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「じつはあと数時間で仕事に行かなくてはいけないんだ」
「えーっ!仕事なの!」
この言葉を繰り出した途端、瞬く間に彼女の表情は曇った。
「俺のテント貸すから、今夜はここに泊まれよ!」
「そうそう!一日くらいずるしちゃえ!」
真剣に説得をするマイクさん。その後ろで彼女が悪魔のように囁いていた。
しかし、僕は無理に笑顔を作りこの場をやり過ごそうとした。
“こんな何も出来ない自分自身が腹立たしい…”
「栗っこくんは土曜日からは休みなんだろ!んーだったらみなみちゃんがここに土曜までゆっくりしていきなよ!!」
そんな僕を見兼ねたのか、今度は反転して彼女を説得始めた。
「うーん」
マイクさんの説得に迷う彼女。
そのマイクさんの言葉は、僕の気持ちをそのまま反映させていた。
「ほら!栗っこくんも一緒に引きとめよう」
マイクさんは僕に協力を仰いだ。だが僕は下を向いた。
僕が一声掛けたら、彼女はこの場所に居てくれそうな感じだった。
でも、日本一周と言う彼女の夢…それにいまだ果たせぬ僕の夢を重ねていた。
だからこそ彼女には夢を達成して欲しかった。
「ねぇねぇ!すごーい!!これぜーんぶマイクさんが作ったの!」
感激ではしゃぐ彼女の声に顔を上げると、テーブルを覆っていた布がめくり上がり、そこからは美味しそうな料理が現れていた。
新鮮なキウイとトマトを添えたポテトサラダ。濃厚なクリームサラダにはコーンがプカリ浮かび、サバの味噌煮からは甘い香りが僕達の胃袋をキュンキュンさせていた。
「おっ!そうだ!冷めないうちに食べてくれ!」
マイクさんのその一言より先に、僕と彼女の手が料理へ伸びていた。
「うま〜い!」
「こんな豪華な料理、この旅で初めてだよー」
僕と彼女の反応に、マイクさんは満面の笑みをたたえていた。
「ハハハ!そのサバは味噌と生姜で煮込んで、魚の生臭さを取ったんだ」
説明するマイクさんの言葉に二人は頷き、料理への感動は深まるばかりだった。
その僕達の背景にはレストランから流れる洋楽のオールディズのナンバーが心地良く耳へ溶け込み。見上げると、葉が散った桜の枝の隙間からは無数の星が輝いていた。
まるで季節はずれの花見みたいに…。
「そーだ、年齢当てしょうか!」
どうゆう話の流れになったのか?いつの間にか年齢当て大会が開催される事になってしまった。
最初は言い出したマイクさんからだ。
目じりには小じわがあるものの生き生きした眼に、黒く焼けた肌には張りが十分あり、身体だって引き締まったものだった。
「三十代後半!」
「うーん、私は四十なったばかりとみた」
僕と彼女の答えにマイクさんの口元からニヤリ笑みがこぼれた。
「残念、四捨五入したら五十になってしまう、四十七だよ」
「えっ!」
「とてもそんな歳に見えない!!」
僕と彼女の口から驚きが出た。
「じゃあ、次はみなみちゃんの番だ!」
マイクさんの一言で彼女に視線を注いだ。
活力ある彼女の大きな瞳に、小麦色の肌はとてもきめ細やかで、まるで赤ちゃんの肌のようだった。
「んー、二十台半ばだな」
「二十五、六かな?」
マイクさんと僕の答えに、彼女の頬は不満げに膨れた。
「なーんでそう簡単に分かっちゃうのかな〜!二十六です!少しは若く答えてよ!!」
そんな彼女とは対照的に、僕とマイクさんは手を叩き喜び合った。
「じゃあ、最後は栗っこくんだ!」
その一言で、二人の視線が僕へと集まり、なんともくすぐったい感じがした。
もう二十八になる僕だが、この幼い顔立ちのせいで、いつも実年齢より若く見られていた。
僕の予想だと彼女とマイクさんは二十三、四と答えると踏んでいた。
「栗っこくんは今年成人式の年齢だろう」
「それは違うよ!今年高校を卒業したばかりだよね!」
“えっ!”
余りの実年齢の開きに、年齢を答えるのを一瞬ためらった。
「…もう…二十八なんだ…」
「え〜!若い!!」
「うっそー!」
反響が一斉に押し寄せて来た。
「若く見られていいなー」
「いや、結構困ることばかりだよ…」
「そうかなー」
羨ましそうに僕を見ている彼女だったが、その気持ちに素直に喜ぶ事は出来なかった。
年齢で決められてしまう人の上下関係…見下されたり、なめられたり…こんな顔立ちのせいで何度嫌な事に遭っただろう。
でも、眼の前に居る二人は無垢な笑顔で、こんな僕を受け入れてくれた。
それは年齢、地位、名誉、貧富の差、ちょっと大げさかも知れないけど人種や宗教…の壁の無い不思議な世界で僕達は心を許し、どこまでも心を交えていた。
「栗っこくんの名字を教えて」
不意にマイクさんに名字を聞かれ答えた。
「うんーそうか、栗っこくんの先祖は信濃出身で、宮城に居るという事は、仙台藩の伊達家に仕えた由緒ある家だな…」
遠い昔の先祖の話を情感を交えマイクさんは語り始めた。
自分自身の先祖の由来や、彼女の先祖がどこからやってきて、どうして奄美に根を降ろしたのか。
それはまるで、社会化の授業で先生が教科書の本題から脱線し、勢いがついた話が止まらず暴走しているみたいで、その話の行き先を、僕と彼女はワクワクしながら聞いていた。
楽しい時はあっと言う間に過ぎて行った。
気が付くと会社に行かなければいけない時間が迫っていた。
「時間、大丈夫?」
「うん、もう行かなきゃ」
時計を気にする僕を、彼女は気遣ってくれた。
「じゃあ、今夜はどうも…ごちそうさまでした」
立ち上がり彼女とマイクさんに深々と一礼すると、その足でTWの元へ向かった。
ふと、隣には彼女が…。
「今夜は栗っこくんのおかげで楽しかったよ…」
「うん!僕も今までに無いくらい楽しかったよ」
彼女がその距離以上に近く感じた。
「今度の土日はどの辺り走っている?」
“もう一度…会いたい”
僕の中、揺らいでいた。
「三日後か〜」
考え込む彼女。
その糸よりも細く、千切れそうな希望に期待を託していた。
「明日と明後日は蔵王辺りでのんびりしながら美味しいもの食べて…」
細い糸を手繰っている僕。彼女が行動範囲に居る事を必死で祈った。
「…その頃は猪苗代湖でキャンプしているかなー」
“宮城の隣、福島県だ!”
「じゃあ、テント持って猪苗代湖に行ってみようかな〜」
「本当に!!私待っているよ!」
笑顔が二つはじけた。
その日に彼女がそこに居るかは不確定な約束だった。でも実現しそうな気がした。
「じゃあ!」
「じゃあ!」
別れの言葉を交わすと、僕は現実の世界へと向かった。
結局、あの心地良い不思議な空間の謎も分からず、心地良い空間に飲み込まれてしまっていた。
ただ、また彼女に見送りをされる僕だった。
バックミラーには手を振る彼女の姿がいつまでも映っていた。
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小説 第三・四・五章
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