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御嶽山の火山で多くの人が死傷者がでました。
お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたします。
救助も思うように進まず、今日中断していた自衛隊の投入がはじまりましたね。
一刻も早く救助が完了するようお祈り致します。
一方このごろの日本は地震、竜巻、台風、大雨、洪水、地すべりと災害に痛めつけられているような気がします。
昔の人はこういった災害を非常に恐れ畏敬の念を持っていました。
例えば大蛇が出たという昔話は川の水が暴れだし洪水になったことのたとえらしい。
山の神、風の神まどもあります。
このように天災に対しては人間はちっぽけな存在であることが痛感されます。
最近の人間は地球を征服したように錯覚しているように思います。
天変地異の自然の法則に対して畏敬の念をもって日頃から準備する必要がありますね。
従って隣り近所の付き合いなんて必要ないという現代人の考えはどうかとおもう。
災害の時に遠くにいる地縁者よりも近くにいるひとが頼りになるものである。
平時に仲良くして心を通わせている必要がありますね。
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心の科学
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人間の心,心理、頭脳を科学的に分析し、その法則などを考えることにより生きる道しるべになればと思います。
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東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相は20日、福岡市での講演で、ソチ五輪・フィギュアスケート団体について「あの子、大事なときには必ず転ぶ」「負けると分かっていた。浅田真央選手を出して恥をかかせることはなかった」と述べた。
という記事が乗っていました。
「えーーーーっ公人がなんてことを言うのだ」信じられないと自分の耳を疑いました。
最近の公人の発言には危機感を覚える。
NHKの籾井勝人会長の慰安婦についての発言「戦争をしているどこの国にもあった」
NHK経営委員で作家の百田尚樹さんが東京都知事選で田母神俊雄氏以外の候補を「人間のくずみたいなもの」と発言したこと
この3っとも個人的に思うことは自由であり、各組織の中で対策を話す時に議論するときは結構なことだと思う。
公で話す時は話してはいけないことだということが、わからないのだろうか?
傲慢になっているのかもしれませんね。
幸い真央ちゃんは一日で心を切り替えてフリーで自己最高点をだし6位に入賞し感動を与えてくれました。
本当にすごい子ですね。
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自分の叔母が亡くなったという連絡を受けました。
その時孫が偶然来ていたので二人でかけつけました。
布団に寝ていて顔に白い布をかけられています。
お線香をあげてお祈りをします。
その後孫の悠くんが白い布の中が気になったのでしょう。
「見たい」と言うのです。
ちょっと迷いましたが、これも経験したほうが良いかと思い白い布をちょっと開けてあげました。
家に帰った後で悠くんは「怖かった」と言いました。
子供にはキツイ体験かもしれません。
悠くんは3年半前にパパのお父さん(じいちゃん)の死を体験しています。
しかし今は8歳そのときは4歳なので感じ方が違うのでしょうね。
このようにして人の死を体験しながら成長していくのでしょうね。
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天皇陛下がインド御訪問を終えて帰国されました。
インドとの友好を深められ素晴らしい御訪問だったと思います。
そこで考えてみます。
安倍総理だったらどうなんだろう?
意味が全然違うものになると思う。
総理は権力闘争でその地位を得るものです。
しかもその地位は危うくてコロコロ変わるものです。
既得権益とも結びついていて裏表がある。
最近国民があれほど拒否している原発の継続使用を発表しました。
多数を獲得したので本音がでたのでしょう。
一方天皇陛下は生まれながらにして帝王学を学ばれ一貫して国民を思う心で暮らされています。
その為に宮中の祭祀を大切に受け継がれ,常に国民の幸せを祈っておられ,年間約20件近くの祭儀が行われています。皇太子同妃両殿下をはじめ皇族方も宮中祭祀を大切になさっています。
一般国民では不可能なこのような伝統文化を受け継いでいかれる方の存在は大変重要で、このような方がいない共和国の国民は日本をうらやましく思っているようです。
政治と結びつかないで今のような象徴天皇は理想的な存在だと思います。
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NHKのテレビ番組100分で名著を見ました。
松尾芭蕉の奥の細道についてでした。
有名な俳句
「松島や ああ松島や 松島や」は奥の細道には書かれていないと言うことでした。
しかもそれが松尾芭蕉の俳句でなくて、狂歌師の田原坊の作だと言うから驚きですね。
芭蕉の感動が言葉に表せないくらいすごいので、あえて「奥の細道」に書かないことで、素晴らしさを表現したというのでした。
なるほどです。
音楽でも強く聴かせたいことは、フォルテッシモでなくて逆にピアニッシモにして表したりします。
人はひそひそ話をすると余計耳をそばだてて聞きたくなるものです。
ダンスのチャチャチャも激しく動くときよりも、ピタッと止まったときの動きの余韻のほうが素晴らしく感じたりしますね。
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