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煉獄とキリスト教関係の記事を載せていきます。

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リバイバルとは第二の聖霊降臨のことを述べている


煉獄に関する本

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「〈新版〉煉獄に居る霊魂の驚くべき秘訣」
いつくみセンター シスター・エマヌエル(著)
いつくみセンター  FAX:03-5390-5610

http://mercy.cart.fc2.com/ca9/128/p1-r-s/


オーストリア人マリア・シンマ(2004年帰天)は、煉獄の霊魂の訪問を受けるカリスマを受け、様々な真実について聞きました。マリア・シンマが知った煉獄についての話を、シスターが聞いたインタビューを記録した、貴重な1冊。

 高間友の会の許可を得て、いつくしみセンターより出版となりました。

従来の内容に加え、「第5章 免償のある祈り」の内容がさらに充実しました。

シスター・エマヌエル著 中尾純子訳 

いつくしみセンター編集 いつくしみセンター刊

B6判 74頁

オーストリア人マリア・シンマ(2004年帰天)は、煉獄の霊魂の訪問を受けるカリスマを受けました。彼女が煉獄の霊魂から告げられた、この世界の真実とは……。
煉獄とは?どんな魂がそこへ行くの?どんな方法で霊魂を煉獄から救い出せるのか? 煉獄行きから救われるには?


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「煉獄の霊魂の叫び(ランプのあぶらシリーズ4)」
天使館 マリア・シンマ(著)、石澤 芙美子 (翻訳)
天使館 FAX:0557-51-2343
郵便振替 00120-1-729788 天使館

※本を購入するには、リンク先の「注文画面」へ進んで下さい。

いつ絶版になるか分かりませんので、
早めの購入をおすすめ致します。


マリア・シンマ/石澤芙美子訳

〜どのようにして煉獄の霊魂を助けることができるか〜

 「ああ、霊魂を焼き尽くし、愛に燃えさかるいとも憐れみ深きイエズスよ、あなたの聖心の悶えと、汚れなき御母のお苦しみゆえに祈願いたします。今臨終に悶え、まさに今日(または今晩)死ななくてはならないはずの地上のすべての罪人たちを、あなたのおん血によって浄めてください。臨終の苦しみに悶えるイエズスの聖心よ、どうか死に臨んでいる人々を憐れんでください」。

幼い時から煉獄の霊魂を助けたいとの願いを抱いていたマリア・シンマ(1915年オーストリア生まれ)による煉獄の霊魂の貴重な、興味深い証言。彼らを助けるための方法が、生き生きと語られる。ミサ聖祭の犠牲、償いの苦しみを捧げること、ロザリオの祈り、十字架の道行…そして何より憐れみの聖母マリアへの嘆願など。



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垣間見た永遠の世界(ランプのあぶらシリーズ5)
天使館 ファニー・モイスィーバ /林陽訳
天使館 FAX:0557-51-2343
郵便振替 00120-1-729788 天使館

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いつ絶版になるか分かりませんので、
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ファニー・モイスィーバ /林陽訳

この手記は今から70年ほど前に書かれたものですが、「ダンテの神曲」にも比すべき価値があります。9日間の意識不明の状態の中で、生前すでに聖人の誉れ高く、天に召された伯父が地獄、煉獄、天国を案内し、モイスィーバはその驚くべき実態を見せられます。一度は死体安置所へ運ばれた彼女が、9日後に生き返って綴った手記はまさに類まれな、かつて歴史上誰も実際に体験したことのない記録と言っても過言ではないでしょう。アドリアン・ブルメン神父が推薦文の中で、

「死と神の審判、地獄、天国のような事柄を虚構として軽々しく扱う今の社会において、あなたの著作は、多くの霊魂に大変に益するものと思われます。」

と書かれていますが、21世紀の現代においても、モイスイーバのこの記録は多くの霊魂に大きな益を得させることでしょう。

※煉獄の霊魂達のために祈る前に、
「これから煉獄の霊魂達のために祈ります。」
等、必ず意向を事前に述べてから祈って下さい。

◆「1000の煉獄の霊魂が救われる大聖ゲルトルートの祈り」

 永遠の御父よ、あなたの神なる御子イエスの最も尊い御血を、今日、全世界で捧げられるすべてのミサ聖祭と共に、次の意向のためにお捧げします。すべての煉獄の霊魂のために、世界中のすべての罪人のために、病人のために、死の床にある人のために、私の家に居る人と、私の家族のために。アーメン、ハレルヤ。

◆「イエズスの御肩の御傷への聖ベルナルドの信心の祈り」

(この祈りを行うたびに、30,000の霊魂が煉獄から解放される。)

 おお、やさしいイエス、柔和なる神の小羊、みじめな罪人である私は、あなたがあなたの重い十字架を担われた御肩の、あなたの肉を裂き、あなたの骨を露出し、あなたの祝福された御体の上の他のどんな御傷よりも、さらに大きな御苦痛を加えた至聖なる御傷に挨拶し、礼拝します。あなたを賛美します。おお最大の悲しみの人であるイエス、私は、あなたを誉め、あなたの栄光をたたえます。そしてこの最も聖であり苦痛に満ちてる御傷に対し、あなたに感謝を捧げ、この激甚なる御苦痛と、あなたの重い十字架の骨をも砕く重荷によって、罪人である私をあわれみ、私の全ての大罪と小罪を赦し、あなたの十字架の道を通して、私を天国に導いてくださることを乞い願います。アーメン。

◆臨終の人に非常に重要で有益な 3つの非常に美しい祈り

臨終の人に非常に有益であり、憐れみの業としても度々祈るべき祈り

 かつてローマに沢山の罪に取り囲まれた一人の教皇があった。主なる神は彼を致命的な病で打たれた。彼は自分が死につつあるのを知った時、枢機卿、司教、学者達を呼び寄せて言った。「私の親愛なる友人達よ!私が死なねばならず、私の罪のために永遠の堕地獄に値するようになった今、君達は私にいかなる慰めを与え得るか?」誰一人彼に答えなかった。彼等の中の一人で、ジョンという敬虔な助任司祭が言った。『父よ、なぜあなたは神の御慈悲を疑われますか?』教皇は答えた『死なねばならず、私の罪のために永遠の罰を受けることを恐れている今、あなたは私にいかなる慰めを与え得るのか?』
 ジョンは答えた。『私はあなたの上で3つの祈りをしましょう。望むらくは、あなたは慰められ、また神の御慈悲を得るでしょう。』教皇はそれ以上何も言うことができなかった。助任司祭とすべての臨席者達はひざまづき主の祈りを一回唱え、それから次の祈りを唱えた。

1.聖主(しゅ)イエズス・キリスト!御身、神の聖子(おんこ)にして処女マリアの子、神にして人、御身、オリーヴ山上にて、この死に行く者の救いのために平和をもたらし、神なる御身の天の聖父(おんちち)に捧ぐるため、われらのために、恐れの中で血の汗を流し給いし御者よ、・・・ (この者) ・・・されど、もし、彼が、その罪によりて永遠の罰に値せば、それが、彼より離れんことを願い奉る。ああ、永遠の聖父(おんちち)よ、聖霊とともに、今も、いつも、とこしえに生き、かつ、しろしめし給う御身の愛子(おんこ)、われらの聖主イエズス・キリストによりてこれを叶え給え。アーメン。

2.聖主イエズス・キリスト!平和をもたらし、・・・ (この者)・・・を解放し、彼が、その罪によりて得しものを、彼より隠すべく、御身の至聖なる死を、御身の天の聖父(おんちち)に捧ぐるため、御身の意志を全く御身の天の聖父(おんちち)に委ね、われらのために十字架の柱(き)の上に柔和に死し給いし御身。この願いを聞き入れ給え、ああ永遠の聖父(おんちち)よ!御身とともに、聖霊との一致のうちに、今も、いつも、とこしえに生き、かつ、しろしめし給う御身の聖子(おんこ)、われらの聖主イエズス・キリストによりて。アーメン。

3.聖主イエズス・キリスト!御身、預言者等の口を通じて語らんがため、沈黙を保ち給いし御者よ、われは、御身のとこしえの愛によりて、御身をわれに引き寄せ奉らん。その愛は、御身を天国より聖母の御体内に引き寄せ、その愛は、御身を聖母の御体内よりこの渇ききった世の谷に引き寄せ、その愛は、御身を33年の間この世に引き留め給いぬ。また、偉大なる愛のしるしとして、御身は、御身の聖なる御体を真の食物として、御身の聖なる御血を真の飲物として、与え給い、偉大なる愛のしるしとして、御身は、捕われ人となり、裁判官より裁判官へと、引き回されることに同意し給い、また、偉大なる愛のしるしとして、御身は、死刑を宣告せられることに同意し給い、死して葬られ、真(まこと)によみがえり、御身の聖なる御母と、すべての聖なる使徒らに現れ給うことに同意し給えり。然して、偉大なる愛のしるしとして、御身は、御みずからの強さと、力によりて昇天し給い、御身の天の聖父(おんちち)なる神の御右手(おんみぎて)に座し給い、また、御身は、御身の聖霊を、使徒たちの心と、御身への永遠の愛のしるしによりて、御身を望み信じ奉るすべての人の心に送リ給う。今日(きょう)、天国を開きて、この死に行く者 ・・・ (この者) ・・・ と、彼のすべての罪を、御身の天の御父の王国に導き、彼を御身とともに、今もいつも、とこしえに君臨せしめ給わんことを、われらの聖主イエズス・キリストによりて。アーメン。

  その間に教皇は死去した。助任司祭は3時間目まで忍耐して待った。その時、教皇は体を持って彼に現れ、彼を慰めた、教皇の顔は太陽のように輝き、その衣服は雪のように白かった。そして教皇は言った。『私の親愛なる兄弟!私は亡びの子となる筈であったのに、幸いの子となった。あなたが第一の祈りを唱えた時、私の罪の多くは天国から雨のように私から落ちた。そしてあなたが第2の祈りを唱えた時、私は金細工師が金を熱い火の中で清める時のように清められた。あなたが第3の祈りを唱えた時、私はさらに完全に清められた。それから私は天国が開いて、主イエズスが父なる神の御右手に立っておられるのを見た。』主は言われた、『来なさい、あなたのすべての罪は赦された、あなたは私の父の御国に入り、永遠にそこにとどまるであろう。アーメン。』

  これらの言葉と共に、私の霊魂は私の体から離れ、神の天使たちがそれを永遠の喜びへ導いた。
 助任司祭はこれを聞いた時言った、『おお教皇様!わたしはこれらのことを誰にも話すことができません、誰も私を信じないでしょうから。』すると教皇は言った、『真に私は言う、神の天使が私とともに立っており、これらの祈りをすべての罪人の慰めのために金の文字で書きとめた。もしある人がこの世のあらゆる罪を犯していても、これらの3つの祈りが彼の終わり(死)の時、(彼の上で)朗読されるならば、彼のすべての罪は赦されるであろう、例え彼の霊魂が最後の審判まで苦しむことになっているとしても、それはあがなわれる(解放される)であろう。

 これらの祈りが朗読されるのを聞く人は不幸な死に方をしないであろう。これらの祈りが朗読される家に住む人も同様である。それ故、確かな慰めのために、これらの祈りを取って聖ペトロの聖堂に運び、聖母の被昇天と名付けられた礼拝堂の中におきなさい。死に近づいた人が、これらの祈りを朗読するか、朗読されるのを聞くならば、彼の罪のために煉獄で苦しむことになっている日数に対し、400年の免償を得る。また、この祈りを朗読し、或いは朗読されるのを聞く人には、彼の死の時が啓示されるであろう。アーメン。』

 「ピエタ  聖ビルジタの15の祈り[単行本]エンデルレ書店」の20〜22ページにも記載されています。

「カトリックに救いはありません!
聖書と異なる偽り、煉獄、煉獄説」
についての反論

煉獄についての聖ドン・ボスコの教え

 牧師
「カトリックの公会議で宣言されていることの中には、"煉獄に関する教えが聖書にもとづいている"といっていますが、実は、聖書の中にわたしは煉獄についての記事を一つも見つけないのです」。

  この第一の注意に対して、ドン・ボスコは、まず、力トリック教会は、聖書と聖伝を同程度に尊敬していることを前提としていいました。

ドン・ボスコ
「その結果、聖書が提供する真理が聖書にもとづくものであるという教えと、カトリック教会が聖伝にもとづいて認めて提供する真理の教えとは、両方とも神のみことばとして認められねばならないものです。しかし、あなたとの会話では、聖書だけを引用することにします」。
 
  こうして、ドン・ボスコは、旧約聖書のなかに、煉獄のことを考えさせるいろいろの箇所を引用し、カトリック側が伝統的に解釈しているところを紹介しました。そして次に新約聖書に移り、マタイ福音書第5章(25-26節)に出るイエズスのことばを引用します。

「反対者と、道の途中で和解せよ。そうしないと、相手はあなたを裁判官にわたし、裁判官は下役にわたし、ついに牢に入れてしまう。まことに、わたしはいう。一厘の残らず返すまで、あなたはその牢を出られない」

  という福音書のこのところは、いつも最近のプロテスタントが認めていますが、カトリック解釈者は、このように解釈しています。すなわち、反対者とは神であって、わたしたちは、神に対して犯した罪をつぐなうために全力をつくさねばなりません。道とは、地上における生活であり、裁判官は、キリストです。また、下役とは悪魔のことで、牢は煉獄のことです。最後の一厘というのは、煉獄でつぐなわれる小罪を意味します。それから、同じ福音書の12章に、これはたとえの形でなく、決定的な教えとして、イエズス・キリストは、次のように断言しておられます、

「ことばで人の子にさからう者は許されるが、ことばで聖霊にさからう者は、この世においても、来世においても、許されることはない」(32節)

と。救い主のこの教えで来世において許される罪のあることが明らかになります。もし、そうでないなら、イエズスのみことばは、無意味なものとなってしまいます。でも、大罪は、その神に対する侮辱のうえからも、永遠の罰ということからしても、来世において、もう許されることはあり得ません。すると、すでに許していただいた罪だけが、一時的な罰として来世で許されることができます。しかし、これは地獄においてではあり得ません、なぜなら、地獄におちた人にとって、もう救いはないからです。それで、来世で許されるのは、煉獄においてだけです」。

「死者のための祈り- 聖ドン・ボスコの教え」
より。アロイジオ・デルコル神父

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