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芸能人について
私は、たまに芸能人について書くことがあります。それは芸能人、そしてテレビ局という存在は我が國にとって大きなものであるからです。 テレビとは電波を利用し、日本全国の様々な処で番組を垂れ流しているもののことです。テレビ局についても、それこそ芸能人以上に色々とありますが今回は芸能人についてですので殆ど書きません。
現在のテレビは、視聴率で見た場合であっても大体10%程度の存在ではありますが、それでも結局は手元にある便利な箱としての存在感は凄まじく、特に重要な何か!があった場合には物凄い数字を叩き出します。 にも拘わらず、です。テレビ上では芸能人による公序良俗に反する様なキチガイ行為が横行しています。そうすると如何なるのか。これに影響を受け、それを真似する人間が出てくる。その芸能人が、面白ければ面白い程。その芸能人に魅了されればさせる程、それを見ている人間の道徳心は薄く成っていきます。道徳観念よりもただ面白ければよいという、非常に短慮な結論を安易に出してしまう。手法としては、子供への感情論的内容であり大人への感情論理的内容であります。感情という、少なくともまともな道徳教育や正しい風俗の中で生活を出来ていない現代の日本人には判定し難い部分を利用し、それを軸にテレビを見ている人間の道徳心を吹き飛ばす。所謂芸能人が、行って来た内容の多くはこういうことである。
芸能人は何を云っているのか。色々とあるのでしょうが、例えばテレビ上で非常識な行いをすることは、あくまで演技であり自分達は常識と非常識の分別はついていると云う。これは、演技であるのだから何をしても良いんだと。そして、それを見ている奴も分かれと云う。この表示主義全盛の世で、自由の下、それぞれが好き勝手、教育も好き勝手の現在の世の中で芸能人は何を云っているのか。演技であることを強調するのであれば、ずっとテレビ画面のど真ん中に”これは演技です。何もかも嘘です。信じ込まないで下さい”と大きな字で書いとけ。その部分を殆ど伝えずに、何を勝手に云っとんのか。 芸能人とは、結局の処自分の都合の良い様にしか物事を考えない、解釈しない徹底した俗物なのである。その様な人間達が、偉そうにテレビに出てきて芸人思想絶対、芸人主權の下に好き勝手をする。そして、唯一の判断基準は笑えるか笑えないか、その為には祖国をも犠牲にする。國柄を破壊するのに一役かっている分けですからね。笑いとは、大体非常識をやる分けですから、違う云い方をすれば國家國民の柄を破壊する。國柄を破壊することに始まる。云ってみれば、これ程に堂々とした工作員はいない。
テレビ局という存在が、我が國を破壊、制御する事の首謀者とすれば、芸能人とはそのテレビ局に魂を売った実行犯である。そして、当然ながら首謀者と実行犯は同罪。國内最大の國族集団であるこいつらは死刑の対象でなければならないでしょうが。
更に云いますが、そもそも芸能人に世間の人間が偉そうにされる筋合いはまるでありません。何故ならば、公共の電波は國民の財産であり國営であろうが民営であろうが主權者である國民がそいつらに貸してやっているんですよ。にも拘わらずテレビ局、そして芸能人は何を偉そうにぬかしとるんや。こいつらは、完全に欲に溺れたきちがいでしかない。 逆に芸能人の発言が、それが民意ですなどという場合が存在するのか。一つだけある。それは、全國民に公正な形で徹底した聞き込みをしその発言の支持を取り付ける。そして、國民の側も徹底した勉強が必要。これしかない。しかしながら、こんなことは不可能であるし視聴率という公正が何もないもので調査をしたとしても、視聴率51%はあり得ない。
取り敢えず、この程度で。 |

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