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娘の表情は次第に生き生きとし、余計に主達から執拗ないじめを受けた。
それでも、内から溢れる力が絶えず、娘はついに決心する。
地下室。いつものように深呼吸をする。
小さな空気窓に向い、手のひらを合わせ指を組み、祈るような視線で言った。
「私は決心しました。あなたが教えてくれたプラスの法則、信じて良かった」
そして俯き目を伏せる。
神にでも祈るような清らかな時間が過ぎた。
体の内側にある、嫌な物を吐きだす様に、ゆっくりと息を吐き、
「今夜、消えます」
見開いた蒼く深い瞳は、まっすぐに窓を、そしてその先の世界を見据えていた。
「まだ見つからんのか!」
主は屋敷の隅々まで探せと、唾を飛ばし叫ぶ。
「このまま、逃げられてはならぬ…」
奥歯がギリギリと締り、肌も赤黒く変わっていく。
数分前に地下室の麻袋に隠れて、次へのチャンスをうかがっていた。
遠くの方で、大きな声と足音が頻繁に聞こえる。
(もう少し、もう少し静かになれば…)
娘の入った麻袋の隣には、いくつもの同じ袋が重なり合い、見た目には娘が入っているなど分からない。
夜中になるとさすがに、屋敷は静まりかえる。
今だ! と外に出る。
下調べで長い塀の一部が崩れていることを知っていた。
頭の中で繰り返した通りに、地下室から塀までの距離を、隠れながら走った。
さながら脱獄犯のように必至で走った。
屋敷の外へ出て、誰にも見つからず、追手も来ないが、休むことなく走り続けた。
娘の全身から玉の汗が流れ、涙と共に後方へ流れる。
幼いころの記憶も、あの屋敷で体験したこともすべて忘れるかの様に走り、どぅっと倒れたところは二股に分かれた道があった。
ちょうど二つの道を左右にし、真ん中に座るモノがいる。
少し小さい石に背を預け、タバコをうまそうに吸っていた。
「はぁ…はぁ…、あの…この先に、町はありますか?」
娘は町へ出て、住み込みで仕事をし、お金を貯めて一人で生活をたてようと考えていた。
どっちの道を進んだら、私の希望する場所が見つかるのか、運命の分かれ道に思える。
「さぁて…しらんよ」
どこかで聞いたような声だが、娘にとって今は関係ない。
「そうですか」
少し止まったせいか息も整い、落ちついて考えることが出来た。
右の道は少し広く、車などが通れそう。
左の道は狭いが、その先に森や山が見えない。
娘は迷った。
「あなたはどちらから来ました?」
タバコを持つ手が指したのは、娘が来た方向。
「これからどちらへ行かれるのですか?」
首を横に振り、大気へ煙を吐き出す。
困り果てた娘は、運試しと言い、まずは右道の前へと立つ。
両手を合わせ、道の先を見つめ、パァンと手を鳴らした。
同じことを左道の前でも行う。
神頼みなのか、はたまた占いなのか、自分の心に問うていた。
「よし! こっちへ行きます」
選んだのは右の道。
真ん中に座るモノに小さく頭を下げると、娘はゆっくりと、しっかりした足取りで進む。
その選んだ道が、自分の新しい世界だと信じて。
夜空を見上げる。
無数の星々が瞬き、この世の小ささを語っているかのよう。
「そっちの道を選んだこと、後悔しないといいねぇ〜」
よっと掛声をかけ立ち上がり、最後の一口を吸い込む。
タバコの先がジリジリと燃えた。
「彼女には、信じるものが出来たから、これから同じようなことがあっても大丈夫か…」
手には、消えかけの吸い殻があり、ポイと投げると、左の道へ落ちた。
その最後の煙が、彼女の幸せを指し示すかの様に、揺らめき消えた。
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