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要らないものは

新生活3日目

とはいえ、今までとあまり変わらない日々を過ごしているわたくしです。

今は自分の県営住宅に住みながら、ちょくちょくダーリンちに通っているのです。

ダーリンのマンションに住む予定なんだけど、長年の一人暮らしのお蔭で

異様に荷物が多い・・・ ナゼダ〜

だから私たち親子3人入れない〜。。



そしてうちより高価な家電製品多し・・・ アナタ意外にゼイタクネ〜 


というわけで、近いうちにうちの家電は一掃リサイクルショップ買取作戦が開始されます。

照明器具からエアコンから、冷蔵庫、洗濯機、暖房器具、

後家電以外にもダイニングテーブルとイス(ニトリ)、座卓(ニトリ)、座椅子(フャニチャードーム)、

電気カーペット、カーテン、皿、鍋、カトラリー類

要するに自分の衣類とか以外の物ほとんどいらなくなってしまったんだよね〜(・・;)

何も要らないなんて幸せだけど、なんかもったいないからなんとかダーリンの家に

持ち込もうと日々試しています^^; が、やっぱ私の家の家具とかは私の好みで買ったから

ダーリンの家には合わないんだよねぇ。。。残念!




イメージ 1
新婚旅行に行ってないので行った気分でブラジル・イグアスの滝↑↑いつかダーリンと行ってみたい☆゛






一番手放すのがさみしいのは私の足になってくれてた原付バイク。

こっちに来たばっかの頃、通勤にはママチャリを使ってたけど坂道ばっかりで毎日疲労困憊して

イライラして車が無理ならバイクを買おうと思い買ったの

しかもピカピカの新車☆


あれで雨の日も、風の日も街中を走りました。

買い物して米10キロとか、毛布とか、普通に積んで走ってたな〜

そして愛知県民の運転マナーの悪さを思い知ったのでした・・・! キャー

何度ひかれる!死ぬ!!と思ったことか。。。

今ではすっかり私もその県民並みの運転の荒さになったようです。(ダーリン証言)


ダーリンも一度は私のバイクに乗って「バイクはタノシーネ!」と目をキラキラさせてたのに、

今は怪我したら大変だからやめてネと言うので私もあえて使ってません。

ネット査定したら結構高値だったので今は軽自動車があるし、ほとんど乗らないので

買取してもらうかな〜○○ク王に。



そんなんで気分は新婚、生活はシングルマザーのままの私。

一緒に住める日までダーリンちとうちの家の要らないものを片付ける日々なのだ〜!



2回目でした



先週日曜日、愛知県蒲郡の教会で結婚式を無事終えました

成人の日を2回迎えてから、白いドレスを着るなんて誰が

想像したでしょう〜?(笑)

しかも2回目です


日本人とブラジル人の結婚式に、ボリビア人やペルー人いろんな国の人が

参列してくださり、式も両方のいいとこ取りみたいな

形でさせていただきました



式を挙げることを決めたのは1か月前。

ダーリンのお世話になっているボリビア人牧師がダーリンから

「結婚したい人がいる」と聞いて、

「それなら今度の礼拝で式しよう!決めたっ

で流れがその方向に一気に加速

お互い2回目だし、子供もいるし、そんな余裕ないし、と

はじめは戸惑ったけど決めたからには(誰が?)そうなっていくしか

ないわけで、信じられない気持ちが収まる間もなく日にちが過ぎていきました。

ダーリンとつきあってもちろん日にちも浅かったけど、お互い思ってた以上に

気持ちがうまくあっていたからこのスピードにもついていけたと思ってるよ^^



とはいえ、私は日本人だからやっぱり自分の結婚式を人に任せていいのかな・・・と

時々不安になったりして。。。でも相手が外国人だからどうコニュニケーションとっていいか

わからない。そんな時ダーリンが 「口をはさむとややこしくなるヨ〜。

ヤルいってるから、まかせておいて〜、ぷりすか」と言ってくれたので

じゅうたんの色も、式のことも全部任せて手を出さないようにしてたよ。


幸いにもウェディングドレスは貸してくれる方がいて、ベールから靴まで

一式揃いました

問題はダーリンのタキシードでレンタルでもなかなか見つからず

一週間前に大須でビックリ価格でゲット☆゜間に合った


そして式当日2日前にボリビア人牧師から

当日ペルー料理とケーキを作ってくれると連絡が・・・!

そんなんだったら、はよ言ってくれよ〜!友達に料理ないよって言っちゃったよ〜!

と嘆いて?いたら、ダーリンが「ボクも今聞いたヨ。これが向こうの文化ネ。

気持ちが入るとなんでもするヨ。でもスグカワル^^それ、リカイしてネ

とアドバイスされました

日本人感覚でつきあってるとなんじゃこれ!と思うことがダーリンとでもよくあったけど、

ホントに今回は勉強&爆笑させられたよ!





式前夜リハーサルをしたんだけど、うちの日本人牧師もかなり自由人な人で

その日は被災地に行ってて欠席。明日の式には間に合うとのこと^^;

打ち合わせと実際の入場練習では内容が違うし、もうこの時点で

私もも〜どうにでもなれ〜モードでした




当日、日本人牧師無事到着し1時半からリハ。私たちも予想してたけど

昨日と全く違う形になってました(爆)

この時点でまたボリビア人牧師がアリエナイ発言!

「ボク今から帰ってシャワー浴びて、トモダチむかえいってくるヨ。モンダイないね!」

いや、アナタ今日メッセージと特別賛美するんでしょ〜が!?

今1時半だし、2時から式だし、、ナゼ朝シャワーあびてこない!!

と突っ込みたくなったのは私だけ??←けして怒ってないヨ^^


予想通り30分ほど遅れて式が始まりました。

でもまだいいほうです。下手すると1時間遅れとか彼らフツーですから。。。


世界は広い!

セカセカするなジャパニーズ!!

と叱咤激励されてるような一日でした^^


参列された皆様にはご迷惑をお掛けしたことこの場で

深くお詫び致しますシツレイイタシマシタ






式自体は堅苦しくなく、日本人牧師のメッセージ通り私たちは自由な生き方の中で

自由に結婚という形を選択して、これから生きていくことの証になったんでは

ないかなと思っています。


息子たちも式に参列して、いい勉強になったんではないかと思ってます。




写真が今手元にないので、また日を追ってアップしますね!




たくさん人たちがお祝いに来てくださり、また陰で支えていただきこの日を迎えることができました。

本当に感謝してます♪

イメージ 1

赤か白か

それが問題になっています。

そして、これは和製英語で本場では

Wedding aisleというそうな。

知らんかった



わたしはどっちでもいいよ

文化の違い、習慣の違い、

価値観の違い、

それがすべて融合して

思い出に残るワンシーンとなればいいな








イメージ 1




3回目はないことを願って・・・


新しい家族


☆〜†〜☆¨゜☆〜†〜☆゜¨¨゜☆〜†〜☆゜¨


久々に記事を書いて、書き込まれたコメントを見て感じました。

誰も知らないところでブログをちょっと書いたけど、ここに来ると

やはり懐かしい匂いがします。

みんながその暮らしのなかで細々と、あるいは大胆にやっていることや

自分が感じていることを書き記すのはとてもいいことだと思える。

依存にならなければ。

私もその人の意見を尊重するし、違う考えを持った人の生き方も

尊重したいと思う。


今のところ、わたしにとって大きな課題は仕事を探すことだ。

けど、ずっと突っ走ってきたから、ちょっと休みたいな、と感じる部分もある。

3月に派遣の契約が切れて、ずっと仕事を探してる。けど、ちょっと違う方法も

考えてる。

ふつうに仕事のプレッシャーは大きい。それだけでも大変だ(世の中のお父さん、ご苦労様!)

けど、肩にのしかかった2人分の口を養わないといけないいう責任もけっこう、いやかなり大きい。

シングルマザーの人はそうだと思うけど、私はすごいがんばってたから、感覚がマヒして

「がんばってる自分」が見えなくなってた。


1月にスイカくんのインフルエンザをもらってしまい、仕事も通ってたパソコン教室も通えなくなり

にっちもさっちもいかなくなってホント泣いた。

2年間、一回も京都を出てきたことを後悔しなかったけど、この時ばかりは謝って実家に帰り

少し助けてもらおうかと思った。

けど、しなくてよかった。

両親は離婚を反対して、私たちを捨てたんだ。

だからわたしも依存を断ち切ることができた。

捨てた、というよりもとの牢獄に戻した、っていったほうがいいかな。

そのことで自分にかけられている親からの見えない鎖を断ち切ることができたから、

それもよかったと思ってる。

その体調が悪い時期は精神的にも弱っててほんとやばかった。


けど転んでもタダでは起きないぷりすかであった^^

友達や知り合いにメールして、ご飯が作れないからといったら、

いろいろもってきてくれた人たちがいた。

そしてある人がケーキを持ってきてくれた時、私の家の玄関先で顔を

見たとたん、すごいパワーを感じたのだ!

3日間39度の熱にうなされて、頭がおかしくなったのか?前に会ったことある

教会の人だったけど、その時お互いがすごいエネルギーを感じてたのだ^^

そこから1ヶ月後にその人は私のダーリンとなり、つきあって2日目に

プロポーズされたんだ^^

今も信じられないけど、お互いあまり相手のこと知らなくても一瞬でわかりあえる事って

あるんだね〜。 

その彼は、日系ブラジル人で離婚経験あり、子無しで日本在住20年。

天性の明るさや前向き精神はラテン民族ならでは、メールでのやりとりで日本語が上手に使えて

かつ強烈アプローチにぷりすかの心にもラテンの炎が引火しました!

はじめはその決断の速さに戸惑い、感情に流されないよう気をつけてたけど

彼の頭は感情をすぐ察知して、その時いちばん素直なやり方を選ぶのを見て

私の迷いも吹き飛んでしまったよ^^

彼は心に裏表がないので、一緒にいると楽だし、いつも私の心を理解して

先回りして不安なことは口に出して言ってくれるし、

何より私をすっごく大事にしてくれるので、そばにいると楽しいんだ♪


今は仕事をしてないけど、前の私じゃこんな風にゆっくりしてられなかった。

ダーリンが私や子供たちのことも理解して、支えてくれてるから

こうしていられるよ。


40過ぎて、10代の息子が2人いて・・・・

それを見てなおかつ「お母さんのキミを好きになった」

「ひとりでがんばってたキミだから好きになった」

と言ってくれてる。

今は、「ボクがいるからひとりじゃないよ」と言ってくれてます^^




¨゜☆〜†〜☆゜¨


〜かなりのろけました!



でも、幸せですよ〜♪


またダーリンのことは記事に登場するでしょう。

だって彼の行動はオモシロイ^^
ニホンジンジャアリエナイ^^





何もしないで京都にいたら、

こんな出会いもなかったと思う。


思いもよらない大きなプレゼント、

神様ありがとう!

感謝するぷりすかでした。















願い

こんにちわ(^∇^)♪

覚えていらっしゃる方は、お久しぶり!

初めての方は、どうもはじめまして^^

ぷりすかです

長い間、ブログを放置してたのでもう更新しないと思っていたのでは

ないでしょうか??

更新してない間もちょくちょく、チェックはしてましたよ。ログインするのは

久々でちょっと手間取りましたが、、、ヤフーブログ自体、少しバージョンアップ?

したようで依然と感覚が違うのでちょっと緊張しています


更新していない間も、なぜか分からないけど私のブログにいつも足を運んでくれて

くださった方がいるのも知っています。

本当にありがとう<m(__)m>


先月に起きた未曾有の大地震のことは私も忘れられません。

今は東海に住んでいて、かっては関西で阪神淡路大震災を経験した自分が

今回被災しなかったことは偶然ではないと思っています。

たくさんの月日をかけて、私も変われたのだから、

今回の地震での影響を受けたたくさんの人々がきっと変わるチャンスを

神様が与えてくださったのだと思っています。


ところで、


やっと私にもブログを書く余裕が与えられたというか、できる状態になったので

少しごぶさたしてた間、何があったのか書ける範囲で記録しておこうと思ってます。


一言でいうと、ミラクル!! です

でも、まだ波乱万丈な波が起き続けているのでもしかしたら、またプッツリ更新しなく

なるかも知れません。

けど、心配しないで下さい。

わたしは、どこかで必ず、野草のようにしぶとく生き続けていますから。


生活自体が落ち着いて、親子3人で今の場所に落ち着いたのは8ヶ月前です。

ネット環境がそろったのは今年2月、息子ばかりが使ってたけど、やっと私も自分の

時間を使いパソコンができる状態になったよ^^

離婚してからしばらくは知る人ぞ知る、ある施設にかくまわれていて安全だったけど

自由のない生活で、子供のためにも早く脱出しようと必死だった。

あの閉ざされた場所にいると、感覚がおかしくなって普通の社会生活ができなくなると心配したよ。

文字通り右も左も分からない場所で、一から生活をはじめ、仕事も探して働き続けるのは

本当に余裕がなくて、いつもいっぱいいっぱいだった。

しばらくして息子たちが不登校になって、わたしもある意味開き直れた。

今はあれがあってよかったと思える。息子たちの心の叫びを無視しないでよかった、と。

頼れる人を頼るにも連絡手段や、移動手段が限られてるから難しかったけど、

必要な時に助けを差し伸べてくれた人たちに今も感謝している。


自由を求めて、一歩踏み出したのが去年春。

本当のサバイバルはこれからだ!と肝に銘じたよ。

去年春に申込みした県営住宅に当選したときは、本当にびっくりした!

夏には去年2回目の引っ越しをして、ほどなく私のお世話になった

カウンセラーであり、メンターであり、わたしの心のお父さんでもあった

ジョシーが天に帰って行った。引っ越しした2日後だった。

ここまでわたしを引っ張り、支えていてくれたのはジョシーの支えがあったことが

すごく大きい。

私も彼に負けないよう、恥ずかしくない人生を生きなければ、と

その時、強く思った。





京都を出てきた時、カバン一個だったわたしには今は住む所も家具も

台所用品も、必要最低限だけど全部そろっている。

箸一本買うのをためらったあの日、じゅうたんがなくてコートをひいて床に座ったあの冬、

今は普通に生活できてる、そのことに本当に感謝している。


子供たちも少しづつ成長して、今の生活が普通になってきている。

けど、忘れないでほしい。

自分たちが今まで、どんな道のりを歩いてきたか。

今は分からないかもしれないけど、家を出てきたことに

どんな意味があったのか。


みんな、あきらめないでほしい。

自分の信じる道を進むこと、迷っていても

それは間違いじゃないから。


信じることを、あきらめないでほしい。

それが、今のわたしの願いです。

















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