荒野のフリンヂ

次回フリンヂLIVE 2月15日 千葉 瑞庵2

日本のロック

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清志郎&つれれこ社中

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清志郎氏の死の衝撃が冷めやらぬという感じの今日この頃です。

なんだか日に日に悲しくなって来るのね…

想像以上に大勢の方が記事に取り上げているし、あまりにも大きなことのでなかなか書けずにおりました。

イカ天でおなじみの元セメントミキサーズの鈴木常吉氏のブログを見ていたら忌野清志郎&つれれこ社中の共演の「トランジスタ・ラジオ」が貼ってありました。

もう、10年位前になるのかな?ビートたけしとトータス松本とユースケサンタマリアがやっていた「新橋ミュージックホール」という番組があってそこの出演した時の映像だと思います。

You Tube見ていると「トランジスタ・ラジオ」色々出て来ますが最も異色なバージョンかもしれませんね。

この組み合わせがなんだか懐かしく、うれしくなったので追悼の意味も込めて短いけれど貼らしてもらいます。



つれれこ社中はアコーディオン、三味線、太鼓という編成の知る人ぞ知るというバンド(?)でした。

常さん今はつれれこ社中での活動は休止したようですが、アコーディオン担いでのソロや三上寛さんなどとのセッションワークなどを現在も精力的にされています。

三味線の上野茂都さんも本業のゲージュツの他に高円寺の「円盤」で定例会をされているようですね。

ちなみにお兄さんはゲルニカなどでおなじみの上野耕路さんです。

実はつれれこ社中が活動を始めた同時期に第二期セメントミキサーズを一年ほどやっていました…あまり知られていませんが(笑)

そこでちょっとした縁でアタクシがギターを弾くことになったのです。

当時、好意を持っていたパーカッショニストの女性が居て、彼女を誘ってバンドのお膳立てみたいなことをしたのですよ。

ロックバンドのフォーマットとつれれこ社中みたいな音楽が平行して活動出来れば良かったのだけれど、プライベートな問題もあってアタクシ抜けることになってしまった。

いかんせん若かったですね。

しかし、バンドも恋も実らなかったけれど常さんの横でギターを弾けたのはいい経験でした。

ミックとキース、清志郎とチャボの例を挙げるまでもないけれど最高のボーカリストの横でギターを弾くってギタリスト冥利に尽きるのですよ。

今はボーカリストとしてやってますが常さんから受けた影響は清志郎氏と同じくらい大きいかもしれないなぁ。

写真はなんだかライブハウスと言うよりはどこかのお祭りみたいですが、最後に出た原宿のクロコダイルでのライブからです。

当日はものすごい台風が来て東京中に水が溢れた日でお客さんもひとケタだった思い出があります。

ライブ本番は結構飲んでいて記憶があまり無いわ(爆)

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頭脳警察

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村八分もそうですけれどやはりその時代の空気を感じることが出来る音楽や映画がアタクシは好きみたいです。

ことに60年代末から70年代初頭の空気が好きなのですね。

小さいながらもすでに生まれてましたから様々な記憶の断片は残っていますし、空気を肌で感じていたのでしょう。

中でも安保闘争に絡んだ事件…よど号だとかあさま山荘だとかはインパクトが強かった。

革命、闘争という言葉の意味もわからず、ただ何かと闘っている人がこの世の中に居るんだと漠然と思っていましたよ。

あと、通っていた小学校のそばに中核派の拠点があって、その目の前のバス停で通学をしていたのです。

よく注意の連絡が来ていたのもリアルな体験でしたね。

もう10年早く生まれていたら学生運動に参加していたかもしれません。

いや、アタクシが左翼思想の持ち主ということでなくて、その時代のエネルギーにきっと飲み込まれてしまっていたことでしょう。

なんでこんなことを書いているかというとここのところ頭脳警察を聞いていたからなんですね。

ファーストアルバムは発売中止、セカンドは放送禁止が何曲かあったのかな。

それが今ではフツーに聞くことが出来ます…時代は変わった。

再結成も幾度かされていますが、最初の6枚のアルバム…ことにファーストからサードは聞く機会が最近ことに多いですね。

中島貞夫監督渡瀬恒彦主演のATG作品「鉄砲玉の美学」のオープニングにも使われたこの曲を中学生の時に聞いて大変衝撃を受けました。

当時、パンクムーブメント花盛りの頃でしたが「なんだ、ずっと前から日本にもパンクがあったんじゃん」と思いましたよ。

「鉄砲玉の美学」より頭脳警察/ふざけるんじゃねぇよ


次はファーストアルバム収録のこの名曲。

ヘルマン・ヘッセの詩にパンタが曲を付けたこの曲の絶望感と美しさはなんでしょう。

再結成後の映像ですが貼りましょう。

後半はご愛嬌。

けど、彼も実は結構パンクな人なんじゃないかな。

頭脳警察/さようなら世界夫人よ


今のロックって何だ?

そうそう、最近うちのバンドのギターのトシが友川かずきさんのライブを見に行った流れで、頭脳警察のパーカッショニストである石塚俊明さん…トシさんと勢いで新宿ゴールデン街へ飲みに行ったそうです。

WけんじならぬWトシ(笑)

ここには書けないおもしろいエピソードがあったようです。

ゴールデン街か…70年代はまだ終わってないのかもしれないですな。
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昨日、渋谷で飲み会があって終電を乗り過ごしてしまい、仕方がないからTSUTAYAで本を買って始発までマックで読んでいました。

前々から読みたかった「村八分」山口冨士夫著。

山口冨士夫さんという方は音楽だけでなくライフスタイルから物の考え方すべてがカッコや口だけでなく真にロックそのものという数少ないミュージシャンのひとりだと思います。

GSバンドのダイナマイツでデビューして以降カウンターカルチャー、フラワームーブメント、ヒッピーカルチャーのど真ん中を生きてきたギタリスト。

この本は彼が60年代末から70年代初頭の村八分結成前夜から終焉までのことを中心に語った本です。

村八分というバンドは音楽的にはストーンズマナーのシンプルなものですが、今の品行方正な音楽ばかり流れているシーンとは対極にあるような毒とエネルギーに溢れていました。

ただ、この本を読んで思ったのはただ勢いだけの粗野なロックバンドじゃなかったということですね。

当時の東京と京都の音楽シーン、ロックシーンを語る上でも貴重な一冊です。

冨士夫さん以外は音楽的には素人同然ながらチャー坊さんをはじめ、新しい日本のロックを作ろうという意識が高かった。

ストーンズだってそうだけれど、演奏力なんて後から付いて来るものです。

冨士夫さんはとにかくかっこいい奴、ヒップな奴とロックしたかったようですね。

ドラッグの話しなんかはいい悪いは別にして反省するようなことは全く無く、肯定的ですらあるのが実に冨士夫さんらしかったですね(笑)

当時、ザバンドとTレックスが好きだった…と語るあたりは今の自分の音楽活動に照らし合わせてシンパシーを感じました。

最初のソロアルバム「ひまつぶし」にもそのあたりがよく出ていたと思います。

ルーツミュージックとファッションの先端をいくような音楽が矛盾せずに同居しているのですね。

冨士夫さんからどこがどう影響を受けているのは自分でもよくわからないのですが、CDを評して頂いたANDREWさんに歌い方が似ていると書かれたのでドキっとしましたね。

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当時の映像がほとんど無いのですがBOXセットのプロモを見つけました。

このBOXはいずれ箱物の書庫で取り上げようかな。

村八分BOX Promo Trailer


う〜ん、かっこいい。

こんなにグラマラスなバンド当時は他にあまり居なかったんじゃないかな。

ことに冨士夫さんは眉を落としてメイクもキメていましたからボウイのようです。

最後に「村八分 ライブ」から曲のみですが貼りましょう。

本当はオープニングの問題曲「あッ!!」を貼りたかったけれど見つからなかったのでこの2曲を。

アタクシ、チャー坊さんの詩の世界からも影響をかなり受けているかもしれないなぁ。

村八分/んッ!!


村八分/鼻からちょうちん


冨士夫さん昨年、闘病からライブに復活したと聞きました。

ライブは見られませんでしたが還暦間近になっても相変わらずロックしている姿が目に浮かぶようです。

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ジュリー

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私が洋楽のロック・ミュージックに触れるようになったのは小学校の6年生位からでした。

それまでは音楽といえばやはりTVの歌番組であり歌謡曲であったわけです。

今思うとやはり、当時のジュリーは他のアイドルとは一線を画していましたね。

もちろん、GS時代からジュリーはロックしていたわけなんですが、まだJ-POPなんていうもんが無い日本の歌謡界と言うシステムの中でロックしていたアーチストというのはおそらくジュリーしか居なかったのではないでしょうか。

ロッカーであり、アイドルスターであり、ヒット曲を確実に生み、バラエティ的な番組にも出て笑いが取れ、役者もこなす…今でもここまで出来る人はそう居ないでしょう。

ましてや、1970年代にそれが出来た人は皆無。

ジュリーのシングルヒットの数々は歌謡曲とか、ロックだとかいう垣根を飛び越えていつまでも私の心に残っています。

ここのところアルバム時代からの愛聴盤「ROYAL STRAIGHT FLUSH 1〜3」をI-Podに入れてことあるごとに聞いています。

タイガースの頃からPYGそしてソロとなってからのジュリーには人それぞれに色々な思い入れがあるでしょうが、私はこの中だと70年代が中心のNO.1ばかり聞いちゃいますね。

私は意外と一番歌謡曲色が濃い時期のジュリーが好きだったりするのですよ。

子供だったからアルバムは買えなかったのでもっぱらシングルだったせいもあるかな。

レコードでの楽曲は歌謡曲寄りの立ち位置だったけれども、ライブではかなりロック色を出していたとよく聞きますよね。

この時期のライブをナマで見ていないのが残念でなりません。

You Tubeはシングルのヒット曲数々はあちこちの記事で見掛けるので、何年か前にCD、DVDがリリースされた内田裕也プロデュースの「ONE STEP FESTIVAL 1974」から貼りましょう。

バックはもちろん井上堯之バンド。


1974 One Step Festival/沢田研二&井上堯之バンド/恋は邪魔もの


1974 One Step Festival 2 /沢田研二&井上堯之バンド+内田裕也/恋の大穴


1974 One Step Festival 3 /沢田研二&井上堯之バンド/追憶



これは不覚にもCD、DVDで発売されていたのを知りませんでした。

ドキュメンタリーとしての映像が残っていたらしいですが、他の出演者がものすごいので見てみたくなりましたよ。

ジュリーの衣装はやはり時期的にグラムっぽいですよね。

この日の出演者の中では飛び抜けています。

しかし、大野克夫さんすげ〜メロトロンをステージに持ち込んでいてびっくりだわ。

いかにも歌謡曲的で大仰な「追憶」をこういう風にステージでやっていたとは…

今や重鎮俳優の岸部一徳(修三)さんも独特なゴリゴリのベースを弾いています。

レコードなど聞いていてもすぐに岸部さんだとわかるベースプレイはもっと評価されていても良かったし、「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」のテーマソングでのプレイも忘れられませんな。

井上さんのツボを押さえたギタープレイも素晴らしいし、この時期はギターに速水清司さんが加入してドラムスも田中清司さんかな?バンドとしてもよくまとまっています。

関係者も色々写っていますが、ステージで共演している内田裕也さんは考えてみるとタイガースを東京に呼んだ張本人ですもんね。

80年代のロック色を前面に出したEXOTICSも悪くはないけれど、デジタルっぽさが鼻につく部分もあるのでこの時代のライブ映像はやはりいいなと思いました。

次のフリンヂのライブでジュリーの影響が出るかも(笑)

果たして如何に相成りますか。

じゃがたら

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日本のロッカー、ロックバンドという範疇で自分に大きな影響をもたらしたアーチストというのはさほど多くはないのです。

ブログネタをご覧頂ければわかるように、映画音楽とか歌謡曲(GSもこれに入れていいかな?)の方がむしろ多いかもしれません。

そんな中、バンドなどをやっていて無意識に影響が出ちゃうのがじゃがたらというバンドですね。

バンド活動を再開した当初、長い付き合いの友人がしばらくぶりにライブを見てくれて、「なんか、じゃがたらのようだったよ」と好意的に言ってくれました。

否定したい反面やっぱりかぁ〜とも思ってしまいます。

じゃがたらと言うバンドは見たことのない人には非常に説明しずらく音もつかみ所が無いのですが、その音楽だけ取り上げるにしてもパンクロック、ファンク、レゲエ、ワールドミュージック、ジャズ、フォーク…などと様々な要素が絡み合っています。

バンドに参加しているミュージシャンも様々な活動のフィールドを持っていますしね。

それを書くとキリがない。

でも、結局のところ何がじゃがたらというバンドを成立させているかと言えば江戸アケミの存在ということになるでしょう。

それをまた説明するのがまた困難なのでYou TubeからTV東京「YOUNG TOUCH」出演時の有名な映像から。


暗黒大陸じゃがたら/HEY SAY!〜タンゴ



暗黒大陸じゃがたらの頃だったのかな…おそらく1982年の「南蛮渡来」の頃。

乱入、格闘したのはハードコアパンクバンドのGISMの人だったか…撮影スタッフは演出なのだと思ったらしいが、それにしてもよく放映されたものです。

…いや、こんなの見ても本質はつかめないかな。

この翌年かなアケミが本当におかしくなって一時入院しちゃうのは。

じゃがたらが活動した時期は世の中がバブルに浮かれていた頃で、アケミは世の中のうそ臭さやインチキ臭さを攻撃していましたね。

世の中が狂っているのか、ただアケミが狂っているだけなのか。。。

そんなじゃがたらも紆余曲折あってJAGATARAとしてメジャーデビューすることに。

世の中が浮かれ踊る中、バンドも見た目にも音楽的にも洗練されて踊るようになるわけですが、それも決して浮かれた踊りじゃなかったような気がします。

少なくともアケミひとりは。

でも、音楽的にはおもしろいと思ったな。


JAGATARA/裸の王様



アケミの最後はあまりにもあっけなかった。

風呂で溺死って…事故なのか何なのか謎めいていて、ロックミュージシャンらしい死に方と言ってしまえばそうなんだけど残念でしたね。

大所帯のバンドってのは色々な意味で維持していくのが大変だから、生きていれば遅かれ早かれアケミも遠藤ミチロウのように弾き語りでもするようになったのかなぁ〜と思ったりします。

最近CDを買いなおしてよく聞いているのだけれど、どんな気持ちで歌を作って、歌っていただろうなと考えますよ。

あんまりいい言葉ではないけれども人間の本質にはどこかキチガイじみたところがあるような気がしますね。

そこに近づくのはある意味タブーなのかもしれないれど、私も歌を歌っていて頭の中のどこかにそのことが常に引っかかりあるみたいです。

この記事はディスクレビューじゃないから決してオススメはしません。

でも、そんな音楽もあるのだということです。


JAGATARA/つながった世界

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