荒野のフリンヂ

次回フリンヂLIVE 2月15日 千葉 瑞庵2

昔話

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1977

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ギターをはじめて手にした年です。

この写真はもっと後だね。

頭にパンティー被ってます…なにやっているんだか(汗)

中学一年生になったばかりのこと。

音楽はもちろん好きだったけれど、実際に自分で演奏しようという気持ちはまだ全く頭に無かった。

たまたま親友の父親が楽器の卸しをやっていて、安く手に入るからギターを買わないか?と誘われたのね。

何の知識も無くいきなりギターと言ってもわけがわからず、気がつくとスズキ製の安いアコースティックギターを買わされていた。

さて、家に持ち帰ってどうしたものかと…とりあえず教本を買わないといけないと近所の比較的大きいレコード屋さんに走って一冊買って来た。

なんせ、チューニング?なにそれというレベル。

家にはピアノも無いし基準になる音も取れない。

本によると音叉という便利なものがあるらしい。

またまたレコード屋さんに走って幸い音叉を置いてあって手にすることが出来た。

その後、チューニングをするのに数日掛かったんじゃないかな。

よ〜し、まずは課題曲からだ「荒城の月」…なにそれ知らないしそんな曲。

私は当時ビートルズを入り口に流行の洋楽ロックを好んで聞いていたから、そういうのがやりたかったのに教本のどこ探しても出て来ない。

銀座Nowの洋楽コーナーで流れていたビデオクリップみたいな曲をを弾きたかった。

たとえば…

Queen/We Are The Champions'

Kiss/Hard Luck Woman


どうもこの教本最終的には「禁じられた遊び」を弾こう!みたいに書いてある。

なにそれ〜って感じ。

今思えばクラシックギターの初心者教本だったのね(笑)

でも、なんだこれ、もうや〜めた…とはならなかったんだよねぇ、これが。

そんなズッコケぶりがすべての始まりだったのだからおもしろいもんだ。

その後、その友人からエレキもアンプも購入してロック人生がスタートすることになるわけです。

そいつが友達じゃなかったらギターを手にすることも無かったんじゃないかなとふと思う。

彼は勉強もよく出来て今や良家の子女が大勢通う某超有名私立小学校の教師になっています。

ノートもよく写させてもらったし、宿題なんか電話で答え聞いて書いたりしたもんですわ。

なんだろね、そういう恩義もあったからギター買ったのかなぁ。

今でも年に一度中学の恩師を囲む会みたいなので顔を合わせるんだけど、私がいまだにこんなことしているのはお前さんのせいだよって思っちゃう。

もう、親父さんはとうに楽器の卸しはやめてしまったみたいだね。

でも、よかったよ。

あの時に君がギターを買わない?て誘ってくれなかったらもっと味気ない人生だったかもしれないからさ。

最後は…洋楽好きだったけれどやっぱりこの時期のジュリーは最高だったなぁ。

沢田研二/憎みきれないろくでなし

1994

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写真は1994年。

渋谷のクアトロの前で当時手伝いでちょこっとギターを弾いていたバンドで路上ライブやった時のもの。

クアトロに出演していたわけではない(笑)

よくは覚えてないけれどその日のライブの客の呼び込みを兼ねていたのかな?って記憶です。

当時30歳…髪の長さは今とさほど変わらないけれど量が違う…(汗)

冬だったようでバーバリーのトレンチなんか着ています。

で、このとき弾いていたのがサンバーストのギブソンJ−200というアコースティックギター。

いわゆるジャンボサイズというやつでわかりやすいところで言うとキヨシローさんなんかも50年代のヴィンテージ使ってましたね。

ストーンズのキースなんかも結構使っていたんじゃないかな?

60年代末〜70年代にかけてのアルバムを聞くとそれらしい音を耳にします。

しかし、この写真のギターその後生活に困窮したために手放してしまいました。

これは1968年製で当時もそれなりの金額を出して買ったけれど、今はさらに高騰していて同じものはもう二度と買えないだろうな。

ライブステージではエレキしか使っていなかったから人前で使用した唯一の機会。

あんまり鳴らないギターだったからこの時のバンドのボーカルの方は結構パワフルだったので目一杯かき鳴らしたけど完全に負けた。

ネックもこの年代のギブソン細くて手がごついアタクシには弾きづらいギターでもありました…でも、やっぱり見た目はいいよなぁ…いま、アコギが欲しくて、欲しくて仕方が無いからちょっと後悔。

この年のヒット曲でいちばん好きな日本のロックを。

奥田民夫/愛のために


1994年と言えば自社さ連立、村山内閣の頃ですね。

この頃は父親と国分寺で商売をしていた時期で、言ってみればすねかじりで安泰だったわけだけれど…数年後にはそれも崩壊。

個人的なバブル崩壊(涙)

15本くらい持っていたギターもいま手元にあるのは2本だけですよ。

でも、あらためてまたアコギを買おうなんて考えられるようになったんだからアタクシがんばったんだな…というかラッキーでした。

まぁ、たまにはそんな自分にご褒美をというカンジでしょうか。

楽器屋に行けないのが最大の悩み。

ネットで色々見ているけれどやっぱり音が感じられないと辛いわ。

予算に限りはあるけれどそこそこの年代もので財産として残せそうなヴィンテージもの(笑)かライブでの使用重視でピックアップ内臓の比較的最新型を買うかで揺れています。

それもまた楽しだけどさ。

1989

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写真は1989年…ぼちぼち20代も後半に足を踏み入れようとしていた頃です。

バンド活動は80年代の後半スランプに陥ってまともな活動が出来なかった。

たまたま音楽雑誌のメンバー募集欄を見ていたら当時近所に住んでいる女性ドラマーがギタリストを募集していたのです。

知っている人は懐かしいでしょ…音楽雑誌のメンバー募集ページ。

インターネットなんてなかった頃のオハナシだものね。

ちなみに今やっているフリンヂはインターネットのサイトから生まれたバンドなのですよ。

で、まもなく90年代にも入ることだし気分転換に一丁やってみるかと連絡を取りバンドに加入しました。

バンドはボーカル、ギター、ベースが女性で男はアタクシひとりきりという編成。

ハーレムだね(笑)

まぁ、正直言って上手いバンドじゃありませんでした。

アタクシが加入する前は音楽的にはパンク・ニューウェイブをベースにしたものをやっていたけれど、当時ロックに飽き飽きしていたアタクシはリズムを強化させてワールドミュージック的なバンドをやりたかった。

お手本にしたのが80年代の後半にちょっと話題になったイギリスのAMAZULUというグループです。


Amazulu/Excitable



ブレイブ・コンボとかマノ・ネグラとかロック側からのワールドミュージックへのアプローチがおもしろいと感じて遡ってコアな物も聞くようになりました。

ソカ(ソウルカリプソ)なんてジャンルはAMAZULUで初めて知ったような気がする。

でもこれをきっかけにマイティ・スパロウなんて聞くようになったんだよな。

AMAZULUは一見、アイドル風な感もあるのだけれど音楽的には幅広くやってましたね。

特筆するような大ヒットは無いものの、レゲエ、カリプソ、ソカ、アジア、ニューオリンズなどと言った音楽がごちゃ混ぜで80年代的なデジタルビートに乗せて実に楽しいバンドでした。

80年代のデジタル臭い音楽は苦手と常に言っていますが、このグループに関してはなぜか違和感を感じなかったのです。

バナナラマなんかにも通じるセンスがあるわね。

これなんて実にかっこいいですよ…ヒューイ・ピアノ・スミスの代表曲を80年代風に料理。

Amazulu/Don't You Just Know It


バンドは1年ほど続いたかな…オリジナルも作りライブやレコーディング(カセット!)も結構やったけれど自然消滅しちゃった。

ドラムをやっていた女性とはその後しばらく親交があって他にもバンドをやりましたよ。

彼女、シンコーや音楽専科社でグラフィックデザイナーやっていて業界の裏話などもよく聞いたものです(ちょっとヤバイのでここでは書けない)

ひとつ年上でさ…実は正直アタクシは彼女にちょっと気があったのね(汗)

でも、彼女にはスタジオミュージシャンやっているプロのギタリストの彼氏が居たので無理でしたわ。

つのだひろさんのスクール通っていたらしくて小柄だったけれどドラミングはパワーはあった。

ボーカルの娘は顔がスージー・スーにちょっと似ていたな。

大中でバイトしていた不思議系の女の子でした。(なんとなくわかるでしょ  笑)

当時20歳位だったから今は40前後だね。

無事、嫁に行けたかしらん?

1979

イメージ 1

ちょうど30年前ですね。

中学3年生の童貞ギター小僧でありました。

新大久保の記事で書いた逆ナンパされてお尻を狙われた頃だわね(笑)

このモノクロ写真は変色しちゃってなんだかわかりずらいですが、音楽室でバンドの練習をしていた時に隣にあった写真部の誰かが撮ってくれたと記憶しています。

制服のままだね…ストラトはアタクシのじゃないな〜誰かの借りているみたい。

おそらく人生の中でいちばんギターを弾いていた時期じゃないかな。

技術的にはこの頃から進歩していないかもしれません(汗)

80年代初頭はパンク道一直線で技術的な向上心が全く無くなっちゃった。

コピーもかなりやりましたがリードギターよりもむしろリズムカッティングを好む傾向はこの頃からすでにあったね。

フュージョンブームなどもありましたがインストよりかは歌物の方が好きだった。

この年の沖雅也主演のTVドラマ「俺たちは天使だ」の主題歌を気に入ってコードカッティングをスゲー時間掛けてコピーした記憶があります。

懐かしの夜ヒットから。

SHOGUN/男達のメロディー


最近、「俺たちは天使だ」リメイクされたの??

そう言えば、松田優作の「探偵物語」もこの年に始まって音楽もSHOGUNだったですね。

ドラマ自体のおもしろさと音楽とが一体となっている感じなのは一緒。

SHOGUNは芳野さんをはじめスタジオミュージシャンの集まりだから上手いのは当たり前として、カラッとしたファンキーなアメリカンロックサウンドがイカしたバンドでしたな。

アタクシの初ステージもこの年の学園祭。

野外にステージ組んだりして本格的でしたよ。

この頃はバンド活動をしているグループ自体が少なかったから寄せ集め的でプレイする曲もメンバーの好みでバラバラ。

化粧品のCMソングのヒット曲から一曲やりました。

これは確かアタクシがリードをやったと思う。

桑名正博/セクシャル バイオレットNo.1


ファニカン解散後、松本隆&筒美京平作の「哀愁トウナィト」、「サードレディ」など歌謡ロック、ディスコロック路線の曲でブレイクしていましたね。

物まね上手で目立ちたがりやメンバーN君のリクエストで、桑名さんが好きと言うよりは完全にウケ狙いだったかなぁ。

ちなみに彼は後年ダディ竹千代&東京おとぼけキャッツのキーボーディストになりました。

スティービー・ワンダーの物まねが売りだったみたいね(わかる人にはわかる 笑)

他にも学祭では甲斐バンド、ディープパープル、サディスティックミカバンドなんかやったんじゃなかったかな?

ike7net(越後屋)さんどうでしたっけ?(彼は同級生で同じステージに立っていたはず)

最近年のせいか記憶も怪しいのよ。

1990

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こういう記事書いていてなんだけど、過去を振り返るというのは自分の人生の総決算みたいでちょっと抵抗あったのですよ。

これで終わりじゃないからね…今が全盛期だからさ。

ただ、なんとなく自分の現在の立ち位置を確認するためにもいいのかなって気がして書いている次第です。

あと、このブログにコメしてくださる皆さんのその時代の思いというのもとてもおもしろいもんでね。

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過去を振り返らず前進し続けるアーチストというと私の場合二ール・ヤングが真っ先に出てきますね。

1960年代からのロックアーチストでパンク以降の世代にリスペクトされているアーチストというのはそんなに多くはありません。

ニールヤングはそんな数少ないアーチストのひとりと言えるでしょう。

そして自分にとってもそうです。

ニールヤングの重要アルバムはいくらでもあるのだけれど、90年代の幕開きに出された「傷だらけの栄光/Ragged Glory」は自分自身トンネルを抜け出すきっかけになったアルバムでした。

ふと考えてみると今の自分の年と同じニール45歳の頃の作品。

タイトルがまずいいと思ったね。

傷だらけでも栄光を掴んだんだからいいじゃねーかという気もしますが、彼の場合自ら栄光に傷をつけている節もあるから日本語タイトル付けた人は上手い。

ことニールに関してはメッセージ性とか、支離滅裂とも言えるマイペースな音楽活動が言われることが多いですが、このアルバムを聞いたときに思ったのが単純に「ああ〜バンドってやっぱいいな」ということでした。

サウンドはクレイジーホースを従えたいたってシンプルなサウンド。

轟音ギターもうホント弾きまくり。

オーバーダブもほとんど無さそうな一発録り的なものでミストーンもそのままにギターのフィードバック音まで無修正という感じです。

昔馴染みが集まってそ〜れってな感じ。

あんまり音は良くないですがこのアルバムから…最近、レパートリーにしていたみたいです。

Neil Young/Love and only Love


アタクシ、このアルバムを聞いたのとほぼ時を同じくして7年ぶりにバンド活動を再開させました。

大きくブレイクすることは無かったけれど、おかげで90年代前半から中盤に掛けては充実したバンド活動をすることが出来ましたね。

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そして、今。

まぁ、こういうおっさんが還暦もとうに過ぎているのにまだやっている。

もっと早くに死んでいたら伝説になっていたことでしょうに。

でも死なない。

老獪を晒してもしぶとく行き続ける。

クラプトンみたいにちっとも渋くならないあのヘロヘロボーカルで相変わらず歌っています。

45歳の自分が二ールと同じ64歳になったときにどうしているか。

19年後のアタクシに期待していてください(汗)

おまけ…その時代を思い返すにはTVCMが良かろうと。

懐かしCM 1990年深夜のCMまとめて10本


う〜ん、実はアタクシこの頃からTVはあまり見なくなっていた…宮沢りえは好きだったけどね「サンタフェ」持ってるし(笑)

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