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先日の朝日新聞に、興味のある著名人へのアンケート記事が。抜粋してご紹介 国民投票法で投票年齢が18歳以上となったのを機に 著名人に、選挙権を18歳に引き下げることへの賛否、 人はどの様になったら『大人になった』といえるのか、を聞いています。 朝日新聞2007年6月3日(日) 100Answers 人はいつから人になるのか Q1.選挙権を18歳以下に引き下げることに賛成ですか、反対ですか 賛成46人 反対 33人 その他・無回答 21人 反対者の理由 「日本の18歳の多くは、あまりに意識が低く幼すぎる」 作家 高嶋哲夫 「『パラサイト期』の若者に選挙権を与える必要はないだろう」 九州大教授 大野俊 「テレビなどに簡単に左右される年齢層だけに危険」 写真家 オノデラユキ 「イメージ操作しやすいと思われて年齢引き下げにつながっているのでは」 評論家 藤本由香里 賛成者の理由 「信じて任せてみれば、きちんとした行動や反応を見せてくれるはず」作家 石田衣良 「どんな世代でも駄目人は駄目。ならば一刻も早く『現場』に立たせたほうがいい」 プロデューサー 残間里江子 「18歳で鞭無関心なら20歳でも劇的変化はない」 作家 多田容子 「超高齢化社会の到来に当たり、若年層の数の不利をカバーする」 作家 有栖川有栖 「年金など世代間での利害調整が重要になる。ムードに流された投票行動が心配だが、 人口では少数の若者の政治的意思決定の機会を広げることは必要」 東大教授 刈谷剛彦 Q2 人はどのようになったら「大人になった」といえると思いますか。 年齢、身体的、知的、精神的条件など何でもかまいません。 「他者を手段としてばかりではなくーあたかも幸福な性愛においてそうであるようにー 同時に目的としても扱える」 美術評論家 北澤憲昭さん 「『大人になった』は自分で考えるものではなく、複数の他人の目にい折るものだと思います。 だから自分ででっきるのは『大人にならなければならない』と思うことだけ」 作家 橋本治 「『私』を中心に世界が回っている間はコドモ、『私』を外から眺めて、 他人や社会や世間のために『私』を生かすことを考えるのがオトナ。 今日いくつになってもコドモが多すぎる」 京都大教授 佐伯啓思 「自分とは異なる価値観を持つ『他者』の存在を受け入れる態度を身につけたとき」 映画監督 是枝裕和 「僕自身『まだまだコドモ、コドモ』とおやじからしかられ続けたので、 『大人』に特別の価値観をおくことに抵抗があります」 建築家 隈研吾 「文学的に言えば、人は生涯大人にはなれないと思う。 いったいいくつになったら自分は大人になれるのだろう。 こんなに卑しくて弱くて未熟な自分からいつ脱皮できるのだろう、 と思いながら皆死んでゆくのだ」 作家 小川洋子 長い引用になってしまいました。 さて皆さんは、選挙権、18歳に与えていいと思いますか?? 私は個人的には石田衣良さん、刈谷教授に賛成。 では、大人って?? これはぜひ考えていただきたいです。。 以前から、子育てのメインテーマを決めることをおススメしていますが↓ 我が子をどんな人に育てるか、という大きなビジョンは どんな状態が大人か、ということを抜きには考えられませんね。 そしてできれば、子育ては、「大人」がやりたいです。。 (デモね、それは理想。実は、みんな子育てで大人に成長するのです。。) わたしは・・・人はさびしいものだということを知っている人。。 そして話の内容によって言う相手を選べる人 相手に合わせた話題、聞かせてはならない人には言わない、分別を持つ人 ・・・それが大人じゃないかと思います。 選挙権がらみで言うなら、社会に関心を持って広い視野で考えようとしている人、でしょうか 20歳を過ぎたって、ニュースも政治にも興味がない人には 本当は投票に行ってほしくない、と思っています。。 皆さんはどう思いましたか? |
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朝日新聞2007年5月26日 土曜版 be の、 スポーツ特待生についてのアンケート記事の読者からのコメントに 考えさせられるものがいくつかあったので、取り上げてみます。 高野連が高校生の野球特待生を認めないことへの、アンケートについてのコメントより ●知人の息子が特待生で野球名門校に入った。 けがをしたらやんわり退学をすすめられた。 ずっと野球漬けで、試験で他の学校に入れず、その後悲惨な状況に。 (兵庫、40歳女性) ●中学の教師をしていた頃、スポーツの得意な生徒と親の態度がひどく、怒りを感じた。 「どうせ特待生で高校には入れるから」と。 (群馬、47歳女性) ●整形外科の医師。体が完成していない中学の時に野球ばかりでは体のトラブルを引き起こす。 (滋賀、38歳男性) 一芸に秀でていることは、素晴らしいことだし、大切なのですが、 この一つ目と二つ目の投書を読むと、考えさせられてしまいますね。 野球が得意でも、みんながハンカチ王子やイチローになれるわけじゃない。 ましてや、一芸を、親子で鼻にかけたりするようでは・・ それに義務教育で習うことは、社会で必要だからこその内容なのです。 たとえ勉強以外の一芸が優れていても、、 やはり中学までは、勉強もほどほどにはやっておきたいものですね。 3つ目の投書の指摘は、とても大切なことを言っていると思います。 実は我が息子も高校から体育系部活にはいって、筋トレに励んだところ 体を壊しました・・ 地元の評判のいい整形外科医は、 「未だ骨が成長している今このスポーツはだめ。 これからもっと背が伸びるのに、それも止まっちゃうよ!水泳にしときなさい。」 ・・・事実、激しい筋トレの要らないポジションになってからは、彼は2年で5.5cm伸びました。 友人の医師にも聞いたら、 「たいていのスポーツはやりすぎると体を壊す。特に成長期には、水泳以外はすすめない。」 ・・・彼女のお嬢さんは、安全なろ過装置のある ( 普通のプールの塩素消毒は 発がん物質のトリハロメタンを発生させて 特に屋内プールでは危険。もちろんそうじゃないプールを選んだそう ) スイミングスクールに通っているそうでした・・・ 一般にスポーツはいいものと思われていますが、 医学的には、過度なトレーニングを積むことや 特定のスポーツばかりやることは、推奨されない ことなのですね。 日本の部活や、民間の少年スポーツ団体などは ともすると、根性主義で、大人と同じような過酷なトレーニングを強いています。 成長期の骨や筋肉にふさわしいトレーニングでないと、将来の名選手をつぶすことになりかねないのに。 スポーツドクターを顧問としてアドバイスを受けながら指導するぐらいの 慎重さが、指導者には求められます。 皆さんも、お子さんのスポーツは、広い視野で考えて取り組ませてあげてくださいね。 特に、がむしゃらになりがちな、成長が遅い男の子は、気をつけてあげましょう。 |
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夕べニュースを見ていて、びっくりしました そのニュースとは、こちら↓ <ベビーカー事故>電車ドアに挟まれ引きずられ、3人けが 5月24日21時41分配信 毎日新聞 24日午後3時ごろ、東京都千代田区鍛冶町2のJR神田駅3番ホームで、山手線内回り電車(11両編成)が4カ月の男児を乗せたベビーカーをドアに挟んだまま発車し、約20メートル走って止まった。男児は停車直前にホームにいた男性(41)に抱き上げられたが、男性の転倒に伴い頭に軽傷。男性は腕にすり傷を負い、ベビーカーを押していた母親(27)も転倒し腰に軽傷を負った。 警視庁万世橋署やJR東日本によると、母親がベビーカーを押して前から3両目に乗ろうとした際にドアが閉まり、右前輪部分が挟まれた。発車後にホームにいた客が非常ボタンを押したため、電車が止まった。 同社によると、神田駅には夕方のラッシュ時以外はホームに発車時の安全確認をする駅員はいない。事故当時は最後尾の車両に乗っている車掌が、監視カメラの画面を見るなどして安全を確認することになっていた。 電車のドアは異物が挟まり、2センチ以上のすき間ができれば、発車できないシステムになっている。このため、挟まれた部分が約2センチに満たなかったか、システムが正常に作動しなかった可能性があるとみて、警視庁とJRが詳しく調べている。 ◇検知システム緊急総点検へ…JR東 JR東日本は、改めて運転現場に安全確認の徹底を指示し、ドア部分の検知システムを緊急総点検すると発表した。さらに国内で約8割のシェアを持つ大手ベビーカーメーカー2社(コンビとアップリカ)と共同で、検知しやすいようベビーカーの改良を進める。 ベビーカーがドアに挟まれる事故は、02年9月と10月にもあった。当時は、3センチ程度の異物が挟まれば検知できたが、両事故は挟まれたパイプ状の車軸が太さ2センチ未満だった。この際、メーカー2社に協力を求め、車軸などが2センチ以上となるよう設計を変更してもらった経緯がある。【斎藤正利】 最終更新:5月25日0時0分 私が何に驚いたかというと・・・ 駅ホームに駅員さんがいなかったことでも 車掌さんの確認がおろそかだったことでもありません。 ベビーカーを押したママが、駆け込み乗車がしようとした、との事実に、びっくり!!なのです ・・・この記事にはありませんでしたが、一度乗りかけて、、間に合わないから引き返そうとして ・・・はさまれたそうです・・・ どうして無理な乗車をする前に、もうひと列車待とうと思わなかったのかしら? このブログにいらっしゃるお子さんを大事にするパパさん、ママさんにはきっとありえない行動ですね。 大体 一人でベビーカーを押して乗ること自体おかしい。危険。 そのうえ駆け込み乗車なんて!! ありえないでしょう。 ニュースキャスターはJRの非ばかり攻めていましたが まずこの、うかつなお母さんが悪い、と私は思います。 非常ボタンを押してくれた人、赤ちゃんを自分がけがしながらも助け出してくれた人がいなかったら、 どうなっていたかと思うと、ぞっとしますよね。 以前六本木ヒルズの回転自動ドアに子どもが挟まれる、不幸な事件もありましたが 私はやはり、これも連れて行った母親の責任が第一じゃないかと感じました。 わが子がどの程度、落ち着きがないかを一番わかっているのは親。 落ち着きがない子を連れ歩く時は、自由に走り回れる公園以外では、手を引いてあげれば こういう事故は起きませんね。 日本は乳幼児の死亡事故が、海外と比べても、たいへん多い方です。 これは大変恥ずかしいことですね。 乳幼児のけがは、ほとんど親の責任と言ってもいいでしょう 是非気をつけたいものです。 もう一つ、気になったこと。 この赤ちゃんは未だ4ヶ月。 いったいどんなベビーカーに乗せていたのでしょうか・・ タイヤが2センチ以上ならドアは自動検知システムで開いていたはずですから 随分華奢なベビーカーだったのでは?? 町でよく見かけて心配になるのが、 未だ小さな赤ちゃんを、大きい赤ちゃん用の、 華奢なベビーカーに平気で乗せまわしている人が結構いること。 シートが寝かせられないベビーカーに、小さな赤ちゃんを長時間乗せることは、 赤ちゃんの発達によくない影響が色々懸念されます。 ・・・へんな姿勢でいると、脳が低酸素になるとか リースでいいから、赤ちゃんの成長に見合った、 Aタイプのゆったりベビーカーを準備してあげあげたいものです。 さらについでにもう一つ ベビーカーがだめならスリング、ということになるかと思いますが スリングは正しく使わないと 日本人に多い股関節脱臼を悪化させることにならないかと以前から気になっていました こちらに、正しい使い方が http://www.lunasling.com/fit.html 正しく使えば、親子が密着して愛情の伝わる素敵な道具ですね 大事な赤ちゃん、ぜひ、たいせつに。 |
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17歳の母親殺しのニュースがショッキングにマスコミをにぎわせています いつも思うのですが (あちこちでコメントさせていただきましたが) 親殺しが急増、倍増したって言ったって、 思春期の子ども数百万人のうち親を殺す事件が、年に一桁だったのが二桁になった、という程度。 おおまかに確率を計算してみましょう。 15件÷500万人=0.000003です。すつまり、0.0003%です。 ほとんど飛行機事故にあうよりまれな程度の数字。この程度の数が倍増したって、騒がないで。 これをもって今の子どもを、ひとくくりに乱暴に語らないでほしい。 今の子は危険、なんてことはないです。大多数の子は健全に楽しく穏やかな毎日を送っています。 確率で言えば一クラスに一人いるといわれる不登校の方がよほど問題 あるいは男児の出生率が低いとか、男の子がどんどんオクテになり第二次性徴が遅れているとか そういうことの分析に、もっとマスコミは熱心になってほしいものです ただひとつ、今回の事件で気になることをあげれば、こういう家庭内の事件は 教師の家庭、医者の家庭に多い気がします。 一時問題になった「家庭の学校化」について考えさせられます。 事件を起こした子は、学校でも家でも同じ一つのものさし 「成績のいいまじめないい子」 という尺度でしか評価されていないのでは? その息苦しさは、かなりのものと思います。 昔は先生は先生として敬いつつ、家庭にはまた別の子育ての評価があったといいます。 「お前は家業の商売を継ぐんだから、勉強よりも、客相手の接し方のできるやつになれ」 と言う父親とか 「元気が一番!!」 とお代わりをよそいつつ微笑むおかあちゃんとか 「勉強ばかりできてもろくなもんゃない。男は、体力だ」 みたいなおじいちゃんがいたり。。 「女の子は、勉強より炊事洗濯がうまくて、いい結婚しなくっちゃ!」とか それが良いか悪いかはともかく、学校の要求するいい子とは別の価値観が厳然と存在しました。 それがいつのまにか、いい大学、いい会社をみんなが目指す社会になって 親たちは、先生は敬わないくせに おうちでも学校の先生と同じことを要求するようになってしまった。 まじめで勉強を頑張る、正しいいい子 という仮面を子どもはずーッと要求され続けています だれにでもある、弱さ、悪いことへのあこがれ、勉強なんてサボりたい気持ち、などを 親の前でもひた隠しにしていなければならない・・・ それは随分息苦しいことではないでしょうか。 その辺りに、事件の一つの引き金があるのでは、と思うのです。 女の子でも、母親があまり正しい人で、人の悪口はいけない、という正論を押しとおしてしまうと 学校での友人関係の愚痴を家庭で言えなくなってしまいます。 いつも言いますが、悪口はいけなくても愚痴は大事。 愚痴らないと、ストレスの固まりになっちゃいますね。 「○○チャンは、こういうことをして私はいやなんだー」 「そうなんだ・・」 ・・・これが愚痴。 「○○ちゃん、本当にいやな子なんだよね。ぶりっ子でさ。ありえない。」 「そうだよね。たいしてかわいくないくせにさ、男の子の前だと声が違うよねー。うざい!」 これは、悪口。人相が悪くなっています。 主語が違いますね。わたし、を主語に、さらっと事実を言いましょう、上手に愚痴りましょう 相手を主語にして、そこに、悪意、そねみ、ねたみを含むと悪口に。。 幼児期には、事の善悪を正しく伝えるのが大事なことはもちろんですが 子どもも大きくなってきたら、いろんな矛盾を抱える年ごろになったら・・・ 先生とは違う、その家なりの基準を持った 弱いところも出せる、愚痴も言える、おおらかな家庭でありたいものです。 ちなみに我が家の基準。 勉強より、元気に通って、友達、部活、GF,BFが大事。 |
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昨日の朝日新聞に 素敵な言葉を発見。ご紹介します。 学力低下問題への、子どもの視線や特性、子どもの幸福、へポイントを置いた、 素晴らしい実践者ならではの、提言です。 文部省の人たち、塾大好きなママ、パパたちにぜひお読みいただきたい言葉です。 2007.5.10.(木)朝日新聞 P15 オピニオン欄 私の視点ワイド 学力を考える 「見守る教育」試してみよう 宮本 哲也 算数教室主宰 私は首都圏某所で小さな算数教室を細々と営んでおります。 今日は、私が実践している、「ゆとり教育」でも「つめこみ教育」でもない 第三の教育についてお話させてください。 ゆとり教育もつめこみ教育も「子どもをいかに伸ばすか」という発想は同じですが、 これがそもそもの間違いで、「人が人を伸ばすことなどできない」というのが今のところ私の結論です。 完成された人間である大人の自分が、 未完成の人間である子どもを自分のレベルまで引き上げようという考えは間違いであり、 傲慢以外の何物でもありません。 確かに大人は知識と経験においては子どもよりも一日の長さがありますが、 人間としての未熟さという点では大差ありません。 学べば学ぶほど世界の広さ、そして自分の未熟さを思い知らされますよね。 私たち大人にできることは子どもが伸びる適切な環境と材料を提供してただ見守ることだけです。 学力とは、いい学校に入るために必要なのではなく、よりよく生きていくために必要なのです。 生命力と言い換えてもいいでしょう。 私が子どもたちに望むことは、一つの問題に対して10分間、 集中して頭を使い続ける姿勢を身につけるということだけです。 わからなくても、解けなくてもひたすら考える、これこそが学問の王道です。 結果を求めることをあせると全てが壊れます。 解けた問題の数だけ学力が上がるわけではありません。 頭を使った分だけ賢くなるのです。 努力の見返りは結果ではなく、成長だと考えれば どんな難問に出会っても怯む(ひるむ)ことがなくなるでしょう。 こういう話をすると「では、伸びない子はどうすればいいのか」という質問が必ず出ますが、 そういうことは、できない子が自分の頭で真剣に悩まないと何も進展しません。 私自身、子どものころ、勉強ができませんでした。 「こんなに何もできなくてどうやって生きていくのかなあ」 とぼんやり悩んでいましたが、 中学2年のとき、「得意なものは何もないけれど、それでも一番可能性があるのは勉強だろうな」 という結論に達しました。 できない子に手を差し伸べるのは大人の自己満足だけで、そのこの自立、自覚を遅らせるだけです。 また、学力を身につけることを生活の最優先にしてはいけません。 生活の基盤は、睡眠、食事、運動に置くべきで、学習は4番目と考えましょう。 子どもと接する大人の中には 「子どもは放っておくと怠けるから無理にでも勉強させないといけない」 と考えている人が多いと思いますが、 強要されることを嫌うのは大人も子どもも変わりません。 環境と材料だけを提供してじっと見守りましょう。 「ゆとり教育」でも「つめこみ教育」でもない第三の教育、「見守る教育」をためしてみませんか。 ただ一つだけ注意いただきたい点があります。 「見守る教育」を「見張る教育」にしてしまうと、子どもは絶対についてきません。 冷たい目で見張るのではなく、温かい目で見守りましょう。 きっと今よりはうまくいくはずです。 「見守る教育」は「強い子に育てる教育」でもあります。 おとなの「信じて待つ」という姿勢も問われます。 59年生まれ。いくつかの大手進学教室を経て 93年宮元算数教室を設立。 教室の方針は「教えないこと」。 「強育論」「賢くなるパズルシリーズ」など著書多数 さて、如何でしたか。 たくさんの子どもたちと、真正面から接してきた方のことば。 説得力があります。 見張る教育・・・今の多くの子が、この見張る教育のもとで窒息しています。 見張られ、塾に追いやられ、勉強だけを要求され 自由な時間を奪われ・・・アップアップした結果が、ストレスのはけ口が 陰湿ないじめへとつながるという指摘が数多くあることも見逃せません。 この先生が行っていることは、決して放任ではありませんね。 その子にぴったりの環境と材料をきちんと準備する。 そして信じて見守る。 こうすることで、子どもは生き生きと、自分から伸びてゆく。 子どもは本来伸びる力を持っているのです。 大人が「伸ばしてやる」というのは、確かに傲慢、ですよね。 見張って伸ばそうとする・・それは大人の自己満足、そこには醜い支配欲が垣間見えます。 牛を水辺に連れて行っても、無理に飲ませることはできない。 子どももおんなじですね。 伸びない子どもも、ああしろこうしろと指図されると、ただ反発するだけ。 大人からのおせっかいは、自分で、真剣に考えることをかえって阻害してしまうのでしょう。 大学でも会社でも、レールの上をひたすら走ってきた指示待ち症候群の若者は 評判が最悪ですよね。。。 学力は生命力。この言葉を心にとどめたいと思います。 たくさんの塾が、親が、見張って身につけさせているものは、 実は、学力ではなく、知識とテクニックに過ぎません。。 ぜひ、生きる力たる、本物の学力をわが子に!! 信じて待つ・・これは大人の側に結構忍耐のいることかもしれません。 でも、これができて初めて、自分自身が確かな大人になれた、というべきでしょう。 子育てで、大人も成長するのですね。 |







