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ふらりと一匹の野良犬が現れた。
私が小学生の頃だ。
その犬は薄汚れていたが、とても賢そうで、兄妹と母は、飼おうと父の様子を窺う。
父は、さほど興味が無さそうだったが、怒ることはなく許可した。
まずは犬の名前を決める。
あれこれ迷っていると、
「イチだ」
興味がないと思っていた父の一声で、呆気なく決まった。
父に理由をいくら聞いても、それ以上は無言で答えてくれない。
イチは、どこかで飼われていたのか、人間の言うことをよく理解していた。
真夏の暑い中、河原へ連れて行き、落ちている棒を投げると嬉しそうに拾い戻ってくる。
川へ向けて投げると、勢いよく飛び込み溺れたように泳ぐ。
濡れたイチの体は、強烈な獣臭がして帰りの車内は、窓を全開にしても臭いと大笑いだ。
時に、母は私達だけ車に乗せ、
「じゃあね、イチ。バイバイ」
イチを置き去りにするフリをする。
悲しそうな顔をし、イチは猛ダッシュで車を追いかけてくる。
「今日は時速二十キロよ!」
土手沿いの道は車もなく、母はスピードを上げ、犬って早いのねと喜んでいた。
私は可哀そうなので、何度も止めてと言う。
必死に追いかけてきたイチを車に乗せると、これでもかとヨダレを垂らし、みんなに振りまいた。
イチの復讐だ。
私が親に怒られ、閉め出されている時は、必ずイチの小屋に入り、一緒に丸まった。
イチの小屋は大人でも十分に寝そべる位の大きさで、私とイチが入っても、狭くはなかった。
何も言わないイチに寄り掛かると、とても温かく、日が沈んでも怖いと思わない。
そのまま、小屋で寝てしまわないように、必ず母が迎えに来て、イチにお礼を言った。
「お子守り、ありがとう」
学校から帰った私に、衝撃的な事が起きた。
イチが亡くなったのだ。
数日前から小屋の中で寝ころび、顔も上げず元気がなかった。
私の帰りを待っていたのか、数分前までは生きていたと聞く。
近所のオジサンや子供達も集まり、家の裏手に大きな穴を掘って埋葬した。
私は何も出来ないまま唯々、泣いた。
墓標を立て、お線香を上げる。
普段、気持ちを表に出さない父の背中が揺れ、何かの病気だ、生き物はみんな死ぬ、と苦しそうな声で呟いた。
同じ様な思いをするなら、二度と動物は飼わないと強く思う。
それから数か月した頃、一匹の野良犬がやってきた。
前のイチ程、賢くはない。
どこへも行かず、うちの周りをウロウロし、可哀そうだと母が餌を与える。
そしてそのまま飼うことになった。
母が、うちに拾われラッキーだと、名前をラッキーにした。
母がつけた命名のセンスの悪さに、文句を言いつつも、そう呼ぶことにした。
ふと、イチの名前はどうやってつけたのか、父に聞くと、
「家へ一番初めに来たから、イチだ」
夫婦そろって、名付けのセンスはないと悟る。
安易な名付けをされたラッキーは、あれ程うちから離れなかったのに、隙有らば抜け出しては、ふらりと帰ってくる。
そんな風来坊なラッキーは、何時しか帰って来なくなった。
どこかで誰かに飼われているのか、事故に遭ってしまったのか、検討もつかない。
私は悲しいと言う感情があまりなく、また帰ってくるだろうと考えていた。
中学生になり父が新しく、料理屋兼家を建てた。
引っ越しの時に、イチのお墓はどうするのと聞くと、お墓はそっとしておこうと言われた。
置き去りにしたようで、新しい家の窓からイチのお墓に向かい、私は一人で良く話しかける。
「イチ、寂しくない?」
高校へ進学し、遊びや勉強に夢中になり、次第に犬達の事は忘れていた。
そんな時、父が店の入り口の石段で転び怪我をした。
足を骨折したが、幸い手ではなかったので、椅子に座り料理を作ることが出来た。
私は、父を手伝うどころか、高校へ行くのが面倒臭くなり、朝になると、頭痛がすると理由をつけ、学校をサボるようになった。
母は娘が学校に行かないことを気にしたが、頑固な父に黙っていた。
店はお客様に愛され繁盛し、常連さんもたくさん出来た。
ある常連さんが突然、
「娘さんは今、体調が悪いの?」
母は、客に娘の話をした事がないし、顔も見せてないはずと疑問に思ったが、実際、学校をサボるし、心配していた。
「犬のような動物が、夜になると娘さんと遊びたくなって、以前、娘さんがその動物の事を想い話かけていた窓の隙間から入り、夜通し遊んで行く。その為、朝になると、体が疲れ体調が悪くなる」
不思議なことを言う人だと、母も半信半疑だった。
「旦那さんが骨折したのも、あの石に滑ったでしょう。あれも茶色い毛の動物ですよ」
父が転んだ石まで当てた。
驚いた母は、私を呼びに来て常連さんに紹介した。
もちろん、私は初めて会う人に、意味も分からず挨拶をする。
常連さんは、このまま居てもらうのも困りますから天国へ行ってもらいましょうと除霊らしき事をした。
一通り何やら肩を叩かれたり、揉まれたり、私はマッサージのようで気持ちが良かった。
常連さんが最後に、
「茶色い犬は店がもっと良くなるように、あの石の所に座り店を守っていた」
実際に石を見ると、そこだけ妙にピカピカとしている。
「もう一匹の黒っぽい犬は、自分の事を忘れてしまったのかと、遊びに来ていた」
私や家族しか知らない事を話してくれた。
それ以来、私は学校にもきちんと行くようになり、父の骨折も大事には至らなかった。
店もお客さんに支えられ、今も続いている。
黒っぽい犬はイチ。
茶色の犬はラッキー。
不思議な体験をした私は、あれから一度だけハムスターを飼った以外は、動物を飼わないようにしている。
なぜなら、自分がきちんと生活し、過去の想いや、今の気持ちを大切にした中で、動物を可愛がれるようになりたいからだ。
イチとラッキーは私に、命と想いの繋がりを心に深く教えてくれたのだ。
これから、子供が出来て動物を飼うことがあれば、きちんと愛情を持って飼いたいと思っている。
以前書いたものを読み返すと、本当に出来が悪い(−−;
それでも、自分が書いたので、載せますね。
もっと上手に書く人はたくさんいるだろうなぁ〜…
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