| 先日に放送された(僕の父親はB級戦犯)を見て思う事云々があり、記事にしました。色々と意見がある筈です。しかし、どんな理由が有ろうが(先駆者の時代背景を無視しての)批判は情けなく卑劣で有ると思います。 |
| 今回の記事では戦争に使われるも戦後に救助等でも活躍する飛行艇の技術について記事にします。 |
二式飛行艇(にしきひこうてい)は、旧日本海軍が第二次世界大戦中に実用化した4発大型飛行艇です。初飛行は1941年(昭和16年)。レシプロエンジン装備の飛行艇としては当時世界最高の性能を誇り、現在なお凌駕する機体は出ていないとも言われているのです。
(唯一、ロシア製の飛行艇がジェットエンジンですが性能は比較する価値も無い程に違います。)
通称は二式大艇(にしきたいてい、にしきだいてい)。二式大型飛行艇とも言う。なお輸送型は「晴空」と呼ばれていました。九七式飛行艇の後継機として同じく川西航空機で生産されました。
| 大型高速で充分な防御火器を装備した本機は連合国パイロットからフォーミダブル(恐るべき)機体と呼ばれた(英国航空評論家ウィリアム・グリーン)。開戦直後の1942年(昭和17年)3月には、大航続力を生かして3機で真珠湾を再空襲したのです。(作戦名 K作戦) |
| 大型高速で充分な防御火器を装備した本体を生かしてB-25やB-17を積極的に追撃して撃墜したという逸話も残っている。その攻撃力から「空の戦艦」などとも呼ばれ恐れられたのです。 |
しかし、戦況が悪化して制空権が奪われると戦争後期には多くの二式大艇が撃墜されており、終戦時に残ったのはわずか4機なんですよね。(´.ω.`)ショボーン
| この飛行艇を生み出した技術は終戦後、川西航空機の後身である新明和工業で、再度国産飛行艇PS-1の制作に生きてくるのです。 |
| しかし航空機事故は絶えません。明日は(日本航空123便)が群馬県の御巣鷹山の尾根に墜落して24年が経過します。 |
この事故に関しても様々な憶測等が飛び交っています。しかし重要なのは亡くなられた方々の冥福を祈念
する事と航空機事故の減少、最終的には根絶が重要かと思います。 (´;ω;`)ウッ…
| その為には純国産の航空機の生産と販売は重要であると思います。いい加減に(戦後の束縛と洗脳された)体制からの脱却と開放が重要かと小生は思うのです。 |
|
水戸黄門さんに言ってもらいましょう
「もういいでしょう」これで脱却
2009/8/12(水) 午前 1:01 [ 道後 ]
ナイス!
2009/8/12(水) 午前 1:04
御巣鷹山の痛ましい航空機事故、いまだにしっかりと覚えています。
もう24年もたっているんですね。
悲しい事故が、なくなればいいのに。。。
2009/8/12(水) 午前 3:00 [ ツナギのかぁちゃん ]
かぁちゃんさま、お早うございます。それには(航空機産業の確立)と技術の終結が重要かと小生は思うのです。
2009/8/12(水) 午前 9:07
もう忘れるべきなのか、風化してはいけないのか、悩みに悩んだ1日でした。蒼龍 志義さんの記事を読んでいて、風化させてはいけないと思いました!ありがとうございます!純国産の航空機の生産ですよね!
2009/8/12(水) 午後 11:21
そうなんですよ。アイ殿。ジャンボ機は部品は国産なんですが組立ては米国企業が行っているのです。
それと、信憑性は高い方なのですが(あの事故機には)何かヤバい物を積載していて、証拠隠滅に焼却された。と元自衛官が話してくれました。
そんな話を無くす為にも、真の自立と航空機産業の鼎立は必須なんですね。
2009/8/12(水) 午後 11:56