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第四章 絶望の毎日
暗闇の中、疾走し続けるTW200。
身体中で風を切り裂く音が寂しげに響く…。
もうタイムカードを押さなくてはいけない時間が迫り、アクセルを握る手に力が入った。
闇に閉ざされた県道、いつもの通勤路。東北本線を左に並走し、踏み切りを越え今度は本線を右に見て、陸橋を越え再び左へ戻った頃、爆音を連ねた貨物列車が、今にも僕を追い越さんとばかりに脇に並んでいた。
何十両も連ねた貨車、いっぱいに積載されたコンテナ。連結をきしませ、一台の電車が牽引していく。
その必死な姿を見ていると、いつの間に遠い日の記憶を辿っていた。
「もっと頑張れ!」「人より努力しろ!」繰り返された言葉…その言葉に僕は育てられた。
急かされて煽られ、僕はいつも全力を尽くしてきた。
そして、紙に印刷された順位や数字が全てだった。
目標を達成出来なかった時は、容赦ない叱咤激励。
そして達成した時は…。
「よし!よくやった。その調子で頑張って次はより上を目指せ!」
その時の両親の喜ぶ顔…その頃はそれを見る事だけで全てが満たされていた。
見上げれば雲を突き抜けどこまでも延びてゆく階段。群集の中、ひたすら早足で歩く自分が居た。
“そうさ、僕は人より努力した…そのお陰で良い学校にも行け、いいポジションにもいる”
気が付けば、足元には転がり続ける人達。
“努力しないからさ…”
ある意味での優越感。人々は僕の前では風景のように流れていった。でも、心のどこかに空虚な風がいつも吹いていた。
そんなある日だった、高校二年の時に書いた作品が、全国学生文学コンクールで最後まで競り合い、準グランプリに輝いた。
「すげーなー!お前ってこんな才能あったんだ!」
「いや!絶対お前の作品の方が面白いよ!」
その時、流れゆく風景は僕の前に立ち止まり…いや僕の存在に気付き、今までに無い喜びが心の奥底から湧き上がっていた。
以来、僕は文学の魅力に惹かれ、小説に傾倒するようになった。
“これが本当の自分なんだ!”
親や先生が進めるがままに僕はそのまま東京の大学へ進学していった。だが日増しに文学への熱意が燃え上がり、ついに大学二年の夏に中退して文学へ挑戦を始めた。
思えばその日以来だろうか…親と連絡を取っていないのは…。
“きっと上手くいく…今までがそうだったように、人より努力すれば良い結果は出る!”
しかし渾身を込めて書き上げた作品はノートの片隅に書かれたパラパラ漫画のように目を通され、その後に放たれた言葉は…。
「何か足りない」「もっと刺激があって色気がないと…」
そう言われ叩きつけられた原稿は机の上で散らばり、その向こうでは、先日文学大賞を取った制服姿の女の子が素知らぬ顔で通り過ぎて行った。
書いても書いても、同じ事の繰り返し。気が付けば僕は都会で転がり続けていた。
線路を外れた僕はどこへ行くのだろう?軌道から外れてしまった列車のように、進むことが出来ずもがき苦しんでいるのだろうか?
気が付けばもう会社だ…。列車の尾灯は遠ざかっていた。
“そうだ、僕はまだまだ頑張らなくては…”
辺りが暗闇に包まれた田園風景の中、水銀灯の明かりが燦々と輝き、巨大な工場を照らしていた。
その工場の中へ駆け足で飛び込み、契約社員と記された棚からカードを抜き取りタイムカードを押し、重い扉を押し開けると、広々とした工場の中、整列された何百台もの製造機械の大爆音が響き渡っていた。
自分が働くラインへ向かい、引継ぎを済ませると仕事が始まった。
次から次へと材料が置かれ、製造機械へと流していった。
機械から出てくるのは未完成の小さな部品…矢継ぎ早にその部品は次の工程に持っていかれ、焦って材料をセットして機械へ飲み込ませる…
製造機械は“ハタラケ!ハタラケ!モット!ハヤク!”と大合唱しているかのように、限界まで回り続ける高周波音が響き渡る。
「はあ〜…僕はこのまま一生終るのだろうか…」
溜息をつき辺りを見渡した。
その製造機械に、翻弄され背を丸めながら油まみれになり不器用に働く人が居た。
テンパっている表情…材料を落下させぎこちなく拾い集めていた。
そんな彼の背には上司からの厳しい視線が突き刺さり、その光景に僕の口元は微笑でいた。
別の方向に眼を移すと工場内の片隅から立ち上がる煙。それは製造機械の後ろに隠れ、煙草を吸っている数人の男。
「今日俺は最初3万飲まれたけど、後でリーチがかかって10万勝ったよ!!」
「俺は5千でいきなり来たぜ!!」
「そう言えばあいつ何威張っているんだ!!」
「何もしないくせに、ゴマすって出世して!」
「でも女を見る目がエロだよあいつ!」
「ギャハハハッ!」
今日も同じようにパチンコと会社の不満の話で盛り上がっていた。
そんな奴等を無視して必死に働く僕の肩を誰かがポンと叩いた。
そこには厳しい顔をした上司が居た。
「ごくろう!昨夜、休んだウエノクンの替わりに頼んだ工程管理の仕事…チェックシートの生産数と材料の数量が合わなかったぞ!今度から気を付けろよ!」
「はい…」
工場の片隅にあるガラス張りの管理棟では僕より三ヶ月先に職場に入ったウエノが、ニヤリとした表情でチラリこちらを見て、器用にパソコンのキーボードを叩いた。
「だめだ…これじゃ僕は転がり続けるだけだ…もっと努力しなくては…」
頭をうな垂れ現場に入り、忙しく働き続ける機械達に眼が回るほど右往左往翻弄され働きまわり。仕事から解放されると疲れた身体を引きずり眠りだけの生活が待っていた。
身体が拒絶しても次の日は会社に向かった。
ここまでしなければ生活が出来ない…それもあった。だが、それ以上に「努力しろ!もっと頑張れ!」過去から言い続けられた言葉に支配され…自分自身囚われていた。
「これが現実なんだ、人は夢だけでは生きてはいけない…」
自分自身の何かを捨て、ただ黙々と働いた。
そんな姿に上司は再び僕の側へ寄ってきた。
「お前はあいつらとは違うな」
その言葉の先には、生産が上がらない油まみれの彼と、製造機械の陰に隠れて煙草の煙を巻き上げている奴等の姿があった。
「いいか、あいつらは敗者だ!」
「…?」
「いまお前に任せているのは、この工場の重要なラインだ!この調子で頑張ればいずれはここの責任者として頑張ってもらうからな!」
上司に力強く肩を叩かれ、喜びと義務感が僕の中で湧き上がり。その先には上へと上昇していく階段が開かれていった。
やがて契約期間という名の下に彼等は会社を去っていき、残った僕は勝者となり、広々とした工場で去って行った人の分まで仕事をこなしていた。
でも、捨てられぬ夢がいつか認められ、こんな生活とサヨナラする日を心の隅で夢見て…。
…とここまでが昨日までの僕だった…
今夜は違っていた、今まで自分の中の義務感から急かされて働いていたのが、彼女とマイクさんと過ごした今は身体が自然と動いていた。
何かに触発されたように…。
時は2000年10月4日…。
その翌々日に鳥取、島根方面で大地震が起き、甚大な被害が発生した。
そしてバブルがはじけ、どん底に落ちていたこのクニは、これから這い上がろうと意気込むが、行く先が見えない闇の中へと踏み入れるのだった。
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小説 第三・四・五章
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