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宇宙企画、VIP、KUKI…このあたりの会社名にピンと来た方は同世代ですかね(女性のブロガーの方ごめんなしゃい…) アダルトビデオがAVという呼ばれ方になったのはいつ頃からでしたか? それも最近ではあまり聞かなくなって来ましたな。 そりゃ、パソコンを開けばいくらでも無修正の動画が手に入る時代なのですから当たり前ですわね。 そもそも近頃アダルトビデオ、DVDをしみじみ見ることは無くなりましたよ。 にっかつや東映のポルノは好きで見ますけれど、あれは映画作品として鑑賞しているのでいわゆる「抜く」ためのものではありません。 映画と同様に作品の質うんぬんが言われることもありますが、やはりAVの質というのはいかに「抜けるか」ということになろうかと思います。 ベータ対VHS戦争などというのがあって爆発的にビデオデッキが普及し、それに伴いソフトが充実してきた80年代初頭〜中頃、レンタルビデオ店も飛躍的に増えました。 ソフトがまだ一本一万円台でレンタル料も大体定価の10%位でしたよね。 そんな1985年当時21歳のプータローだったアタクシはレンタルビデオ店でアルバイトを始めたのです。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 レンタルビデオ店での仕事にはダビングというのがあって、店舗にある商品でも持ち込みでも受けていました。 ダビングと言ったって何台かのデッキをただ繋いで録画するだけの原始的なもの。 定速のダビングだから結構時間が掛かりましたねぇ。 持ち込まれるビデオの大半はご想像の通り裏ビデオです(笑) 「洗濯屋ケンちゃん」と言う爆発的ヒット作が生まれた頃には一般にも裏ビデオの存在が知られるようになっていたのですね。 もちろん、空いているデッキがあればちゃっかり自分用にダビングしていましたよ(恥) 一般のビデオもコピープロテクトなんてされていなかったしまだまだ緩い時代でしたわ。 アルバイトとは言え仕事は出来た方なのですぐに仕入れなども任されるようになりました。 好きだったトリュフォー、ゴダール、フェリーニなんかのビデオを仕入れて即ダビング。 借りるお客さんなんてほとんど居ませんでしたねぇ。 社長に「おかしいな〜これすごい人気なんですよ〜」とか嘘こいてさ(爆) やっぱりなんてったって主流はアダルト。 冒頭に挙げたメーカーなどによるいわゆる本番を売りにした作品が出始めた頃でした。 ま、実際はそうでもなかったらしい…いかんせんモザイクが強すぎたからわからんしね。 いまどきの作品からしたら実にソフトなものでしょうが、それまででは考えられなかったような素人ぽい女の子が登場してヒット作が多数生まれましたよ。 この頃はアタクシ、バンドマンとしては暗黒期で巷に流れる音楽には全く関心が持てずギターは質屋に入れっぱなしという有様でした。 そのかわりビデオは見まくったなぁ。 それが多少は身になっているのかな? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 You Tubeはこの年行われた大イベント「Live Aid」から。 実はさ、暗黒期だったので当時は見ていなかったのですよ。 で、記事アップするので見ていたら特に意味は無いけれどな〜んとなくこの曲を選んでしまいました。 再結成zepは出来良くないしね。 しかし、with Ozzy Osbourneなのね…色々人間関係難しいや。 Black Sabbath with Ozzy Osbourne/Paranoid(LIVE AID 1985) レンタルビデオには延滞金がありますけど、あの頃は一日のレンタル代をまるまる遅れた日にち分かけて請求していたのですよ。 だからすぐに1万円位になっちゃう。 確か最高で10万近く払った人が居たんじゃないかな?店長が家まで押しかけてふんだくって来た。 ちゃんと電話したり葉書出したりして返却をお願いするんだけど高利貸しだねまるで(笑) それからまだバーコードで管理していない頃だから手書きのカードに貸出日と返却日を書くのよね。 今だから書けるけど、よ〜く延滞金ちょろまかしましたよ(汗)…だって延滞金もらって期日通りに返却されたように書けばいいわけだからさ。 それもみ〜んなおあそび代に消えちゃったな。 どんなおあそびだったのかは言えないよ。 まぁ、そういう時代があって今のアタクシがあるってことですよ。 そのあたりはフリンヂの歌詞を聞いてご想像下さい。 最後は超盛り上がっていますね。 やっぱりロケンロールはやめられねぇ〜♪ Status Quo/Rockin' all over the world (LIVE AID 1985)
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