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綺麗に手入れされたブドウ畑を感心して見ていたら、ブドウ畑の農家から両手で抱えきれないほどのブドウを分けてもらい、毎日ブドウだけの食事が続いた山梨。
誰も居ない広々としたキャンプ場に昼間到着して、酒を飲み早々と寝込んで、朝眼が覚めたら、周囲一面足の踏み場が無いほどテントが張り巡らされ、しばらく身動きが取れなかった夏の北海道。
山菜を採取しながら旅を続ける旅人と仲良くなったら、お礼に数種類の薬草を教えてもらった、四国での旅。
閉鎖されて藪だらけになったキャンプ場で、原始の生活をしている人が居ると言う、石垣島。
彼女と男性の口からは次から次へと日本全国での出来事が飛び出し、僕は聞くことで精一杯だった。
だけど、僕にとってその未知の土地の様子や光景を、彼女はそっと優しく手に取るように教えてくれた。
“もっと旅していたなら…”
自分の口からは後悔が出た。
でも、この二人の間の空間はとても心地良い居心地だった。
空席だらけのレストランの窓から暇をもてあましたウェイター達が、物珍しそうに僕等を眺めていた。
今知り合ったばかりなのに、何十年も付き合いがある友と出会ったかのように、僕等の間を暖かな時が流れていった。
“この中年男性…どこかで見たような…”
「あっ!マイクさんだ!俳優のマイクさんにそっくりだ!」
突然の僕の思い出しに、彼女と男性の目は丸くなっていた。
俳優のマイクさんはかなりの年配の方で、純然たる日本人だが、風貌はどこか日本人離れしていて。
本業の俳優や音楽活動に止まらず、サーフィンや料理に至るまでその趣味もどれも超一級で、男の優しさと強さを持ち合わせた人だ。
「俺があんなに格好良くないだろう」
「あっ!言われてみたらよーく似ている」
照れる男性。彼女は男性の顔を覗き込むと、首を大きく縦に動かした。
その瞬間、何故か僕等は笑い合っていた。この時から男性を“マイクさん”と呼ぶようになった。
「あっ!もうこんな時間だ。そろそろ帰らなきゃ…」
「えっ!もう?そう言えば空が紅くなり始めている」
こんなに楽しい時間を過ごしたのは何十年振りだろうか?…笑顔が止まる事がなかったせいか頬が痛い。
「ちょっと待って!」
バイクへ向かった足を止め振り返ると、息を切らした彼女がカメラを持ってそこに居た。
「旅の思い出に出会った人を撮っているんだ!」
「えっ!僕も?」
「君も大切な思い出だよ」
満面笑みを湛える彼女に、ほんの僅かの出会でしかない僕は戸惑った。
「じゃあ俺が撮ってやるから、彼氏と彼女…並んで」
“彼氏と彼女って…”
マイクさんの気遣いで、彼女とのツーショットを撮る事になり。TWとセローをバックに僕と彼女は並んだ。
「ほらほら!二人もっと側に寄って!」
マイクさんの指示に従い側に寄ると、肩と肩が触れ、風でふわり舞った彼女の髪が頬をくすぐっていった。
「さー微笑んでー!撮るぞー!」
その言葉以前に顔はほころび、笑顔の二人はフレームの中へ納められた。
「じゃあ、ここに住所と名前書いて!私の住所これに書いておくから!」
渡された厚い手帳。そこにはいくつもの筆跡で記された無数の住所と名前が綴られ、その残されたページに僕の名が加わった。
「これが私の住所と名前だよ」
“ 鹿児島県名瀬市 …奈村エリカ…”
「 名瀬市 って、鹿児島のどの辺りなの?」
「鹿児島からずーっと離れた南の島。奄美大島だよ…」
「アマミオオシマ!?凄い!」
その奄美と言う地名に、どこまでも突き抜ける青い空と、財宝のような珊瑚礁が眠る海がどこまでも果てしなく広がっていくエメラルドブルーの光景が浮かんだ。
「そうでもないよ…奄美は何も無いところだよ…」
「でも、いつか行ってみたいな〜」
その時、彼女は一瞬沈んだ表情をした。だが単純に喜んでいる僕を前に、すぐにいつもの笑顔に戻った。
TWを跨ぎ、帰路へと就こうとした時。
「ねぇ…君って独り者のフリーなの?」
「うん、そうだよ」
ちらり伏目がちの横目で僕を見る彼女に、くすぐったい感じがした。
そしてキャンプ場を去って行く僕を彼女は見送ってくれた。
“チラリ見るバックミラーには彼女の姿がいつまでも…”
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小説 第一章・二章
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