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風邪をひいてしまったらしい。足のマメも潰れてしまった。
ムルシアからフィステラへの道はわかりにくくて、歩いている人全員で見事に迷いまくる。
アラゴンの道ではお馴染みだった、橋のない川を歩いて越える。飛び石を伝っても足首まで水かさがある。スニーカーの人達はみな渡った先で濡れてしまった靴下をやれやれと変えている。が、私の優秀なゴローのブーツは、きちんと防水ワックスを塗ってケアしていた甲斐もあって全く浸水はない。
矢印に従ううちに、誰もいないビーチにたどり着いてしまった。アルベルゲでもらった地図によると、ルートからは外れている海岸だ。矢印をたどるとムルシアに戻る方角を指している。混乱してしまったので、誰かに道を確認したいのだが、全く人の気配がないのだから仕方がない、とあきらめて車が通るまで美しい浜辺を眺めながら、お昼ごはんにすることにした。デザートのオレンジをたいらげていると、ついに大型バイクがやって来る。おーい、と前にたちふさがって止まってもらい道を教えてもらう。矢印の通りに行けばまたカミーノに戻ることができるが、遠回りだという。もと来た道を引き返すことにしようか、どうしようと考える。とても親切なバイクのおじさんは一度別れて先に行ったのにまたUターンしてきて、私が降りてきた山道をペルグリーノたちが歩いているからついていけば、と言ってくれる。戻ってみると、結局またムルシアから出発した人達のほとんどが私と同様迷ってウロウロしていたのだった。後から考えてみると矢印は美しい海岸を通るためわざわざ迂
回するように誘っているのだが、どうも意図がわかりにくく、歩いている人達は混乱してしまうのだ。やっともとのルートまで戻って気をとりなおしてフィステラを目指す。
が、再びどこで間違えたのか、気がつくと誰もいない岬の丘をあてどなく歩いていた。ビーチにも丘の上にも人の気配がまるでない。次第に自分が今見て感じていると信じているこの世の中が、実際には全てはかない幻なのではないか、とさえ思えてくる。
なんとか人家のあるところまで戻り、ガレージで鶏をしめている最中の老夫婦に道に迷っちゃったんですけど、とフィステラの方角をきく。途中で道を尋ね尋ねして、どうにか夕方にアルベルゲに着いた。足はひどく痛むは、疲労困憊で肩で息をしているような状態だったが、オスピタレイラのベゴーニャから「どうしたの?もう休めるんだから大丈夫でしょ。」と明るい笑顔をもらうと不思議と元気がでた。先に到着していたイタリア人チームから「心配してたんだよ。いったい今まで何してたの?」と口々に言われ、迷子だったんです、と答える。
パトリックがまた野菜スープがあるよ、と誘ってくれたのでいただいて、子供のとき田園調布に住んでいた、というドイツ人のラインハルトと3人で3km先のフアロの岬まで歩く。この「地のはて」の岬で日暮れ後巡礼者たちは旅の装束を燃やすのだ。
あいにくどんより曇って夕日は見えないが、徐々に暗くなるなか、私もTシャツをたき火の火にくべる。美しい調べを演奏している人達がいる。
親密に話し込んでいるパトリックとラインハルトは置いて先にアルベルゲに戻る。ギターを弾いていたアメリカ人のミュージシャン、トーマスと楽しかった旅の思い出をそれぞれに語りあいながら帰った。
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