、見当違ひも甚だしい。尾高氏がノモス主権論を唱へ、これが國體主権論のヒントとなつたことから引用しただけであつて、相原良一先生が尾高氏の見解を引用されたことを踏襲したまでである。尾高氏は、妥当性と実効性について、一般的な定義をしてゐるのであつて、何も特殊な見解を述べてはゐないのである。
 
「憲法を無効とするタイミングは・・・独立回復した直後であれば可能性はあっただろう。」とする主張は、真正護憲論を否定してゐることと矛盾する。政治論なのか法理論なのか判別できない主張である。
 
「もはや占領軍がつくった憲法を持ち続けなければならないのですか?・・・それはおかしい。」といふのも、真正護憲論とは無縁の議論である。これも法理論から掛け離れたものである。
 
「日本国憲法は帝国憲法の改正の限界を超えているのではないでしょうか?・・・私はどちらかといえば、憲法といえども形態は法律である以上、改正内容に限界はないという無限界説の立場をとる」とするが、後の論述で「国体」を述べてゐるために、国体変更を許容する無限界説なのか否か、その立場が明確でない。
 
谷田川氏は、「憲法典の上には憲法はない」としながら、「戦前戦後に国体が存続した」、「国体というのは、天皇と国民の相互信頼関係が原則なんだ。その点でも現行憲法は国体に反していない。」、「現行憲法が国家としての憲法であれば、革命が起こった、すなわち国体が変更した、と考えるのが、憲法無効論と左翼憲法学なんです。」と述べてゐる。これは、國體に規範性を認める立場なのか否かが判らない。規範としての國體を認めるのであれば、「憲法典の上には憲法はない」とすることと矛盾するのである。
 
 ちなみに、真正護憲論は、占領憲法を憲法としては認めてゐないので、「現行憲法が国家としての憲法であれば、革命が起こった、すなわち国体が変更した、と考えるのが、憲法無効論と左翼憲法学なんです。」といふのは、真正護憲論を全く理解してゐないことを暴露したことになるのである。
 
「現行憲法第1条は、国民主権条項であるから、限界を超えたと考えることもできると思いますが。・・・」として、国民主権を肯定してゐる。そして、国民主権の概念を曖昧にして誤魔化してゐる。
 
 天皇の地位は、主権の存する国民の総意に基づくといふことは、前述のとほり、英文憲法では「the will of the people」であつて、「人民の意志」とあり、日本国民とは限らない人民の過半数による意志(一般意志)が天皇に対する生殺与奪の権を持つてゐるといふことを肯定することになる。
 
「国会議員の三分の二ということは、つまり国民のおよそ三分の二が天皇の存在に反対しているというのは、その時点で、もはやそれは国体ではないよ。」として、國體は、人民の意志によつて左右され変更することができることを認めるやうである。これは、そもそも國體概念と掛け離れてゐる。國體の定義が不明である。
「真正護憲論」と「左翼憲法学」とが、「似ているも何も、結論だけが違うだけで、ほとんど同じだよ。」とすることも意味不明である。
 
「現行憲法は帝国憲法と連続している」としながら、帝国憲法に違反しても占領憲法は有効であるとすることは、結局のところ革命論に立脚してゐることになる。
交戦権と自衛権に関して、「ケーディスですら、個別自衛権は国家としての自然権だといい、マッカーサー原案に修正を加えたし、その後の芦田修生などによる立法過程において終わっている話だ。」といふのは、何の意味か解らない。これは、「交戦権なき自衛権」の議論を避けてゐる。そして、「事後法により日本が永久に講和条約を結べないなどということは法理論としてはありえない素人の議論なんだ。相手国は日本の国内事情によって、永久に日本と戦争状態を続けなければならないというのか。馬鹿げた話だよ。」とするが、一部講和は、一部の国とは講和し、残りの国とは講和しない(戦争継続)である交戦権行使による国家意志であることを見落としてゐる。
 
「帝国憲法75条」を類推適用できないとするが、そんな根拠はない。類推解釈が禁止される刑法の罪刑法定主義とは全く視点の異なる問題である。これほど法学の基礎知識が欠落した主張も珍しい。
 
「天皇の意志主義に反する」といふのは、帝国憲法第七十五条のみならず、第七十三条の問題である。非独立の完全軍事占領下で自由意志があるとする方が異常な考へである。
 
 昭和天皇は、昭和五十六年四月十七日の記者会見や独白録において、自ら決断したのは、二・二六事件のときと、大東亜戦争の終結のときの二回だけであつたと述べられてゐる。つまり、帝国憲法改正発議、占領憲法の公布は、自ら決断したことでないことを述べられてゐるのである。
 
「皇室典範を皇室にお返しするべきでは、という意見がありますが。・・・それは憲法無効論とは関係のない話だよ。」とするのは、全く真正護憲論を知らないことを自白してゐることになる。
 
「皇族会議と枢密院を復活させれば、枢密顧問になるのは、民主党の各大臣や首相経験者などとなろう。」とするが、皇室会議は直ぐに復活できても、枢密院(正確には枢密顧問)は機関欠損のまま皇室の自治と自律によつて運営されることになる。
 
 
「影響力を持つのは野田総理、菅直人、鳩山由紀夫、麻生太郎、安部晋三、福田康夫、小泉純一郎などになるだろうか。」といふのは、荒唐無稽の話である。仮に、こんな者らに天皇が諮詢されても、あくまでも諮詢にすぎず、その諮詢の内容に拘束されることはなく、このことに翻弄されて皇室の伝統を破壊した女系天皇や女性宮家を認められることはあり得ない。そんな心配をするのは、皇室には自治と自律の能力がない無能者であると決めつけてゐることになり、不敬の極みである。「問題は制度ではなく、それを行う人間であるということだよ。」といふのは、天皇や皇族に自治と任せるのは信用できないと言つてゐるやうなものである。
 
「憲法改正は国会議員の三分の二という非常に高いハードルとなっています。憲法無効確認は過半数で可能と考えられていますが、その方が手続き論としてもやりやすいのではないかという見解もあります。・・・」といふ部分は、政治論であつて、法理論ではない。改正論が多いとしも、呉越同舟で纏まるはずがない。
 
「彼らが現行憲法は講和条約というが、参議院は明らかに矛盾しているね。」といふ意味が解らない。帝国憲法下の機関である貴族院と占領憲法(講和条約)下の機関である参議院とは全く別の機関である。衆議院についても、帝国憲法下の機関の衆議院と占領憲法下の衆議院とは、名称は同じでも別の機関である。
 
昭和天皇が昭和五十二年八月二十三日、那須の御用邸で、
「第一条ですね。あの条文は日本の国体の精神にあったことでありますから・・・」
と指摘して我田引水を試みるが、むしろ、そのとき、
「国体といふものが、日本の皇室は昔から国民の信頼によつて万世一系を保つてゐたのであります。」
と述べられて、帝国憲法の実効性を認識してをられたのであるが、谷田川氏はそのことを殊更に隠蔽してゐるのである。
 
最後の「まとめ」で竹田恒泰氏との話が出てくるが、天皇と雖も國體の下にあるとする皇国における「國體の支配」といふ規範國體を認識すれば、その時々での天皇の発言は、皇統護持のための方便であることが判るはずである。
 
 また、天皇主権から国民主権へと委譲されたとする竹田氏に対して、これを否定する谷田川氏は、竹田氏の「承詔必謹」説をどのやうに理解してゐるのか。これは國體の変更になるといふ意味か。そもそも、承詔必謹の意味も解つてゐないことによる謬説である。
 
昭和天皇は、前にも述べたが、『昭和天皇独白録』にもあるやうに、ご親裁されたのは二回だけで、一回目は二・二六事件の処理、二回目はポツダム宣言受諾のご聖断である。つまり、帝国憲法の発議や占領憲法の制定に関してはご親裁されてゐないのである。この点がまさに重要なのである。
 
 これも、『國體護持総論』で述べたが、昭和天皇の、昭和四十八年の「ハリボテ」発言(入江相政日記)からすると、昭和天皇は、帝国憲法下の統治権総覧者であつて、占領憲法下の傀儡天皇(象徴天皇)ではないことの強い自覚がおありになられた。また、占領憲法施行後の昭和二十二年九月二十二日付けで、琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解として、対日占領軍総司令部政治顧問シーボルトから国務長官マーシャルあての書簡の内容からしても、統治権の総覧者ならではの見解が示されてゐるのである。昭和天皇の心の中には、歴然と帝国憲法は現存してゐたのである。その意味では、竹田氏は、まさに君側の奸である。そして、その使ひ走りとなつた谷田川氏も同類である。
 
我が国は言霊の幸はふ国である。言霊には、マートンの言ふ「自己実現予言」の働きがある。占領憲法が憲法であると言ひ続けると、それが実現してしまふことを意味する。だからこそ、伝統法学に基づき、この悪しき言霊を、占領憲法は憲法ではないといふ善き言霊で打ち消して祖国再生の物語を紡がなければならない。占領憲法改正による道と帝国憲法の復元改正との道では、その目指すべき地平を異にするのである。
谷田川氏は、昭和天皇の御製である、
 
  うれしくも国の掟のさだまりて あけゆく空のごとくもあるかな
を引用するが、それでは、明治天皇の御製である、
 
  世はいかに開けゆくとも古の國のおきては違へざらなむ
をどのやうに受け止めるのであらうか、是非とも聞いてみたいところである。
 
平成24年9月25日記す 憲法学会会員、弁護士 南出喜久治
 
 
其の五!南出喜久治氏による、昨今インターネットにある真正護憲論に対する批判、誹謗中傷に対する反論!
 
 
議論の作法
憲法論の議論をすることは重要である。しかし、その議論をするについても作法を弁へるべきである。その作法は学問に対する謙虚さから生まれる。
 
 私だけでなくこれまでの多くの憲法無効論者によつて確立された論理は、一知半解の日の浅い学究によつて全否定されるほど脆いものではない。この論理がどのやうな思ひで構築されてきたかといふことについて敬意を全く払ふことなく、「決定版」だと自惚れるのも勝手だが、品位を損なふやうな態度では、本業とする天皇商売にも傷がつくことになる。
 
 これまで、ツイッターなどで拡散させた発言には全く品格もなければ学術的な価値もない。議論の作法とは、その相手に直接するのが本来である。相手の居ないところで、雑言を繰り返し繰り返し執拗に吐いて、それを公開する手法は下劣である。
 
 谷田川氏が私に対し、そのやうな手法で行つてきたことから、防御のために講演等で反論したことはある。谷田川氏は、小林よしのり氏の論説に対し、マッチ・ポンプの形で登場してきた人物であるとの理解から、ご皇室のことで生業する天皇商売をする売文業者を嫌悪してゐる。オウム真理教のことで、解説者として持て囃されてメディアに露出したオウム商売の人々と同じ構造と考へてゐる。
 
 特に、男系男子の皇統なるものは、國體の根幹として当然のことであつて、臣民の分際で肯定したり否定したりして容喙すべきものではない。これに容喙すること自体が、国民主権論の認識によるもので、ご皇室の自治と自律を損なふものである。臣民がこれを議論するのではなく、速やかに占領典範の無効を確認し、ご皇室の自治と自律を回復することが急務だからである。それが言へない者は、天皇褒め殺しの不忠の輩である。
 
 谷田川氏が憲法無効論者の中で私だけを狙ひ撃ちしてきてゐるのは、小林よしのり氏に噛み付いて便乗商売をしてきたことと同じ手法であり、何かの意図により二匹目のドジョウを狙つてゐると想像してゐる。
 
 渡部昇一氏も無効論を支持してゐるのに、谷田川氏は、渡部氏の番組に出してもらつて渡部氏の無効論を批判せずに媚びを売つてゐる。これも営業上の計算があるからである。
 
 営業のために議論を仕掛け、長幼の序も弁へず、議論の作法も身につけてゐない者とは、まともな議論はできないのである。
 

谷田川文書について
ここで述べられてゐる非礼な言葉遣ひや礼儀のなさについて忠告してもおそらく直らないと思ふので、ここでは指摘しないが、こんな汚い口からご皇室のことが語られてゐると思ふとおぞましい限りである。せめて、谷田川氏が批判してゐる所功氏の気品を備へてくれればと願ふ。
 

ともあれ、この谷田川文書の趣旨は、以下のとほり纏められると思ふ。
1.「憲法違反=無効」ではないというのが法学一般論であるから、帝国憲法に違反したからと言って占領憲法を無効とは言えない。学術的に敗北している。
2.憲法が法体系の頂点にあるから、それを縛る存在がないので、国家の中で憲法が一度機能した以上、無効にすることは不可能で、前の憲法と関係のない独立した憲法が成立するのだ。
3.占領憲法が国家としての憲法であれば、革命が起こったことになり、無効論も八月革命説も同じことを言っているに過ぎない。無効を主張すればするほど八月革命説を擁護することにしかならない。
4.天皇陛下、国会、内閣、司法、行政のすべてが占領憲法を憲法という前提で動き、国民の99%以上が憲法だと認識しているのを、法学的に妥当性・実効性を満たしていると言う。一方で、貴族院、枢密院はなくなった、華族制度はなくなった、という状況で、帝国憲法が現存しているなんて言うのは、ほぼファンタジーの話であって、こういうのを学問レベルでは、妥当性・実効性がないというのだ。
5.政治論としては、こんな憲法は認められないというのはわかるけれども、政治論と法学論を混同しているから危険だと警告している。
6.本当の無効論とは「本来なら無効」であって、主権回復時にGHQ憲法を憲法としてしまったのを、政治論としてどのようにして本来のあり方に戻すべきなのかを、みんながまじめに考えるべきである。
ところが、これは議論として全く咬み合つてゐないことが判る。
 
 前にも述べたが、近代合理主義、成文法主義、法実証主義の影響を受けた法学は、共産主義との親和性がある。それは、それが主権論に基づくからである。そして、この対極にあるのが國體論であることは、拙著『國體護持総論』第一章で述べたとほりである。小山氏、倉山氏、上念氏、谷田川氏に共通するのは、国民主権論者であるといふことである。つまり、国民を主人とし、天皇を家来とすることを認めるのである。天皇の地位は「国民の総意」基づくとするが、これは「the will of the people」であつて、「人民の意志」とあり、ルソーの言ふ一般意志である。国民の意志ではなく、人民の多数決の意志で天皇の地位は決まる。天皇の生殺与奪の権を人民が持つ制度が占領憲法第1条であり、これは天皇条項ではなく、国民主権条項である。GHQが最後までこの条項に拘つた理由がここにあるのである。
 
 「天皇は国家のために存し賜ふものにあらず」といふ杉本五郎中佐の『大義』に書かれた意味が理解できないのは誠に嘆かはしい限りである。
 
 家来の天皇を否定し蔑ろにする左翼が「暴君」であるとすれば、谷田川氏は、家来の天皇を労り慈しむ「名君」になりたいのであらう。しかし、なんといふ傲慢な考へを持つてゐるのか、あまりにも情けない限りである。天皇を家来とする占領憲法を是とするのは、「尊皇家」ではあり得ない。
 

ところで、1は、前述したとほり、近代法学といふ明確な確定理論が存在しないのに、これしか法学が存在しないかの如き独りよがりの主張である。社会科学が科学であれば、帰納法による証明しかなく、演繹法による証明は不可能である。革命法学の仮説を帰納法による証明をせずに問答無用で真理だと主張するのは科学ではなく宗教に他ならない。近代法学が異論を挟まないほどの真理であることの証明責任は、主張者にあるので、それをまづ証明しなさい。
 
憲法無効論は、これまで多くの学者が主張してきた理論であつて、いくら別の価値観による近代法学の立場に立つたとしても、その存在意義と理論を全否定することは不可能である。他説の存在を認めて自説を展開するのが学問に携はる者の姿勢である。そのこともできない者には学問を語る資格はない。学問に必要な謙虚さが全くないのである。
 
占領憲法が憲法として有効であるといふのであれば、これまで有効説と同様に、どのやうな根拠に基づき、それが何時から有効となつたのかを明確に説明すべきである。「近代法学」の論理なるものによつて有効になると主張するのであれば、その「近代法学」とは何なのか。その具体的な内容と根拠の説明、さらには、それ以外の見解が成り立たない理由を明確に示すべきである。他の見解が成り立たないとするのが近代法学なのだと言ふのであれば、それは八月革命説と同様に、見事な循環論法の矛盾を犯すことに気付かねばならない。論理学を無視した法学といふものが成り立たないことを肝に銘ずるべきである。
 
次に、2であるが、これは、憲法典を越える上位規範が存在するのか否かの議論である。これが最大の問題である。これを否定すれば國體は否定される。國體の支配も立憲主義も否定される。憲法は作られる法であり、祖法として発見される法ではないとすれば、すべては革命思想になる。どうして憲法典を越える上位規範が存在しないのかについて立証してほしいものである。先ほど述べたとほり、やまとことばを否定する法律が可能か否かについて論証してもらいたい。
 
 「前の憲法に違反するか、しないか、ということが、新しい憲法の効力論と関係がない」といふ論理は、革命国家について言へることであつて、伝統国家には適用されない。旧権力を打倒して新権力が樹立される自律的な国内政治現象を「革命」と言ひ、この政治現象を国法学的に説明すれば、旧権力の憲法が新権力の新しい憲法とは法的連続性がなく両立しえないことは当然のことである。
 
結局のところ、占領憲法が憲法として有効であるとするのであれば、八月革命説と結論は同じことになる。それでは、いつ時期に有効となつたのかを明らかにすべきである。始源的か後発的かについて具体的に明らかにすべき必要がある。
 
3については、全く意味が解らない。占領憲法は憲法ではないとしてゐるので真正護憲論の批判にはなりえない。

 八月革命説に対する批判は、相原良一博士の説明(憲法正統論)で十分である。循環論法となり論理破綻してゐるとの指摘である。私も『國體護持総論』でこれを指摘したが、これによつて八月革命説は学界の支持を失ふに至つたのである。仄聞するに、少なくとも憲法学会に属してゐる学者に八月革命説を支持する者は居ない。
4については、妥当性と実効性の意味が解つてゐないことを暴露してゐる。帝国憲法は一部運用停止になつてゐるのであり、これを以て妥当性と実効性が喪失したことにはならない。帝国憲法の枢軸となる講和大権は独立の根拠となつて現存してをり、その他の大権事項もまた否定された例はない。昨年3月16日の陛下のおことばは、関東大震災でも発令された帝国憲法第8条の緊急勅令である。また、臣民の権利義務に関する条項は、形式上は占領憲法の各条項を経由して妥当性と実効性が実現されてゐるものであり、占領憲法の妥当性と実効性といふのは、講和条約としてのそれであるといふことである。
 
5と6は熨斗を付けて返してあげたいものである。これまで、法理論と政治論とが区別できずに議論してきたと指摘してきたのは私である。チャンネル桜の4月21日放送の討論における私の発言と、他の出演者の反応からしても明らかなことである。
 
 
また、占領憲法を「消す」といふのは、どうすることなのか判らないので、どのやうにそれを実現するのかについて具体的に説明してもらひたい。さらに、これに限らず、改正論者として、それをどのやうに実現するのかについてのロード・マップも是非とも示してもらひたい。
 
 
南出喜久治氏による、昨今インターネットにある真正護憲論に対する批判、誹謗中傷に対する反論!其の四
 
  
四、最後に
 無効確認の請願運動自身は意味のあることです。問題は、南出偽無効論の影響を出来るだけ排除することです。それから、あの改憲派を敵に回すような独善的な物言いに染まらないことです。冷や水をぶっかけるようなことを書きましたが、これが今の日本の現実です。 南出理論の問題性については、拙ブログ上の記事や倉山満氏のブログをのぞいてみてください。
「日本国憲法」の性格――平成19年5月5日、『日本国憲法無効宣言』への感想
「日本国憲法」が無効である理由――条約説は成り立たぬ
無効論は「日本国憲法」有効論よりも法的安定性に寄与する――平成19年12月10日
「日本国憲法」無効論を広げるための四つの作業――平成19年12月10日
 
 
小山氏による印象操作
小山氏は、無効の効果は遡及せず、将来に向かつて無効となるとするが、これは無効の概念とは異なる。法的安定性が犯されることの批判を避けるために、将来効を主張したとすると、これは無効論の自殺行為となる。私は、そのことを指摘し、さうであれば、破棄論と同じであると指摘したのである。
 
 ここに書かれてゐることは、私の見解を理解せずに憶測で書いてゐる。憲法としては無効であるから、無効確認決議であらうか政府声明であらうが、無効のものを無効として宣言するだけであるが、講和条約の限度で有効なので、それを破棄することになるとすることが理解できてゐない。全くの誤解と憶測で書いてゐるのである。そして、このメールで一番驚いたのは、私への批判を倉山満氏のブログまで引用してゐる点である。倉山氏は、憲法有効論であり改正論者である。それを引用するといふのは、敵の敵は味方であるとする共産党的な共同戦線方式である。
 
共産党のことで思ひ出したが、北朝鮮による拉致事件を誰よりも早く指摘した功労者は兵本達吉氏である。兵本氏は、生粋の共産党員であつたが、後に除名された。私は、兵本氏とは古くから親交があつた。私が担当した共産党関係団体に対する訴訟について協力してもらつたことがあつたからである。
 
 その兵本氏が、「占領憲法は無効である」と語つたのである。これは、私との親交によつて私の見解に迎合したためではない。日本共産党は、占領憲法を無効であるとするのが本音であるとするのである。それは、野坂参三の二段階革命論に依拠する。非独立の占領下での憲法制定は無効である。しかし、この無効の憲法を最大限に利用して第一段階の革命を遂行し、独立後において第二段階の革命、すなはち共産革命を行ふ。その共産革命を実現するためには、占領憲法の改正ではなくその無効を宣言し、新たに国民主権による自主憲法を制定するといふのである。
 
小山氏のやうな国民主権を信奉する占領現法無効論は、結局のところ、野坂理論の信奉者であるといふことである。私は、正論編集部と結託して私の反論権を否定して言論を弾圧する小山氏と義絶することをここに宣言する。
 
 
倉山氏、上念氏、谷田川氏による印象操作
私は、ネット社会の住人ではないので、ネット上のことは殆ど知らない。支援者から教へてもらつて知る範囲でしか知らない。
 私は、倉山氏とは、チャンネル桜が平成二十四年四月二十一日に放送した『闘論!倒論!討論!2012 日本よ、今・・・』の番組の「どうする日本国憲法!?連続大討論part①」で初めて会つた。倉山氏は、過去に、「無効論など生ぬるい」と言ひ、この番組でも占領憲法を「落書き」と言つた人で、無効論者かと思つてゐたら、さうではなくて改正論者だつた。私は、その後も倉山氏とは全く会話したことがないのに、倉山氏も直接に私に言ふのではなく、ネットで私のことを批判してゐることが判つた。倉山氏とは、この番組の録画のときに名刺交換したのであるから、直接に私と話をすればよいのに、どうして私の頭越しにネットでしか意見の述べないのか不思議でならない。そして、倉山氏の友人と思はれる上念司氏や谷田川惣氏が、私のことをツイッターで、「カルト」とか「教祖」とか言つて執拗に侮辱を繰り返してゐた。これも日本人の美学に反する行ひである。
 
上念氏が発信したツイッターでの発言の一部を具体的に指摘すると、
「無効論とは、①一切の妥協を許さない教条主義」「護憲テロ」「結果よりも教義を重視するカルトもどき」「遠慮なく新無効論を邪教、変態護憲論として論撃できます」「新無効論の布教」「新無効論はカルト」「布教している」「新無効論が如何に間違った考えかを世の中に広めるために協力してくれる潜入スパイみたいなものですよ」「国粋主義者に偽装したコミンテルン工作員とやってることが変わらない」「教義を繰り返し布教しているだけです」「教祖」「むしろコミンテルン的だと思いますよ」「変態護憲論」「コミンテルンが国粋主義者に偽装して日米開戦を煽ったのと同じです」「教祖」「神学論争」「教義の繰り返しばかり」「ゴミからはゴミしか生まれない」「南出信者らは自覚ない」「南出信者は自分らが一番本能が劣化してる。」「カルト経典セット一式」「新無効論はどこをどう突いても矛盾だらけの欠陥品」「タダのバカ」「ブキミなカルト性を南出無効論信者」「中身も完全にカルト教団化してますよね。」「教祖の出してるマニュアル読みました」「南出経典」「教祖の趣味で過去の事例をつまみ食いした恣意的復古的なもの」「教祖自身も何だかよく分かっていない極めて曖昧なもの」「あれってどうも教団幹部らしいですよ。」「南出喜久治のインチキ現行憲法無効論」「カルトなんでこういったごく少数の狂信者だけで構成されている可能性もあります」「南出経典をコピペ」「理論はウソと矛盾だらけになります。」「新無効論者の異常性」「ひとつの考えに凝り固まった共産主義者のような新無効論者に、議論なんて無理なのかもしれません。」「要は、社会主義者と同じ」「革命勢力と同じです。」「教祖南出氏」「この教祖にしてこの信者あり。」「カルトの仲間にしか通用しない理論」「説明責任は布教したいカルト側にあるでしょ」「新無効論のような仲間内にしか通用しないカルト理論」「まさにカルトそのもの」「そうなんです。カルトってしつこいでしょ」「新無効論の危険性を勝手に世に広めてくれるんで助かります」「南出無効論者の異常性をトゥギャって晒してやってください。拡散協力します!」「新無効論者はトンデモない差別主義者だった。」「自滅の道をたどる新無効論」「変態復古主義とでも名付けましょうか?」
 
と言つた狂気に充ちた言葉が繰り返されたのである。一度の面識もない私に、ここまで憎悪を募らせる上念氏とは一体何者なのか。不思議でならない。
 
 
 そして、この上念氏は、私だけでは飽き足らないのか、土屋氏に対しても罵倒してくる。これも具体的に一部を列挙してみると、
「6/13に都議会で土屋たかゆき議員が「新無効論」に基づいた質問をするそうです。土屋議員の名誉と政治生命を守るため、こういった質問は辞めるように呼びかけましょう。土屋たかゆき公式サイト→ http://ow.ly/bk32V 」「土屋議員の信念が捻じ曲げられる可能性を指摘してるんです。新無効論は大変危険です。」「真剣に土屋議員の将来を心配してます。騙されないでください。」「土屋さんはむしろ新無効論の被害者だと思いますよ。」
「土屋さんは完全に騙されてます。あなたに良心があるなら、土屋さんに真実を告げましょう。新無効論は終わっていると!」「土屋議員は100%騙されています。あなたのような軽率な人にね。本当にかわいそうだと思います。」「新無効論者に後押しされた(騙された)土屋議員」「騙されてしまった地方議員の皆さんはご愁傷様です。」「土屋さんは目覚めてほしいですが、自業自得の面もあるので仕方ないです。」
 
といふものである。私も土屋氏も上念氏とは一面識もない。土屋氏を無能呼ばはりするやうな常軌を逸した執拗な行為については土屋氏の意向もあつて然るべき措置を講じてゐるが、これに谷田川氏も連動してツイッターでこれに賛同する発言を繰り返したのである。
 
私は、谷田川氏とは一度だけ会つたことがある。それは、平成二十三年九月に奈良文化会館で「けんむの会」などが主催する拉致救済のための集会が開かれたときのことである。
 
 私も登壇して憲法と拉致のことについて述べたが、司会者が、登壇者でもなく、集会のテーマとも関係のない谷田川氏の天皇関係の著書だけを取り上げて紹介したので、どこにでも天皇をダシにした書籍をわざわざ紹介してもらつて販売するやうな「天皇商売」には感心できないと感じてゐた。
 
 すると、集会が終はつてから、谷田川氏が、その書籍を胸に掲げて私のところに歩み寄り、「この著者です」と営業丸出しの自己紹介をしてきた。私は、そのことには触れずに、憲法のことについてどう思ふかと尋ねると、有効でも無効でもどちらでもよい、といふ優柔不断な回答をしたので、それではダメだ、と忠告した。ただ、それだけの会話をしただけである。
 
私は、上念氏や谷田川氏によるツイッターの件について電話し、私の名前が一人歩きさせることを止めるべきであると抗議し、暴言を吐くことは議論ではなく、折り目正しく対応するのであれば、公開討論に応じてもよいと告げた。
 
 私の名前が一人歩きすることについて抗議しても、私の発言を摘み食ひして歪曲し、また勝手にツイッターで公表するといふ卑怯なことが繰り返された。こんなことを繰り返すやうな人物は、決して折り目正しい作法を弁へた言論人とは言へない。皇室について語ることを生業とするなら、それなりの品格を備へてほしいものである。
 
 私は、公開討論を申し入れたが、それをチャンネル桜で行ふことは全く予定してゐなかつた。ところが、その後、谷田川氏は、内密にチャンネル桜と交渉し、水島氏を司会者とする討論に参加してほしいと求められた。しかし、四月二十一日放送の番組もさうであつたが、私は、効力論争をしたいので、もし、チャンネル桜でするのであれば、百地章氏と八木秀次氏と討論させてほしいと当初から希望してゐたのに、それを実現してくれなかつたので、どうせするのであれば、カルトなどと発言するだけの無内容の人物だけでなく、やはり百地章氏と八木秀次氏にも出演してもらふことを強く希望した。
 
 そして、もう一つ要望した。それは、四月二十一日放送の後で、水島氏が同年三月二日の『国民運動、原理主義と現実主義の狭間で』の中で、無効論は原理主義、改正論は現実主義であるとして無効論を批判してゐたことを知つたので、効力論争の司会は、それなりの見識を持つた中立公正な人にしてもらひたいと希望した。水島氏の討論番組では、水島氏自身が自己の主張をするのが通例のやうなので、効力論争の司会としては不適切と思つた。無効論が原理主義であり、改正論が現実主義であるとする認識は誤解であつて、ロード・マップを示せる現実主義が無効論であることを理解して意味でも、水島氏は司会ではなく改正論者の側として参加してもらふ方が適切である。
 
 しかし、「それはできない」と水島氏の使者である谷田川氏が回答したため、そんな不公正な方法では応ずることは難しいので、膠着状態になつてしまつたのである。それを私が最終的に返事しないので、逃げたなどと一方的に勝利宣言をしたが、いくらでも電話して私に最終確認をすればよいのに、このやうな事情も全く明かさないでこんな印象操作を平気で行ふのである。嘘の多い、ほんとうに品格がない人である。そして、その後、谷田川氏は、自己のブログで、八月三十日付けで「決定版・憲法無効論は破綻した論理」、九月十五日付けで『「決定版・憲法無効論は破綻した論理」の質疑応答』を掲載したといふのがこれまでの経緯である。
 
 
南出喜久治氏による、昨今インターネットにある真正護憲論に対する批判、誹謗中傷に対する反論!!
其の参
 
 
小山常実氏の分断工作
ところで、憲法無効論を唱へる小山常実氏は、大月短期大学教授であり、新しい教科書をつくる会(藤岡信勝氏主宰)の理事である。私は、これまで担当した教科書裁判に関して、資料を戴いたりして協力してもらつたことがある。ところが、『いはゆる「保守論壇」に問ふ<其の四>小山常実氏に対する公開反論』で述べたとほり、『別冊正論 Extra.06』の「日本国憲法の”正体”」に掲載された小山氏の「占領管理基本法学から真の憲法学へ」と題する論文があつたが、これには私の見解を全く誤つて引用した。つまり、そこには、「この無効確認の効力は、将来に向けてのみ発生するのであり、過去に遡ることはない。実際、無効確認の効力を過去に遡らせようと主張する『日本国憲法』無効論者は、誰一人存在しないのである。」として、私も遡及効がないとする見解であるとしたが、これは明らかに誤りであつた。私のいふ無効確認決議の効力は、あくまでも占領憲法制定時において無効であつたことを確認することであつて、将来に向かつてのみ無効とするものではないからである。
 
 私は、その訂正を小山氏と正論編集部に要求し、少なくとも私の反論を掲載するやうに求めたが、小山氏と正論編集部もこれを完全に無視したことから、一般人の誤解を糺すために上記論文の公開に平成十九年七月に踏み切つたのである。
 
ところで、私は、平成二十三年十一月には、占領典憲の無効確認決議を求める参議院に対する請願に参加し、さらに、平成二十四年二月からは石原慎太郎東京都知事が私の見解を受け入れて占領憲法の無効論を主張し、ワシントンでもこれを主張することになつたことから、これをさらに支援するために、真正護憲論を支持する同志である土屋敬之東京都議会議員とともに、同年六月八日に東京都議会にも同じ請願を提出し、同月十三日には、土屋氏が石原都知事から占領憲法が無効であることの認識を公式に求める一般質問を行ひ、石原都知事もこれに答へた。
 
 そして、これをさらに拡散させるため、土屋氏が関係者に呼びかけをしたとき、その一人から次のやうな小山氏のメールを転送にて土屋氏が受信した。土屋氏がそのメールをさらに私に送つてくれたものであるが、これは明らかに私と土屋氏とを分断するための工作文書であつた。勿論、これに土屋氏は全く影響されなかつたが、その内容は余りにも虚偽に充ちてをり、私の理論を全く理解してゐないことがよく判る文書である。
 
「無効な憲法(であり講和条約で有効なものに過ぎないもの)の破棄」などと私は一度も言ったことはありません。無効なものを破棄するというのは語義矛盾です。土屋氏は南出無効論を信じているようですが、南出説と私など通常の無効論とは、百%理論的・政治的に対立する理論です。まだ、内政干渉を招かないだけ、改憲派の方がましです。
 
一、理論的
そもそも「日本国憲法」は講和条約ではありませんし、私は無効確認しろといっているわけで、破棄しろとは言っていません。破棄しろというのはそれほど害はないのですが、中国や米国に向かって条約破棄通告をするという南出理論は、内政干渉を招きます。南出理論は、無効論を唱える段階ではそれほど問題はないのですが(この部分でも実は大きな問題があるのです。特にハーグ条約を無視する傾向。総じて国際法無視の傾向)、「日本国憲法」が今どういう法として存在しているのか、という問題領域になると出鱈目なことばかりを言います。トータルでは、矛盾だらけで全く成立しない議論です。ほとんどの専門家がそう思っています。唯一の理解者であった渡部昇一氏も、嫌気がさしているようです。
 
一番端的に出鱈目といえる箇所をあげておきます。南出氏は、ポツダム宣言が入口条約、「日本国憲法」が中間条約、サンフランシスコ平和条約が出口条約であると位置づけていますが、そうであるならば、出口条約が出来あがった時点で「日本国憲法」は失効したことになります。しかし、彼は失効したはずの「日本国憲法」を大日本帝国憲法とともに現在の憲法として確定的に有効だと位置づけているのです。同じ条約説でも、渡部氏は「日本国憲法」は1952年の独立とともに失効したと捉えるようです。通常の無効論は、「日本国憲法」を暫定的に、時限的に有効だとする、あるいは憲法未満のものとして有効とするという工夫を行ってきました。これに対して、南出理論では、「日本国憲法」は確定的に憲法として成立しているのです。入口は憲法無効論ですが、出口は憲法有効論なのです。ですから、詐欺のような理論ですから、偽無効論と言う声が大きくなってきています。
 
二、政治的
南出理論は、中国を喜ばすだけの理論です。南出氏は条約破棄の通告を諸外国に対して行うといいますが、そんなことをすれば、喜んで中国や韓国は、内政干渉してきます。「俺たちとの話し合いで新しい憲法を作るべきだ、外交交渉で日本の憲法内容を決めよう。君たちの理論では、日本は一度米国を中心にした連合国と条約という形で日本国憲法を作ったではないか、もう一度同じことをしよう」と言ってきます。これに対して、南出理論では反論できないのです。改憲派も護憲派も、理論的にはこのような内政干渉を招きませんから、南出無効論よりはましなのです。なぜ、無効確認しないといけないのか。一言で言えば、独立国の精神の回復です。そして、将来、仮に中国と戦い敗れても憲法を押し付けられないようにする理論的根拠を作っておくことです。ところが、南出理論は、外国に再び押し付けられるような理論装置をつくり出したのです。南出無効論に基づく無効確認・破棄運動とは「予め裏切られた独立党の運動」なのです。
 
三、背後に何があるのか
振り返れば、実は、南出氏も、かつては破棄などと言うのは語義矛盾だと言って反対の立場でした。そして、条約説は昔から言っていましたが、決して破棄通告するというようなことは言っていなかったと思います(勉強不足なだけかもしれませんが)。破棄通告と言い出したのは、平成18年末頃だったと思います。当時、変なことを言いだしたなと思った覚えがあります。この平成18年末頃から、猛烈に、ネット上で南出理論を宣伝するブログが多数作られていきました。それまで南出理論を説くブログは一つか二つでしたから、異様な感じでした。そして、改憲派は護憲派と同じだと攻撃し、通常の無効論は戦後の秩序をすべてひっくり返すと言っていると嘘の宣伝をし出しました。相変わらず、今もこの嘘宣伝をしています。この宣伝に騙された多くの知識人がいたようです。その筆頭が渡部氏です。平成19年4月に渡部氏との共著である『日本国憲法無効宣言』を出したことによって、南出無効論の信者は一挙に増えました。後でわかったことですが、この年の7月ごろから、私への批判をネット上で行うようになります(きっかけは、私が南出氏の理論を私信で批判したことでしたが、私信レベルの論争を勝手に公のものにしたのです)。また、私に対する反論を書かせろと言って『正論』に文句を付けていたようです。正論は全く相手にしなかったようですが。ともかく、今振り返れば、平成18年と言う年が、日本の保守言論界の崩壊の始まりだったと思います。「つくる会」が分裂し、「新無効論」という名の偽無効論が登場した年です。この年に何がうごめいていたのでしょうか。ここのところ、本当にそう思います。平成19年の時点の私は、偽無効論との戦いをせず、「つくる会」理事となり、公民教科書作成に取り掛かりました。「つくる会」を守る方を優先させました。当時は、南出氏について一定の仲間意識がありましたし、偽無効論とまでは思っていませんでした。また、数回の手紙のやり取りを通じて、氏が、人に対して極めて無礼であり、しかも学問というものがどういうものか全くわかっていないことを知るにつれ、ともかく到底まともに相手にしない方がよい人だとも思いました。そして、何よりも、体力的に到底二つのことはできないという判断から、「つくる会」の活動に集中してきました。ただ、持たない体力ではありますが、私は二つの事を追求したいと思っています。南出理論については、いずれきちんと研究した上で、批判を展開していく予定です。ただ、その前に、育鵬社問題を初め、「つくる会」関係で片付けなければならないことが多数ありますので、なかなか掛かれない状況です。
 
 
南出喜久治氏による、昨今インターネットにある真正護憲論に対する批判、誹謗中傷に対する反論!!
其の弐
 

 そして、この占領憲法制定過程において、当初から外務大臣、そして内閣総理大臣として深く関与してきた吉田茂氏は、「・・・改正草案が出来るまでの過程をみると、わが方にとっては、実際上、外国との条約締結の交渉と相似たものがあった。というよりむしろ、条約交渉の場合よりも一層”渉外的”ですらあったともいえよう。ところで、この交渉における双方の立場であるが、一言でいうならば、日本政府の方は、言わば消極的であり、漸進主義であったのに対し、総司令部の方は、積極的であり、拔本的急進的であったわけだ。」(吉田茂『回想十年』第二卷)と回想してゐるとほり、まさに占領憲法は、交渉当事者の認識としても「外国との条約締結の交渉」としての実態があつたといふことである。つまり、占領憲法制定作業は、政府とGHQの二者間のみの交渉によつてなされ、政府は常にGHQの方のみを向いて交渉し、帝国議会や臣民の方を向いてゐなかつたことから、占領憲法は、国内法としての憲法ではなく、国際法としての講和條約であつたといふことである。

 このことは、何も交渉当事者であつた吉田茂氏だけの感覚や評価に限られたものではなかつた。たとへば、上山春平氏(京都大学名誉教授)は、『大東亜戦争の思想史的意義』の中で、「あの憲法は、一種の国際契約だと思います。」と述べてをり、また、有倉遼吉氏(元早稻田大学法学部教授)も占領憲法が講和大権の特殊性によつて合法的に制定されたとする見解を示してゐたこともあつたのである。また、黒田了一氏(元・大阪市立大学法学部教授、共産党系の元・大阪府知事)も、占領憲法を「条約」であるとする見解を示してゐたのである。

 ところで、前述した昭和二十九年三月二十二日の衆議院外務委員会公聴会において、外交官大橋忠一議員の発言には注目すべきものがある。大橋忠一議員は、第二次近衛内閣当時の外務次官を務め、また、昭和十五年十一月に松岡外務大臣のもとで外務次官となつて日米交渉に携はつた外交官であるが、この衆議院外務委員会公聴会において、「GHQの重圧のもとにできた憲法、あるいは法律というものは、ある意味においてポツダム宣言のもとにできた政令に似た性格を持つたもの」といふ発言をしてゐる。長く外交官を務めた者の判断として、占領憲法は、ポツダム宣言に根拠を持つ下位の法令であるとしてゐるのである。

 また、吉田茂氏の第一次内閣発足直後の枢密院審議において、吉田氏は、「GHQとは、Go Home Quicklyの略語だといふ人もゐる。GHQに早く帰つてもらふためにも、一刻も早く憲法を成立させたい。」と発言して、これが講和の条件として制定する趣旨であることを枢密院に説明し、枢密院は講和独立のためといふ動機と目的のために帝國憲法改正案を諮詢したことになり、講和条約の承認としての実体があつたことになる。
 
 
効力論争
このやうな背景と根拠により、我が国の国法学を主導する憲法学会においても効力論争は続けられた。初代理事長である澤田竹治郎氏と第四代理事長である相原良一氏が中心となつた。そして、私は、相原良一博士の推薦で憲法学会に入会したが、相原先生は、効力論争における学説を整理され、それを私が引き継いだ。無効説と有効説を区分し、さらに有効説を始源的有効説と後発的有効説に分類したのである。 我が国には、外来の法学を物まねするだけで、固有の国法学がない。それを提唱された一人が相原先生であり、それは最終的には『憲法正統論』として著された。

 形式的な意味の憲法である憲法典を実質的な憲法であると同視して、近代合理主義、成文法主義、法実証主義に組み立てられた法学は、制憲権によつて憲法が制定されるとする。憲法とは作られた法とするのである。ここに制憲権の主体が主権者であり、これは主権論と不可分一体のものである。我が国でも、このやうな見解が有力になつたのは、特に、占領憲法制定後のことである。しかし、英国の法の支配、我が国においては國體の支配を唱へる國體論は、主に、占領憲法無効論を主張する学者によつて唱へられてきたのである。

 ところが、最近における真正護憲論への反論らしき見解には、これまでも言はれてきたことだが、「憲法違反=無効を肯定しないのが近代法学なのだ、恐れ入つたか!」と強弁する者が現れてきゐる。確かに、それも手荒で粗野な見解であるにしても、法学における学説の一つであることは否定しない。しかし、ただそれだけである。

 この考へ以外は法学ではないと主張したとしても、これを否定する見解も法学における主張である。「憲法典の上に憲法なし。」とするのも、一つの見解に過ぎないのであつて、それを主張したからと言つて、それによつて効力論争が終了して決着が付くことは到底あり得ない。それぞれの学説が検証されてその優劣を競ふことになる。

 法学上の見解は、いづれも仮説に過ぎず、これが正しいといふ証明がなされない限り仮説のままである。法学は、哲学をも取り込んだものであることから、最後は論理的説得力の有無によつて決まる。この見解以外は主張してはならないといふ世界は、学問の世界ではない。学説は、権力や法律で規制されるものでもない。学問の世界で、これが絶対的真実であるとする証明もないのに、「この指止まれ、止まらなければ否定する」とする「近代法学」なるものは、社会科学ではなく、傲慢で排他的な宗教である。
 
 
規範とは何か
規範の命は、その規範に違反する行為を無効であるとすることにある。これを否定すれば規範は規範でなくなる。行為規範としても、評価規範としても、当該規範に違反するものは法的保護に値しないこと、それが「無効」といふ法的概念の意味である。帝国憲法に違反した改正行為は無効である。仮に、そのやうな明文規定がなくても、憲法典の上位規範である規範としての國體(國體規範)に違反するものは無効である。このやうにして我が国の秩序は維持されてきたのである。

 それを近代合理主義が、憲法制定権力(制憲権)なる概念を打ち立てて、制憲権によつて憲法が作られると主張することになつた。伝統国家の憲法とは、國體に含まれる祖法を投影したものであり、作られた法ではなく発見された法なのである。帝国憲法の告文などはそのことを示してゐる。
 
我が国の近代は、外来思想に染まつて、その猿真似することが学問的な権威とされた。これは今も続いてゐる。そのために、現在の憲法学といふのは、占領憲法解釈学しかなく、国法学、國體学がない。憲法典の上位規範を認めるか否かについて様々な見解があるが、いづれも仮説であり一つの学派に過ぎない。真理は、多数決では決まらない。正当性説に集約される近代法学の誤りに多くの人々が気付き始めた。「伝統法学」が胎動したからである。そのどちらに説得力があるのかの問題である。演繹法による証明はできないので、すべては帰納法による証明に委ねられることになる。
 
そして、世界においては、「憲法典の上に憲法なし。」との命題は、帰納法的に否定されてゐる。イスラム教世界やキリスト教世界では、当然のこととしてこのこととして否定される。アメリカ合衆国ですら、聖書に手を置いて大統領は宣誓するのである。これは、国法体系(憲法体系)の上に聖書やコーランといふ最高規範があることを意味するものであり、「憲法典の上に憲法(最高規範)あり。」といふことである。これが世界各国における國體の概念であり、我が国の國體概念と同じ構造となつてゐる。これが世界の常識であり、ここには欧米の一部にしか適用されない合理主義的法学(近代法学)は適用されない。このことは我が国でも同じである。合理主義的法学を唱へる者が、仮に多数を占めたとしても、真理は多数決で決められるものではない。ましてや憲法学者だけで決められるものではない。そんな特権は学者であらうと誰にでも認められてはゐないのである。学問的な真理は多数決では決められない。これも世界の常識である。それを頑なになつて、「この紋所が目に入らないのか!」と言はれて平伏するのは、水戸黄門のドラマだけにしてほしいものである。「効力論争はできないことになつてゐる」と強弁するのは、異説を一切認めない朱子学に等しい考へであり、学問をする謙虚さを失つた哀れさを感じる。
 
一例を挙げてみる。占領憲法には歴史伝統を重んじる規定はなく、むしろ、これを否定してゐる。さらに、占領憲法には、やまとことばが国語であるとの規定も存在しない。さうであれば、国語の選定は法律事項であるから、やまとことばを廃止して、英語を公用語とし、さらには生活言語とし、やまとことばの使用を禁止する法律は違憲ではないことになるのか。これを肯定するのが近代法学であるとすれば、このやうな論理は誰も支持しない。ここでは長い歴史を踏まへて成立した明文規範を越える不文の規範としての國體が認識され、これは國體違反として無効であると判断されることになる。これが「伝統法学」なのである。
 我が国の憲法といふのは、古事記、日本書紀などで語られる不文法の世界であり、明治の帝国憲法といふ憲法典のみではない。正統憲法は、五箇条のご誓文や教育勅語などを含む総体であり、帝国憲法のみが正統憲法であるとするものではない。
 

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