

東舞鶴の赤レンガ館や引揚記念館の案内矢印に沿って、湾岸を進みます。三浜や野原の海水浴場へは、引揚記念館の前を通るのですが、今日の目的地である佐波賀へは、トンネル手前の「若浦中学校」の看板に沿って左折します。やがて、クレインブリッジと名付けられた橋を渡り、海岸に降りる道へ左折します。
画像は、その道からクレインブリッジ方向。うぐいすが、鳴きました。カーナカナカナという蝉の声に重なります。ホーォォッケキョ。
道を降りきって、右折。2つのトンネルを抜ける内に、たくさんの子ども連れの、釣り人を見かけます。釣り船もあります。
下佐波賀の午後3時。静かです。今日は14日。8月24日には、記念のつどいがあるからでしょう。5月に見た草はすっかり刈り取られていました。ところどころに、小さな夏草が、ふたたび芽を出しています。「夏草の思いし萎えて 靡けこの山」(あの勢いの良い夏草のような 深く強い心でさえも 妻の居る里が見えなくなると しょんぼりしてしまう 山!どけぃ!)って歌があるくらい、勢いのあるものなのですね。(碑の正面画像のペットボトルは、私が、花生けと碑にかけるために、持ち込んだもの。写真を撮るのに、脇へよけるのを忘れただけですよ。)
碑の肩越しに海を見ると、船が沈んだ位置が真正面です。正面の小島の手前。1945年8月24日夕方、『浮島丸 釜山港へ向かわず』のルポで知られる浮島丸入港。岸辺では漁を終えた人々が、「おー、また1隻入ってきたな。」と思うまもなく、沈没。舟を出して救助。・・・そういうことが、碑文に記されています。『岸壁の母』で有名な舞鶴港。帰らぬ息子を待って、岸壁に立ちつくす母。・・・釜山港もまた、帰国の人々を待ちわびる岸壁であったのだそうです。
帰路、オオミズナギドリの生息地である冠島を、一目・・・と、回りました。案内看板に沿って三浜林道に入りました。たくさんの黒い羽の蝶を見かけました。撮りたいと思いながら、何となく落石跡がいくつもあるので、展望台で一度休憩した他は、待避所もないところで停車もできず、先を急ぎました。・・・果たして、観光用の広幅道路に顔を出そうとしたら、「立ち入り禁止」の三角柱。え〜〜っ、入るところにはなかったよぉ〜。
大浦ハイランドの展望所で、冠島が遠く霞んでいるのを、見ることができました。もう、鳥はねぐらへ帰る時間。
再び東舞鶴の東図書館付近まで戻ります。27号線の「大門松島」の手前に、「浮島・・・」とうい診療所がありました。浮島丸は舞鶴の船なのですね。7時です。
夜景であっても、どこか見晴らしの良いところはないものか。西舞鶴へ向かう道から急傾斜を登って、五老岳に立ち寄りました。やはり、崖崩れがあったのですね。一部片面通行。頂上付近の宿は、休業。展望台は開館していました。明るい西舞鶴。遠く大江の山も見える(今日は闇の中のシルエット)。山際の工業団地も規則的な光の点描。そして、下佐波賀には、海岸道路のほのかな灯りが一列。夜釣りの人達は、これからなのでしょうね。舞鶴湾の入港口は、すぐ左側。闇に溶ける殉難の碑。夜釣りの人と共にあれ。
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