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大阪高裁が、原告の訴えを棄却したとともに小泉首相の靖国神社参拝を違憲とする判決を下したそうだ。いまや大阪という単語を見るにつけ「ああ、また大阪か」と思うことしきりだ。 今回の裁判での争点は、原告の精神的苦痛云々は口実でしかなく、政教分離が問題であったことは明らかである。しかし、本当に首相による神社参拝は憲法違反なのだろうか?今回はこの問題を考えてみたい。 多くの人々は、あまりにこの問題を複雑に考えすぎる。実際はとても単純なことなのだが、複雑に考えるあまり答えが見えなくなり、最悪の場合誤った回答を出してしまう。そのよい例が今回の大阪高裁判決であるといえよう。まあ、以下の架空のニュース記事を読んでいただきたい。 ○小泉首相は被爆者慰霊祭のため長崎市を訪れました。同日行われた浦上天主堂日曜礼拝にも出席して犠牲者に哀悼の意を表すと共に、不戦の誓いを新たにしました。 ○小泉首相は東大寺南大門の修復作業を見学し、同寺の大法会にも出席しました。この行事で首相は東大寺の日本文化における重要性を強調し、文化国家日本を目指すことを表明する演説を行いました。 ○小泉首相は九州国立博物館のオープンに合わせて来福し、記念式典の後に学問の神として有名な菅原道真公がまつられている太宰府天満宮に参拝しました。 どうだろう。上に三つの架空のニュース記事をでっち上げてみたが、この拙文を読んで「これは政教分離違反だ!」と思った方は居られるだろうか?恐らくいないと思う。もしそう思う方が居られたら、悪いことはいわない。早めに心療内科ないし精神科への受診をお勧めする。誇大妄想の可能性大だ。普通の人ならこんな記事を読んだところで、「フーン」という以上の感想を抱くことはないだろう。これらの架空のニュース記事における首相の行動が、ある特定の宗教を利していると考える方がどうかしている。首相が浦上天主堂の礼拝に出席したからといってキリスト教を振興したわけではないし、東大寺の大法会に出たところで仏教を保護するわけでもない。太宰府天満宮に参拝したから神道を積極的に広めようとしていると考えるのは、正直いって正気の沙汰ではない。実際、歴代首相は伊勢神宮に何度となく「公式」参拝しているが、これに関して非難されたという話は寡聞にして知らないし、まして訴訟を起こされたという話はついぞ聞いたことがない。そのような記録は存在しない。 その通り。首相が教会に行こうが寺に行こうが神社に行こうが、果てはモスクでもシナゴーグでもどこに行こうが普通なら問題にされないのだ。社会通念に照らして、これらの行為が政教分離違反とは誰も考えないのだ。そう、普通ならば。 しかし、靖国神社となると話は変わってくる。神社という一般名詞の頭に「靖国」という固有名詞がくっ付くだけで、公的参拝か私的参拝か、神式に則った参拝だったか否か、献花料は公費か私費か等々微に入り細に入る下らない争点の数々が挙げられ、識者と呼ばれる視野狭窄者達がテレビや新聞のマスコミ上で茶番劇を演じて見せる。こんなのは料理の最中に包丁で指を切った際に「塩基配列が云々」「いや分子結合の問題が…」と議論するようなもので、何の意味も持たない。 もうお分かりいただけたと思う。一国の総理が神社に参拝しようと教会で祈ろうと、それは何の問題もありはしないのだ。特定の宗教法人に常軌を逸した額の国費をつぎ込んだり、国民一般に信仰を強要でもしない限り、政教分離に違反しているのか否かを問われることはない。その意味において、件の大阪高裁の判事が下した判決は全く意味を成さないものなのである。
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私は先の大戦で戦友を失った。あの戦争は当初から勝利の見通しはなく、また内外に多くの犠牲者を出した。確かに東京裁判そのものは色々問題はある。しかし政権の中枢にいた東条らの政治責任は、きちんと追及されるべきである。彼らが靖国に合祀され、なぜ英霊に仲間入りしているのか、私には疑問である。そのような施設に詣でることは、ヒトラーの墓に献花するに等しい暴挙といわれてもやむを得ないことになると思う。
2005/10/3(月) 午前 8:41 [ yasukuni ]
ネタかもしれませんが、ご回答を。まず、拙文をよくお読み下さい。私はここで靖国参拝の是非、所謂A級戦犯合祀の是非を問うているわけではありません。他の宗教法人であれば問題にすらされないことを、靖国神社に限って違憲合憲とおどろおどろしい文句を用いて論じ合っている国内言論空間の異常さを問うておるのです。その上で何かございましたら、コメントどうぞ。
2005/10/3(月) 午後 2:48 [ ゆう♂ ]