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アジアのお坊さん 番外編
ホームページ「アジアのお坊さん」の番外編です!!

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本や映画のタイトルなどで、「○○と○○」みたいな題が好きではないのだが、アニメの一休さんなどにもこうしたタイトルの回がよくあって、すっきりした題名を思い付かなかった時の、取って付けうなひねりの無さを感じたものだ。

それはさて置き、去年も同じことを書いているのだが、2月15日の涅槃会にちなんで、涅槃図に猫がいない理由についての私の推理を、以下に改めて少し推敲した上で書いてみる。

・猫が描かれている涅槃図もたまにはあるが、それはあくまでも、猫のいない涅槃図が基本であることを作者が踏まえた上での、遊び心による例外である。

・猫がいない理由については、摩耶夫人が天上から投げた薬壺を届けようとした鼠を阻止した猫が、お咎めを食らったために釈尊入滅の現場に立ち会えなかった云々、という伝説があるが、こうしたエピソードは、涅槃図に猫がいないことを説明するために、後から付会されたものに過ぎない。

・或いは、涅槃図に猫がいないのは、昔、インドには猫がいなかったからだと解説しておられる方も多いが、当時、インドに猫はいた。エジプト発祥の家猫がインドや中国に早い時期に広まったという事実は、猫の歴史を述べた書物に必ず出て来るし、現にブッダの入滅を描いたパーリ版「大般涅槃経」にも、猫という言葉が出て来る(岩波文庫「ブッダ 最後の旅」30頁)。
そして、その箇所の注釈部分(205頁)で訳者の中村元博士が、サンスクリットにおける「猫」という語についての解説と共に、「日本には釈迦涅槃の時に猫が来なかった云々の伝説があるが、こうして原典には猫が出て来るのが面白い」みたいなことを書いておられる。

・ブッダの伝記に関する壁画やレリーフはインドにもあったが、現在、我々が見るような「涅槃図」は、唐代以降に中国で作成されたものだ。中国にも昔から猫はいるが、十二支にも猫が入っておらず、そして、そのことに関して、やはり同様に、「十二支に猫がいない理由」的な伝説があることから、どうやらこの問題の理由は、「釈尊入滅当時、インドに猫がいなかったから」ではなく、「涅槃図が製作され始めた当時、中国で猫が重要視されない何らかの根拠があったから」ではないかと思うのだが、如何だろうか?

以上、私は仏教に関するあれこれを、探偵のように推理して考えるのが好きで、他にも「ブッダは剃髪していたはずなのに、最初期の頃から仏像に髪の毛があるのは何故なのか」という問題についても書かせて頂いている。


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