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  2019年8月15日 木曜日
 
 この、情報・情報・情報で溢れ返り疲弊し切って仕舞う世界。
 ニューヨークの9.11同時多発テロで幕を開けた、二十一世紀は《データの時代》と呼ばれる。多種多様なデータがインターネットという井戸(イド)を通じて中東の化石燃料の様に大量に吸い上げられ、人工知能(AI)で分析され、新たな価値を生み出す源泉になりつつあり、巨大ネット企業に依る寡占が様々な波紋を広げている。
 世界のデータ量は、増加の勢いが止まらない。
 アメリカの調査会社IDCの推定に依ると、スマートフォンから発信されたり、監視カメラなど各種センサーが捉えたりしたデータの総量は2011年に初めて1ゼタ・バイトを超え、更に18年には33ゼタ・バイトへと急増。やがて、25年にはその五倍以上もの175ゼタ・バイトに迄達する見込みだとの事らしい。
 《ゼタ》とは聞き慣れない単位だが、1の後に0が21個も並ぶ途方もない量で、ごく大雑把な試算では[世界中の砂浜の砂粒の数]とも言われるそうなのだが……もう少し正確に言えば、[地球を1ミリ四方の方眼紙で包み込んだ時の、マス目の数]の二倍が1ゼタになり、我々の文明がこれ程の膨大な情報の洪水に曝された事は嘗てなかった。正に、《コヤニスカッツィ》(常軌を逸している、狂気の沙汰)としか言えないだろう。
 
 アリスは、朝方、人事不省の状態に陥ったものの、昼頃になって漸く少し回復。どうか、タロー(タロット)に描かれている様な、不吉な鎌を持った《死神》がまだこの子を捉えずに見逃してくれる様にと願う以外にはない。
「アリス……どうか又、元気になって頂戴。それで、シンシアやアーロンとも一緒に、ダーチャの屋敷や森へ遊びに行きましょう」ベッドの傍らから必死に呼び掛けると、アリスは薄く眼を開いた。「ああ、メアリー先生。側にいてくれたの? 明け方に可笑しな夢ばかり見るのよ」「それは、どんな?」「言葉では、とても上手く説明出来ないの。アークツールス。アークツールスは御存知?」「ええ、以前にエドガー=ケーシーの本を読んだから」「この宇宙、銀河系は厳密な物理法則で成り立っているけど、総ての宇宙がそうではないのよ。全く違う法則の宇宙もある……」アリスは、青い双眸でわたしの顔を食い入る様に見詰めていた。「例えば、どんな法則なの?」「そうね。まあ、《不思議の国のアリス》や《鏡の国のアリス》みたいな、数学的ファンタジー」
 
 
  2019年8月16日 金曜日
 
 北朝鮮・金正恩(キム=ジョンウン)委員長は又、16日に日本海(東海)に向かって短距離弾道ミサイルを発射したらしいのだが、アメリカではその問題についての関心が薄くメディアも殆ど報じようとはせず詳細は分からない。
何故、アメリカ政府(トランプ大統領)や国民が関心が薄いのかと言えば、北朝鮮が幾ら短距離弾道ミサイルを実験的に発射したところで、本格的なICBMとは異なりアメリカ本土に迄飛んで来る事はあり得ないだろうし、それならば『極東、朝鮮半島で気違い染みた社会主義の権力者が幾らミサイルを撃っても、自分達の生活には無関係だ』と思っている為だ。それよりは、アメリカの国民は、アリスの死んだ母親がそうだった様に自分の家庭を豊かにさせる事にばかり熱心で、アメリカと中国との貿易戦争には関心を抱いても『北朝鮮って一体何処にあるんだ? 韓国や日本は? 今度、出来れば大型ショッピングセンターで安い地球儀を買わねばならんな』などと考えている。
 又、今はトランプ大統領は金正恩委員長を《友人》(マイフレンド)と呼び『彼からの美しい書簡を受け取った』などと語り、まるで同盟国の首長と接して擁護しているかの様な奇怪な状況だが、七月末からこれで短距離弾道ミサイルの発射は既に六度目で、流石に危険に思える。幾ら、トランプ大統領は『(北朝鮮の)ミサイル発射を問題視しない』と述べ、彼自身はその通りなのだとしても、イランに対しても強硬派で《死神》の異名を持つボルトン氏や、ポンペイオ氏の存在はどうなのか?
 
 今日は、わたしが病室へ行くと、アリスは幸い意識がはっきりとしており、それで「北朝鮮の金正恩委員長が又、日本海側に短距離弾道ミサイルを撃ったわよ」と告げると、彼女は眉を顰めながら「ふうん。偶には、西側の中国か北のロシアに向かってミサイルを撃ってみれば良いのに。そうしたら、どうなるものか」と言って苦笑した……「でも、このタイミングは流石に危険じゃないのかしら? 若しも、トランプ大統領を本気で怒らせたら。それにボルトン氏や……」「さあー。まあ、多分この世界はなあなあの馴れ合いで成り立っているんでしょ。メアリー先生。あたしには、もうそうなのだとしか思えないわ。馬鹿馬鹿しくって」「だけど、偶発的な戦争の勃発も……」「この、地球上の世界には初期異常があったんだそうよ。だから、予測不能の事態が稀に起こるんだって聴いたわ」
 
 
  2019年8月17日 土曜日
 
 アリスは、一体どうなって仕舞うのだろう? だが、それを考えてばかりいても仕方がないではないか……今日は、やや大型のテレビを病室に運び込み、アリスとシンシア、そしてアーロンとも一緒に古い映画の《刑事ジョンブック目撃者》を見る事にした。古いと言っても、主演は著名なハリウッドスターのハリソン=フォードなので、それ程の大昔という訳でもない。主演女優の名前は、生憎ともう忘れて仕舞ったけれど……それと、ブルース=ウィルス主演の《ダイ・ハード》にも出演していた、ドイツ系の様に見える男優も可能な限り質素な生活を送るアーミッシュのコミュニティに属する人物として登場する。
 
「ねえ、ねえ。ポップコーンはないの? メアリー先生? ソーダフロートだとか、飲み物は?」とそう、アリスは苦しそうな息の下から冗談(ジョーク)を飛ばした……「ご免為さいね。今日は、そこ迄は用意が出来なかったわ。どうにか映画のDVDを用意しただけで」「刑事ジョンブック 目撃者って、どこかで聴いた気がするわ。有名なの?」「そうね。兎に角、名作だと思うわ。ドイツ系移民で、厳格で質素なキリスト教徒達のアーミッシュを取り扱った、とても珍しい映画なのよ」「ふうん。ハリソン=フォードって、確かブレードランナーというSF映画にも出てたんじゃない? それに、スターウォーズ」「そうよ。スターウォーズの方が良かったかしら?」「別にいいんじゃない? スターウォーズは、銀河連邦・ドメインが戦っていた頃の記憶がイメージとして残っているらしいんだけど」「??……わたしは、時々、貴方の話が理解不能なのよ。アリス。銀河連邦は兎も角、ドメインって一体何の事?」
「それはねえ。メアリー先生……アリスったら、YouTubeで可笑しなスピリチュアルなお説教のものばかり見ているのよ。うーん、上手く説明が出来ないんだけど」と、シンシアは酷くもどかし気に語った。「スピリチュアル?」「つまりねえ。五次元の世界の高貴な存在、精霊が、地球の獰猛で暴力的なサピエンスの為に色んな事を教えてくれるみたいな」それを聴き、わたしは思わず他意なく笑って仕舞った……「ふうん。アリス、貴方でもそんな御伽噺染みた事を信じてる訳? まあ、有名なエドガー=ケイシーだとか、多少は知っているけれど。実際に、日本は東北地方の大震災で海に沈んだ部分もあったしね」著名な、睡眠中にリーディングを行ったエドガー=ケイシーは『二十世紀中に、日本の大部分が海中に沈む』という様な予言を残した。エドガー=ケイシーは、元々は写真館を営んでいた一介の写真技師に過ぎなかったらしいのだが……ところが、その経営していた写真館が火災に遭い莫大な負債を負ってから、エドガー=ケイシーは所謂霊感・スピリチュアルな能力に目覚めたという事らしい。まあ、わたしも大学で心理学・精神分析学などを専攻し学んでいた頃、ユングが超常現象の真実性について幾ら説明してもフロイトは全く聞き容れなかった為に、ユングは超能力で棚の書籍を全部落として見せた、という風な都市伝説は聴いた事があったけれど……
 
「それでねえ。アリスは、サナンダのメッセージというのも、YouTubeで熱心に見てるのよ」シンシアは、そう言ってアーロンの方を振り向いたが、アーロンは唯困った風な顔で黙っていた。「サナンダ?」「ええ。それは、イエス=キリストの別の名前なんです。つまり……イエス様は、古代イスラエルでマリアとヨセフとの間に生まれた訳なんですけど。ああ、どうもやっぱり説明が出来ないわあ! アーロンたら、黙ってないで助けて頂戴!」「うん。つまり、イエスはユダヤ人としての名前で、本当は……」
 
 
  2019年8月18日 日曜日
 
 世界は相変わらずだ。もう、それについて幾ら書き綴ってみたところで仕方もあるまい。シンシアに「メアリー先生。何故、人間は戦争をし続けるんですか? 一体、誰が本当に心からそれを望んでいるの?」と訊かれ、わたしは咄嗟に言葉を失い困惑して黙り込んで仕舞った。果たして、シンシアにどう説明すれば上手く理解して貰えるのだろう?
 だが、その時、アーロンがわたしに代わって「それは、アメリカや世界中の経済が、戦争に依存しているからだよ」と、シンシアに向かって優しく語り聴かせた。だが勿論、シンシアには全く呑み込めないらしく、頻りに首を捻っていたが……「アメリカの経済が、戦争に依存してるってどういう意味?」「つまり、戦争に依る特需とでもいうのかな。昔から、ずっとそうだよ。第二次世界大戦もそうだったし……今は、トランプ大統領が、安全保障を求める国に対して巨額な最新兵器や防衛システムをどんどん売りつけているんだ。例えば、日本は最新鋭戦闘機のF−35を百機も購入したり、イージスアショアも……今度は、台湾にも沢山兵器を……」
 
 すると又、シンシアは首を傾げた……「イージスアショアって?」「それは、敵国のミサイルを迎撃して撃ち落とすシステムの事だよ」「ふうん。アーロン、どうしてそんなに詳しいの?」「さあ、自分でも良くは分からないんだけど。僕のお爺さんは昔、ヴェトナムへ行って戦ったし、お父さんはKIAとして遺影がアメリカ政府のホームページに掲載されてるよ」「KIA?」「キルド・イン・アクション。公式に認められた戦死者の事さ」「難しくて、あたしにはちっとも分からないわ」「別に、それでいいんだよ。シンシア。無理に分かろうとする必要など全然ないんだし……」
そうした二人の遣り取りを、アリスは、退屈で堪らないといった風に聴いていた……「ねえ、ねえ。第三次世界大戦は起こると思う? シンシア。アーロン」「さあね。アリス……僕には、未来に起こる事は分からないから、予言は出来ないけれど。でも、起こっても可笑しくはないと思うよ。シリア情勢が……」「イスラエルは、アメリカの民主党の女性議員の入国を拒否したわね。白人じゃない女性議員」「ああ。若しも第三次世界大戦が勃発するとすれば、中東、イスラエルやパレスチナガザ地区、シリアが火種になるんじゃないのかな? アサド政権は……」「シリアは、もう人が住める場所じゃないわよね」
 
 
  2019年8月19日 月曜日
 
 一体、何を書くべきだろうか? アリスは、依然として危険な状態が続いている。
 
アフガンでは又、テロ。テヘラン発……アフガニスタンの首都・カブールの結婚式場で17日夜、大きな爆発があり、アフガン内務省に依ると子供達を含む63人が死亡、180人以上が負傷し、アフガン政府は自爆テロと断定した。イスラム教スンニ派のイスラム過激派組織《イスラム国》が18日、系列の通信社を通じ犯行を認める声明を出した。
今回のテロは、カブールで少なくとも55人が死亡し、94人負傷した昨年11月の自爆テロ以来の規模と見られる。まるで、蛇蝎に狙われたウサギの様に不幸にもISISの標的(ターゲット)とされた結婚式場は、シーア派系の少数民族・ハザラ人達が多く居住するカブール西部に在り、爆発の際、同式場内には約1200人もの参列者がおり、彼らの多くもシーア派であったらしい。シーア派とスンニ派……その、イスラム教内部に於ける宗派の違い、異なる教義(ドグマ)について詳しく正確に知っている欧米人やアジア人が果たしてどれ程存在するのだろう? 些か、疑問を感じる。そういう、わたし自身、国際政治や宗教・経済に関しては生憎と疎く、殆ど分からないが……
 
《イスラム国》は声明で、結婚式に列席していたシーア派の住民らを《異端者》として強く批判し、自爆テロはシーア派に狙いを定めた犯行だったと認めた。AFP通信などに依れば、事件の際、列席者は男性と女性で隔てられており、爆発は男性側でお祝いの演奏団がいたステージ付近で起こったらしい。或る目撃者の男性は、AFP通信に対して『男性用の場所にいた人達の殆どが死傷した』と証言、現地からの映像では激しい爆発に因り式場の天井は破壊され、床の上には血液が付着した靴などが散乱していたそうなのだが……
 
この、アフガニスタンでのテロ事件について、わたしとアリス、シンシア、そしてアーロンとは偶々病室にいた時、大型テレビのワールドニュースで三人一緒に見ていた。アリスは、如何にも苦しそうで、気管支が炎症を起こしている為に医師のマークから抗生物質(ステロイド剤)が含まれる吸入式の薬剤を適宜に使う様にと勧められていた。
「それにしても、良くもまあ飽きて仕舞わないものよね? 実際、呆れるのを通り越して感心するわ」と、非常に苦しげに、アリスはかすれる声でそう誰にともなく言った……「ISIS、イスラム国は、本拠地のシリアなど中東ではもう居場所がなくなったのかしら? それで、今度はアフガンで戦い続ける心算なのかしらね? ねえ、シンシア?」そう、アリスは傍らのシンシアに向かって問うたが、彼女は困り果てた様子で唯もじもじとして俯いていた……「そう言えば、オサマヴィンラディンの息子も殺害されたね。犯人は又、アメリカの特殊部隊なのかどうか、良くは分からないけど」
「それにしても、凄まじい爆発だったのね。アフガニスタンの結婚式場……」わたしは、厨房で淹れて来た安い豆のブラジルコーヒーを、マグカップで飲んでいた。子供達には、簡単なフレンチトーストだけをオーブンで焼いて持って来て、後は、暑い紅茶(ダージリン)を日本の有田焼に似たマイセン磁器の茶碗に入れて差し出した……
「そうね。作業員の人達が、現場の後片付けをしているけれど……」と、シンシア……成る程、確かにシンシアの言う通りで、自爆テロが行われた後の結婚式場内では現地の作業員達がモップというか道具を使って後片付けの清掃を行っており、赤い血が混じった泥水が集められて床上に滞っているのだったが、それを見て如何にも凄まじい爆発が起こったのだなとわたしは実感した。子供達も、恐らくそうだったに違いない……例えば、ネットのニュースで記事だけを読むと、言語表現だけで本当の事件の生々しさを伝えたり受け止めたりするのは難しく、何処か矢張り抽象化をして認識して仕舞う。
 
「テロをした人達も、爆発で死んじゃったの?」「ええ、そうよ。シンシア……」「でも、どうして自分の命を投げ出して迄、滅茶苦茶な事をするのかしら?」「それは、宗教的に洗脳されているからよ。説明すると、とても長くなって仕舞うのだけど」「政治的、宗教的な教義(ドグマ)が、最後には総ての人間を滅ぼすのよ。旧弊な、強迫観念のドグマが……」アリスは、紅茶が入ったマイセン磁器の茶碗をうっかりと取り落として、ガチャーン! と、床の上で壊れた茶碗は激しい音をたて、シンシアは悲鳴を上げて両手で耳を塞いだ……「結局ね、これはシオニズムとそれに反駁するムスリムとの闘いなのかもね。根底にあるのは……トランプ大統領は唯のカモフラージュなのよ。本当に危険なのは、ペンス副大統領じゃない? 彼は、キリスト教右派、福音派(エヴァンジェリカル)の信徒だけど、それが超正統派ユダヤ教徒と手を組んだんでしょ。共通の目的の為に」そう、アリスは静かな口調で語った……


2019年8月20日 火曜日
 
 人工知能(AI)搭載型のロボット兵器を、果たして条約で禁止をすべきか否か、又、それは可能なのかどうか。これは、SF小説の話ではなく、もう紛れもない現実なのだ。私達、二十一世紀を否応なしに生きている、生きざるを得ない現代人は非常に不幸だ。そうではないのだろうか? 
 話を戻すと、人工知能(AI)搭載型のロボット兵器を条約で禁止すべきかどうか、SF映画の《ターミネーター》(1〜4)を地で行く様な議論が、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で行われており、規制に積極的な途上国側と不要論を展開するアメリカ・英国・ロシアなどが対立する中、双方が歩み寄る事が可能な着地点を目指し、政治宣言の様な穏健な合意を模索する動きも出ているらしい。
 アメリカの著名なSF作家・アイザック=アシモフがまだ二十世紀の中葉、1950年に発表した短編集《我れはロボット》の中で提唱した[(ロボットは)人間に危害を加えてはならない][人間からの命令に従わねばならない][(前の二項を守る限りに於いて)自分を守らねばならない]との《ロボット三原則》は有名で、SF小説は殆ど読んだ試しのないわたしでも不思議と何故か知っているのだが……
 
 今、ジュネーブで議論が行われているロボット兵器は、このアシモフの理念の全く逆をゆくもので、正式には《自律型致死兵器システム》(LAWSlethal autonomous weapons systems)と呼ばれ、仮令上官などの人間が命令を下さずともAI独自の判断に依り自律的に動き敵を殺傷する兵器を指す。メディアや反LAWS団体は《キラー(殺人)ロボット》と呼ぶが、まだ開発途上で有りどの様な形状になるのかも分からないとの事。
 兵器の自律化は、火薬・核に次ぐ軍事的な第三の革命と呼ばれ、極めて近未来に於いてLAWSが実戦配備される様になれば戦闘を一変させると思われ、機械で有るAIに人間の生殺与奪の権利(判断)を握らせても良いのか、責任は取れるのか? 責任の所在は? という、これ迄の軍縮議論にはなかった争点が人類史上初めて生じている。
 
 アリスの病状は最悪で、わたしはこの過酷な現実を直視しなければならない。現実逃避をしてもどうにもなりはしない。若しも、肺炎を起こせばアリスの命の炎は終わりかも知れない。小さな蝋燭(キャンドル)……その生命は、果たして何処から来たのか? 人間のDNAは? 又、死ねば人間は一体どうなって仕舞うのだろう? 有から無へと還るのか? 宇宙に、無は存在するのだろうか?


 2019年8月22日 木曜日
 
 アリスの容態は最悪で、兎に角、取り返しがつかなくなって仕舞う前にと思い、ロシアの別荘風のダーチャの屋敷へと行って来た。シンシアとアーロンも一緒。シンシアは、ダーチャの屋敷へ行くのは今回が初めてでもあり、非常に喜んでいたが……
「ねえ、メアリー先生。どうしてダーチャの屋敷って呼ぶの」「それは、何故ともなく、アリスと一緒に来るうちにそう呼ぶ様になったのよ。特に、深い意味はないんだけど」「ふうん……」「ここに来ると、都市の人間社会の喧しい喧噪から遠く離れて、こころからホッとして安堵するわ。わたしは、元々ペンシルバニア州の片田舎のほんのちっぽけな町の出身だし……」
すると、アーロンは首を傾げた「でも、先生は都会がお嫌いなら、どうして故郷の町で就職をしなかったんですか?」「それは、まあ確かにそうよね。わたし、高校(ハイスクール)時代には、町の食堂(ダイナー)でウェイトレスとして働いたりもしていたのよ。それで、ボブという浮浪者(ホームレス)の男性と親しくなったり」「浮浪者?」「ええ、そう。彼は、元々は東海岸の大都市、ニューヨークかワシントンでエンジニアとして働いていたらしかったのだけど」「エンジニアって?」「さあ。もう、今となっては詳しい事は分からないわ。若しかすると、今のシリコンバレーの様な所で技術者として活躍していたのかしら? ボブは、一寸風変わり(エキセントリック)な人だったけど」
 
 わたし達は、ダーチャの屋敷へと辿り着くと、先ずは暖炉に火を灯した。寒いという程ではなかったのだが……壁には、わたしの施設での仕事部屋と同様に、アンドリュー=ワイエスが描いた《クリスティーナの世界》や《遠雷》の複製画(コピー)が掲げられており、シンシアやアーロンは珍しげにそれを眺めていた。
「メアリー先生は絵がお好きなんですね?」「そうね。現実に疲弊し切って仕舞うと、美術(ファイン・アート)の世界に逃避したくなるの。そこには静けさがあるしね。それと、ステレオで古いレコード・アルバムも聴くわ。60年代から80年代後半くらい迄の古いロックやソウル、RB、ジャズだのの……例えば、ピンクフロイドの《原子心母》(アトム・ハート・マザー)だとか」「アトム・ハート・マザー?」「昔、或る女性が心臓の外科手術で、ええと……生憎と、詳しくは忘れて仕舞ったわ」「変わった名前のアルバムで面白いですね」


  2019年8月23日 金曜日
 
 アリスは、もう自力で歩く事は出来ず車椅子に頼っている。本人は、勿論それを非常に嫌がり悔しがっているけれど……シンシアが、必死に宥めすかしている。
「メアリー先生。あたしは、頭脳だけの存在じゃないのよ。そうでしょう?」と、アリス……「当然、そうに決まっているでしょう? 何故、急にそんな事を言うの?」「だって、自力で歩く事も困難になって、まるでベッドや車椅子に頭脳だけ乗っけて生きているみたいなんだもの。哲学者、マルクス=ガブリエルの観念論は……まあ、兎も角、例えば人間がネット上のクラウドばかりに依存したら一体どうなっちゃう訳?」「そうね。科学、ITAIを過信して依存するのは危険だと思うわ。人類は、自然環境を完全に克服する程、科学技術(テクノロジー)が進化を遂げた訳でもないのに。もっと、発展途上国を含めたインフラの整備や、自然環境の保護にも本気で目を向けるべきじゃないのかしら?」アマゾンでは(GAFAのアマゾンではなく、南米のアマゾンの事だ)ブラジルの大統領の政策の為に、広大なアマゾンの森林も枯渇し頻繁に森林火災が発生している。
 
 疲労を覚えて、わたしはダーチャの屋敷の壁に掲げた油絵(タブロー)の複製画を眺めた。油絵(タブロー)の世界には静寂がある。以前に、インターネットで或るサイトからダウンロードした絵画は、クラシックバレエの装いに着替えている十代前半の少女が、ピアノの前の椅子に腰掛けており、その傍らには飼い犬がいて、窓からは微風が吹き込みレースのカーテンを揺らしているのだった。作者は、良く分からない。余り、思想性は感じない絵画だが、それはそれでも良いではないか。ゴッホの絵画は確かに優れているのだろうが、疲弊して仕舞う。かと言って、バンクシーの様に政治的な存在でメッセージを送信するというのも好きにはなれない。
 
「ねえ、メアリー先生。何か美味しいお菓子が食べたいな」そう、アリスが言うと、シンシアも目を輝かせた。「じゃあ、ライ麦入りのパンケーキを焼きましょうか? JD=サリンジャーは……ライ麦畑でつかまえてのアメリカも、遠い過去になったわね……今は、トランプがグリーンランドを買おうとして、トランプタワーがグリーンランドに聳え立っている画像をTwitterにアップしている奇妙な時代」「朝鮮半島も大変な事になっているわよね。18日には、アメリカが中距離ミサイルの発射実験を行ったし」

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