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尖閣・竹島も慎重…安倍氏、靖国参拝見送り意向

 
これが本当なのであれば、一体安倍は何の為に総理大臣になるのか。
安倍にはとことん失望させてくれる。

早くも安倍次期政権に暗雲

皇紀2672年(平成24年)12月22日
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012121900914
 ▲時事通信:韓国新政権の対日政策注視=竹島単独提訴、慎重に検討−政府
 

遠藤健太郎ブログの御紹介
http://endokentaro.shinhoshu.com/japan/post2683/
 
 私が自民党の安倍晋三総裁を批判したり、その政策実行力に少しでも疑問を呈すると必ず一部の読者から暴言を吐かれ叩かれてしまうので困るのですが、早くも「だから言ったでしょ」と言わんばかりの暗雲が次期政権に垂れ込んできました。

 最初に核心を申し上げますと、安倍総裁の行く手を邪魔する者たちがいるということです。分かりやすく代表的なお名前を挙げるとすれば、自動的に連立政権を組む相手としてしまった創価学会(公明党)と自民党の石破茂幹事長ということになります。

 先の衆議院議員総選挙に於いて自民党が掲げた政権公約には、堂々と現在島根県主催の「竹島の日」式典を政府主催とする旨が書かれていましたが、早速この実行を見送った挙げ句に首相の式典出席を否定してしまいました。一芸としてこの手のひら返しは「民主党並み」と言えるでしょう。

 良好な日韓関係を築くことを目的に朴槿恵次期大統領に配慮するというのがその理由だそうですが、そもそも日韓関係を致命的に悪化させることもいとわずに中共へ寄って「反日」同盟を組んだのは韓国政府のほうです。何か悪いことをわが国政府がしましたか。自国領を、主として(かつて何人も韓国政府に殺されているため)漁業を営む自国民の安全を守ろうとしているだけです。

 さらに、関係改善を謳った野田佳彦首相の親書を突き返すという外交上重篤な非礼に及んだのも韓国政府でした。李明博大統領も最初は親日的態度をとりましたが、韓国の大統領というのは歴代平然と嘘をついてきたのです。またぞろ申しますが朴次期大統領も同じ穴の狢に違いありません。彼女を「割と親日的」と目するのは極めて危険です。

 本来であれば私たちが政府に求めるのは竹島の奪還であり、式典の主催ではありません。しかし、占領憲法(日本国憲法)の有効を盲信してしまった現状では、たとえ安倍総裁でも今すぐこの本筋を主張することが難しいのは理解しています。占領憲法の無効状態を確認しない限り、北朝鮮による日本国民拉致事件の解決が難しいのもこのためです。

 それでも拉致された国民や領土領海を取り戻すことが安倍次期首相に期待されたのであって、それを忘れてもらっては困ります。自分が誰に支持されているのか、どの主張を取り下げると自分の政治生命が終わるのか、それは日本共産党も社民党なども含めてすべて政治家が肝に銘じておかねばなりません。

 安倍次期首相を殺すのは創価学会であり石破幹事長です。韓国のウォンに対して円高を容認してみせた石破幹事長のような自民党代議士が安倍次期政権をまたもや短命に終わらせるでしょう。このようなことをしているから「統一協会政党」と非難されるのです。

 私は恐らくもう嫌われていますので、どなたか繋がりのある方は安倍総裁を助けてあげてください。


安倍内閣、相変わらず創価とつるむ気満々やね。後は、民主党と大して変わらない方の石原。そして民主主義信者の古屋とその他N。こんな人選で一体何を行うのかね。戦後体制を守る気満々の人選としか思えんのですが。
 
維新の原義と『日本維新の会』
四宮さんの御話し
 
 
今回の選挙で「日本維新の会」が、五十四議席を獲得した。「維新」という名称を付けた政党が国政の場に登場したの初めてのことだと思う。「維新」とは一体どういうことなのかを改めて考えなければならないと思う。

「維新」という言葉の出典は、『詩経』(支那最古の詩篇)の「大雅・文王篇」の一節である「周雖旧邦 其命維新(周は旧邦なりと雖も、その命これ新たなり)」である。わが国において「維新」という言葉が用いられたのは、天保元年(1830年)、水戸藩の藤田東湖が藩政改革への決意を述べる際に、『詩経』の「維新」という言葉を引用して用いたのが最古とされている。この文章が何と言う名前なのかまだ小生には分からない。

... 支那は易姓革命を繰り返して来た國であり、「命を新たにする」とは、それまでの王朝を打倒し、新たなる王朝を立てる意味である。しかし、わが国の維新変革は、大化改新・明治維新の歴史を見て明らかな如く、日本天皇を祭祀父主・君主と仰ぐ國體の眞姿を開顕し回復すること現状変革であった。支那の「維新」「革命」と日本の「維新」とは全く異なる。「日本には維新はあっても、革命の歴史は無い」とよくいわれる。この場合の「維新」とは「天命を新たにする」という思想は排除する。

藤田東湖先生の原典を讀んでいないので、私の推測なのであるが、藤田東湖は、「周は旧邦なりといへども」という言葉を重んじたのではないだろうか。即ち、藤田東湖は、わが日本は、萬世一系の天皇が統治したまえる無窮の歴史を有する国であり、その眞姿・本姿を開顕することが現状の革命になると考えられたのではなかろうか

ともかく、わが国における「維新」とは「尊皇精神「國體明徴」がその基本になければならない。ところが残念なことに「日本維新の会」の「維新八策」にも、その他の政策にも、「天皇皇室」「日本の伝統」について全く触れられていない。これでは困る。

しかし、国会議員団代表の平沼赳夫氏、そして今回当選された西村眞悟・三宅博・中山成彬の各氏ら、そして参院議員の中山恭子氏は、間違いなく尊皇愛国の政治家である。こうした方々が「日本維新の会」で大いに力を発揮され、「日本維新の会」が、尊皇愛国・尊皇攘夷を基本理念する真の維新政党となるようにることを強く希望する。

現状(戦後体制と言ってもいい)を保守するのではなく、國體を護持し眞姿を開顕するという意味の「真正保守」という言葉があるのと同じように、これからは、ただ今日の政治体制・社会体制を変革するのではなく、天皇中心の國體を明らかにすることによって戦後体制を打倒し現状を変革するという「真正維新」という言葉が使われるようになるのではなかろうか。
 
 
危機対処の為の戦後からの脱却と自衛官の宣誓
西村真悟さんの御話し
 
 この度の衆議院総選挙において、ご支援をいただいたことに、 心より、お礼申し上げます。
 ありがとうございます。
 おかげさまで、長年ともに行動してきた八尾の三宅博さんをはじめ、お国の為に働ける多くの同志が当選できました。
 ありがとうございます。
 私は、六度目の当選をさせていただきました。
 そこで振り返って、正直言って、この度の当選ほど身の引き締まる思いをしたことはありません。
 その理由を次にお伝えして、開票翌日のご挨拶と致します。
 
 政治つまり国家の運営は、一眼で脚下の現実を見つめ、同時に他の一眼で世界の大勢を見つめていなければならない。
 しかるに、この度の総選挙も、各党の論争そしてマスコミの報道姿勢は内向きの目だけで為されていた。
 これをダチョウの平和という。
 
 大きな胴体をもち小さな頭をもつダチョウは、危険が迫れば、穴の中に小さな頭だけを入れれば、大きな胴体が危機に曝されていても安心する、と、言われている。
 この度の各党首脳と候補者の選挙論争とマスコミ報道を聞いていて、このダチョウの平和を思い出したのだ。
 
 しかし、これが戦後体制下の最後の選挙となる。
 何故なら、大きな胴体が既に攻撃を受けており、もうすぐ、新たな攻撃をうけるからだ。既に受けている攻撃(密かな拉致)は、見て見ぬふりができた。だが、これからはそうはいかない。
 だが嬉しいことに、選挙結果を見れば、国民は既に外を見ており、戦後体制の穴に首を入れたままなのは政治家だけだったということが分かる。
 国民は外を見つめ始めている。
 この国民の視線の内から外への転換が、来年の我が国に明るさをもたらす要因だ。
 即ち、この度の総選挙の真の争点は、我が国を取り巻くまことに厳しい国際情勢だったのだ。
 よって私は、この度の選挙において、近畿各地そして東京大田区において、
 果たして野田内閣は有効なミサイル防衛体制を実施したのか、断じてそうではない、
 断固として尖閣を護ろう、
 断固として北朝鮮に拉致された同胞を救出しよう、
と訴え続けた。
 
 十五日の午後八時の最終時間前、大阪難波戎橋と千日前筋の交差点で、雨の中、道行く人々に、力を合わせて北朝鮮に拉致された同胞を救出しよう、力を合わせて尖閣を守り抜こう、と訴えたところ、頑張ってという激励の声をかけてくれる人々が増え、若い人が立ち止まり始めた。
 
 その時、戦後からの脱却の確かな手応えを感じた。
 さらにその時の私には、長い政治活動のなかで、始めて真の意味の「同志」をリーダーとして戦えている充実感があった。
 日本維新の会の党首は、平成九年にともに荒波を越えて尖閣諸島を視察し、我が国を手枷足枷で縛っている「憲法」を廃棄することが戦後からの脱却だという覚悟を表明した石原慎太郎さんだ。加えて、日本維新の会の国会議員団長は、拉致被害者救出議員連盟会長で同議連の幹事長として長年仕えた平沼赳夫さんだ。
 士は己を知る者の為に死す、という。
 己を知る「同志」を戴くことほど幸せなことはない。
 選挙運動の雨の最終日の最終時間、
 私の顔を濡らしたのは、雨だけではない。
 最後に、諸兄姉に言う。
 私の、
 断固として尖閣を護る、
 断固として拉致被害者を救出する、
 という訴えは、
 あらゆる犠牲を払ってでも国家としてそれを為すということである。それは即ち、兵士・ソルジャーである日本国民に血を流して身を犠牲にしてでもそれを完遂せよという命令を発する政治を構築するということだ。
 何故なら、これを為すことができず、領土と国民を奪われるに任せる国家と一億国民に未来はないからだ。
 現在、自衛官(兵士・ソルジャー)は、十代後半から将官まで、次の宣誓をしてその職務に就いている。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを誓います」
 
 自衛官が「危険を顧みず」と宣誓することは、「死を恐れない」ということだ。
 しからば、国家体制上、最終的にそれを自衛隊に命じる立場に立とうとする政治家は、
 死を恐れず祖国のために尽くす、と、
 天地神明に誓うべきではないか。
 自衛官の宣誓が任官の要件ならば、
 総選挙への立候補届の要件も、
 死を恐れず祖国のために尽くすという宣誓であるべきだ。
 
 これほど、現在の我が国を取り巻く情勢は厳しい。
 その厳しさは、漫然と過ごせば必然的に列強の植民地になる情勢下にあった幕末より厳しい。
 浦賀に投錨した黒船の搭載していたアームストロング砲は、江戸城に届いて江戸市中を火の海にできるが、幕府の大砲は黒船に届かない。この戦力の格差に幕末の志士が愕然として非常な危機感をもったのが明治維新の始まりだ。
 現在の危機はそれどころではない。
 現在は、江戸湾どころか、千キロ彼方から撃ったヒロシマ・ナガサキ規模の破壊力があるミサイルが数分で首都に届くのだ。しかも、我が国にはその着弾を阻止する体制がない。
 この恐るべき危機。
 ご丁寧に、北朝鮮のミサイルが選挙中にそれを見せ付けてくれたし、それと連動して中国軍の飛行機が我が領空を侵犯してくれた。
 この意味を直感で関知できない政治を断じて続けてはならない。
 国民がその方向に動き始めている。
 これがこの度の選挙結果に顕れてきた。閣僚の落選で示されている。
 従って、ここを出発点として、一挙に(残された時間は短い!)、
 戦後体制からの脱却、
 憲法の呪縛からの脱出、
 に向けて国民とともに進軍するのが、
 石原慎太郎率いる日本維新の会の歴史的使命である。
 

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