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八月十五日の靖国神社
平成25年 8月16日(金) 
 
 
西村眞悟さんのおはなし
 
 例年の通り、八月十五日を靖国神社境内で過ごした。
 午後三時に、参集殿前に集まった思いを同じくする四百名の方々と共に、昇殿参拝をさせていただいた。
 まことに、英霊の思いが心にしみる参拝をさせていただいた。
 午前十一時過ぎに靖国神社境内に入り、二の鳥居の手前で正午を迎え、黙祷した。
 正午の直前になると人々は動きをとめて佇立し、静寂が境内をおおった。
 そして正午の時報と共に、境内に鎮魂のラッパが吹奏され黙祷に入った。
 その時、参拝者は横六名ほどの列となって拝殿から二の鳥居を越えて並び、炎天下、静かに参拝を待っていた。
 午後になって、その列はもっと長くなった。後ろの参列者が拝殿の前で参拝できるまでに一時間以上かかる列だった。その列は午後五時頃になっても、まことに静かに続いていた。
  
 
 本年の靖国神社には、実に多くの人々が参拝に訪れたと思われる。
 以前、小泉総理が靖国神社に参拝して、中韓と日本のマスコミが騒いだ時には、前年に比べ一挙に参拝の人々の数が増えたが、本年の参拝者の数は、それより多かった。
 しかし、喧噪はなかった。
 本年八月十五日の靖国神社で印象深いことは、
 きわめて多い参拝者の、静寂である。
 
 このことは、参拝する日本人が、
 虚偽やプロパガンダに左右されずに、
 民族の血に根ざす痛切なる歴史の実相を見つめていることを示していた。
 
 即ち、日本人が、戦前と戦後の連続性を取り戻しつつあるのだ。 そして、この回復された連続性の中に、
 我が民族生命の原始無限流動の力の源泉がある。
 さらに、この靖国神社境内の、
 参拝に向かう多くの人々の静かな姿の前では、
 総理大臣が参拝するかしないかは、次元の違う些事にすぎなかった。
 さて、安倍総理大臣は、
 八月十五日、靖国神社に参拝しなかった。
 その理由は、中共と朝鮮(韓国)に「配慮」したからである。
 同時に、参拝に反対する自公の連立構造と自民党内と官僚組織からの「もっともらしい圧力」を受け入れたからである。
   
 しかし、民族の連続性を回復し英霊との痛烈なる一体感をもつ日本人から見れば、「くだらん配慮」であり「馬鹿な圧力」である。
 だから、「次元の違う些事」に過ぎないのだ。
 
 とはいえ、総理大臣が、靖国神社についての「配慮」と「圧力」を受け入れたということは、明らかに自ら言う「日本を取り戻すために克服すべき戦後体制」の正体を靖国神社を通じて白日の下に曝したことになる。
 
 即ち、安倍君、
 「克服すべき戦後」とは、「恵まれた君」そのものではないか。
 
                                     (了)
現在を生きる日本人程、ある意味日本人ではない日本人はいない。
何故ならば、敗戦を親とし、米國に養われた日本人だからです。
 
そんなものは実質日本人ではない。真正伝統國家の民とは、御先祖様から日本人特有の精神を受け継いで初めて民に、臣民になれるのだ。今の日本人はただ単に國籍と血統が同じというだけであり、それだけでは不十分である。革命國家と実質殆ど変わらない。現行憲法の基本原則という國家破壊の三原則を金科玉条の様に持ち上げた革命國家日本という、これは恐ろしい程に自虐的でありそしてこれ程に本来の祭祀國家日本とかけ離れたものはない。

話し合いとは

話し合いとは
 
人と人がまともに話し合いを行う時には、幾つかの条件が必要になります。
1、大前提として御互いを尊重し礼節、公序良俗を理解し。更に話しの内容を感情論、感情論理にしない事を心に誓った上で話し合いの席に着く。
 
2、自分の話す内容に責任を持つ。
誤ってはいないか。不完全なものになってはいないか。偽装状態にはなってはいないかということを確認する。
 
3、話し合いの過程で、捏造、隠蔽、レッテル貼り、二重基準、摩り替え、心理トリックという行為を行っていないか。それを注意しつつ話しを進めていく。
 
4、そして最後に話し合いの目的はあくまで真理の追究であって相手に勝つことではないことを再確認することです。欧米式のディベートではなく、我が國仕様の話し合いこそが実のある話し合いを生むのだから。
 
之さえ守ればまともな話し合いが出来ます。
          天皇陛下のお田植え、そして三浦雄一郎さん

                          No.856 平成25年 5月24日(金)
                               西 村 眞 悟

 天皇陛下は、
 二十一日、麦わら帽にゴムの長靴姿で皇居内の水田に入られ、自ら田植えをされた。植えられたのはうるち米の「ニホンマサリ」ともち米の「マンゲツモチ」の合計七十株で、
陛下は、その株を一つ一つ丁寧に植えられた(産経配信)。

 この天皇陛下のお田植えの報に接し、
 心より、ほっとするとともに、
 日本に生まれた幸せをしみじみと感じた。
 日本は、天皇陛下がお田植えをされる豊葦原の瑞穂の国
 
 天皇陛下の彌榮を祈り奉ります。

 私の若き知人が、四十数名の仲間と共に、五月十三日から十六日まで、皇居の勤労奉仕に入っていた。
 その際、彼ら奉仕団に対する陛下の御会釈があった。
 そのとき陛下は、その奉仕団の中に東日本巨大地震の被災地である宮城県の青年が参加しているのをご存じで、その青年に親しくいたわりの声をかけられた。
 青年は、感激のあまり何も言えずに嗚咽し、奉仕団全員が涙を流した。
 奉仕作業を終えた知人から、この話を聞いたとき、私も涙をこらえた。
 
 この御会釈をされた天皇陛下が、
 二十一日には麦わら帽子に長靴姿でお田植えをなさっている。 民を思う心に満ちた、おだやかな、自然とともにある
 陛下のお姿のなかに日本の心がある。
 
 目に見えるものだけが国ではない。
 日本という国は、
 天皇陛下と我々国民の、
 悠久の太古からかわらない絆なのだ。

 二日後の二十三日昼、八十歳の三浦雄一郎さんが、
 8848メートル世界最高峰のエベレストの頂上に立った。
 万歳!万歳!
 
 三浦さん、
 日本に勇気と明るさを与えてくれてありがとうございます。
 僕に勇気を与えてくれてありがとうございます。
 そして、三浦さんとは別の日本に誇りと勇気と明るさを取り戻す山に登っているもう一人の八十歳、
 石原慎太郎さん!
 昨日、三浦雄一郎エベレスト登頂の報に接し、
 「おっ、やったなー!」と勇気をみなぎらしたはずだ。

 我ら、目指す嶺は見えている。日本を仰ぐ! 

                                     (了)

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