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人生は穴を掘って、その穴を埋める作業だな、
と考えてたら眠れなくなったから 穴を掘って埋めるでググったら まるでその通りだなという記事があったので てんさいします。 ・・・・・゜゜゜・・_(┐「ε:)_ 人は意味がないと動けない http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkaqw906/imiganaitohatarakenai.htm より転載 人間にとって意味もわからずやらされる行動は「拷問」を意味することになるかもしれません。 例えば、ギリシャ神話には、ある罪を犯し、その罰として、ゼウスから意味のない行動に永遠に従事させられるシーシュポスという人が出てきます。 彼に科せられた罰というのは、山の頂上に大きな石を運んで乗せるという仕事なのですが、意地悪なことに山の頂上は尖がっており、乗せたと思ったら石はあっという間に山の下まで転がり落ちてしまうのです。 仕方なくシーシュポスはまた石を山の下から頂上まで運ぶ仕事を続けるのです。 このような意味がない、成果のない労働が永遠に続くのです。これは人間にとっての拷問を意味します。 中略 また、かつてシベリアの強制収容所には、こんな強制労働があったと言われています。 朝、シベリアの凍土へ行って、穴を掘ります。昼の休憩の後、朝掘った穴を埋める作業をします。それで一日の仕事が終わります。 翌日もその翌日も同じように掘った穴を埋める作業を繰り返させられます。これは拷問を意味します。 逆に意味さえ自分の中で見出していれば、私たち人間はどんなに過酷な状況にも耐えて、良い人間として生きていくことができます。 ユダヤ人で、ナチの強制収容所に収容された経験のある(←本文を簡素化しました) 精神医学者フランクルは、過酷な強制収容所の中で、その環境に耐えられることができたのは、屈強な身体をもっていたものではなく、 「生きる意味(こうまでして生きる意味とは?)」 もしくは収容所での「苦痛の意味」、 「死ぬ意味」(このような無価値な労働に耐えなければならない意味は?こんなところで死ななければならない意味は?ということに対する答え) を持っていた者だったと述べています。 彼はニーチェの言葉を借りてこうも言っています。 「なぜ生きるかを知っている者は、 ほとんどあらゆる いかに生きるか、に耐える」と。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 以上転載ここまで。 人は目的がないとダメだというけど、 たしかにそうなんですよね。 無意味だと思うことをさせられるのは 拷問になるのです。 そこに意味を見いだせれば なんとか耐えられる。 だから人生に意味を求めてしまうのです。 意味が見いだせなければ、 生きることしたいが拷問になってしまう。。。 あたしが自分の人生に 生きずらさを感じているのは、 この部分なんだなと。 穴を掘って埋める作業 =無意味な作業 =拷問 =人生 やばす。これはヤバスなぁ。 この思考の流れはヤバスです。 はやく寝よ。 |
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