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捨身無我の絶対尊皇精神
四宮さんの御話し

本居宣長は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇國の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びず思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり。」(『葛花』)と論じてゐる。

天皇は現御神であらせられ絶對的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考へや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下を批判する事は絶對にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。天皇陛下が間違った御命令を下されたり行動をされてゐるとたとへ思ったとしても、國民は勅命に反してはならずまして反對したり御退位を願ったりしてはならない、如何にしても従へない場合は楠正成の如く自ら死を選ぶべきであるといふのが、わが國の尊皇の道であり、勤皇の道であることを、本居宣長先生は教へられてゐる。
...

ただし、諌め奉る事を一切否定してゐるのではないと思ふ。三度までは諌め奉り、どうしてもご翻意なき場合は、勅命に従ひ奉るのが日本天皇に対する臣下国民の道である。

捨身無我の絶対尊皇精神がここに説かれてゐる。これが日本人の道義精神の極地である。これを「恋闕心」と言ふ。恋闕心とは、宮闕(きゅうけつ・宮殿・宮城・宮門・)を恋ひ慕う心のことである。ただひたすらなる尊皇の思ひである。

日本國の生命・歴史・傳統・文化・道義の体現者たる天皇の大御心・御意志にまつらふひ奉ることが日本國民の道義心の根幹である。そして天皇の大御心・天皇の國家統治の基本は、天照大神の御命令である「高天原の理想を地上に実現する」といふことである。
 
 
孟子の「湯武放伐論」を日本的に昇華させ適用した吉田松陰
四宮さんの御話し

吉田松陰は、『講孟箚記巻の一』「梁恵王下篇第八章」において、「(注・漢は)天の命ずる所を以て天の廃する所を討つ。何ぞ放伐を疑はんや。本邦は則ち然らず。天日の嗣、永く天壌無窮なる者にて、この大八洲は、天日の開き給へる所にして、日嗣の永く守り給へる者なり。故に億兆の人、宜しく日嗣と休戚(注・喜びと悲しみ)を同じうして、復た他念あるべからず。若し夫征夷大将軍の類は、天朝の命ずる所にして、其の職に称(かな)ふ者のみ是に居ることを得。故に征夷をして足利氏の曠職の如くならしめば。直ちに是を廃するも可なり。」

(支那に於いては、天の命ずる所に従って天が排する者を討つといふ放伐思想を疑はない。わが國はさうではない。天照大御神の継嗣は天地と共に極まりなく永遠の存在であるので、この日本は天照大御神が開き給へる国で、天照大御神の継嗣が永く護り給へるものである。故に多くの人々は、良く天照大御神の継嗣と喜びも悲しみも共にして、他の思ひを持ってはならない。征夷大将軍の地位は、天朝の命ずるところに従って就任するのであるから、その職責にかなふ者のみその地位にゐることができる。だから、征夷大将軍が足利氏のやうに職務をおろそかにすることがあったならば、ただちにこれを廃しても構はないのである、といふ意)。
...

吉田松陰は、征夷大将軍がその職責を全うし得ず、夷狄を平らげることができなくなり、天皇のご信頼を失った場合はこれを打倒すべきであると論じたのである。この思想が徳川幕府打倒運動の正統性の根拠になる。

「天命が去った暴君を討ち倒すのは正義である」といふ支那孟子の「湯武放伐論」を日本的に昇華させ適用したのが松陰である。即ち、天照大御神の子孫(生みの子)であらせられる日本天皇は、神聖なるご存在であり、天そのものであり給ひ、日本の永遠の君主であらせられる。しかし、徳川将軍は覇者であり、征夷の職責を果たせなくなったらこれを討伐してよいといふ思想である。
國民主権主義体制は國を滅ぼす
現行憲法体制の下に繰り広げられる國民主権主義体制のますますの深化が現在の御國の価値を無視し、己さえという現在の世を作り上げてきたのではないでしょうか。現在における日本人の多くが、己の命、利益>御國の存在価値となってしまったことが御國を滅ぼす最大の前提意志の一つとなっていると存じます。

御國を護る為に

御國を護る覚悟を得る為には、個人主義を捨てねばならない。俗物者であることを捨てねばならない。
しかしながら、それが出来る日本人は非常に少ないことが現実であるのではないでしょうか。

たちが悪い

たちが悪い

一部の貴族が民衆を支配して悪政をしいているのと、
民衆に選ばれた政府が悪政をしいている。
どちらがたちが悪いのでしょうね。

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