|
夜の兵糧山キャンプ場。白く輝くレストランの窓の明かりがキャンプ場を照らし、芝生の上に張られた小さなテントと、そこに寄り添うセローの姿が闇の中に浮かんでいた。
“静かだ…”
駐車場の隅に止められたキャンピングカーのキャビンの窓からは光が溢れ、その窓へ近寄った。
「こんばんは…」
「おう!」
キャビンの窓からは湯気と胃袋をキュンキュンさせるいい香りが溢れ出し、そこからマイクさんの顔ががひょこっと出た。
「やっぱり来たか!」
「えっ!やっぱりって?」
「ハハハ!まーいーから、じゃあ一緒に飯食うぞ!そー思って、三人分準備したからな!」
“どーして?何故!?”
「すまないが彼女を呼んできてくれ!」
そう言うとマイクさんはニヤリ含み笑いをして、手元では慌しく調理を進めていた。
僕はそのマイクさんの不思議な言動に首を傾げながら、彼女の元へ向かった。
キャンプ場の中央に組まれた小さなテント。その内側から柔らかな灯りが揺れていた。
大人一人が横になるのが精一杯サイズの可愛らしいテント。
だがその前に立った途端、僕の心臓は大きく脈打ち出し、その場に固まってしまった。
“どうしてしまった僕…何をこんなに緊張しているんだ”
自分に言い聞かせても身体が思うように動かなかった…。
「おーい!みなみちゃーん、彼氏が来たぞー!」
そんな僕の様子を見かねてか、キャビンで調理するマイクさんの声が僕の肩口を越えて飛んだ。
“いや…彼氏って…それにみなみちゃんって…?”
するとテントのファスナーがゆっくりと開き、そこからあの暖かな笑顔の彼女が現れた。
「あっ!やっぱり来たんだね!」
僕を見るなり、彼女からも“やっぱり”と言う言葉が飛び出し、僕は更に不思議な感じに包まれた。
「やっぱりって…どうして僕が来るの分かったの?」
「マイクさんが、あの男の子は今夜来るよ!…って予言していたんだ!」
「えー!どうして分かったのかな〜?」
「さー、何故でしょう?」
その時、彼女から心の底から嬉しそうな笑顔を見せ、その笑顔になぜか僕はドキッとしていた。
「ところで、さっきマイクさんが言っていた“みなみちゃん”って…何なの?」
「私が南の島から来て、これから南の方角へ走っていくからマイクさんが“みなみ”って呼んでいるんだよ!」
「へぇ〜、それでみなみちゃんか〜」
「じゃあ、ちょっと支度するから先に行ってね!」
彼女は再びテントの中へ潜り込み、僕はマイクさんの元へ戻った。
するとキャンピングカーの脇にはテーブルと椅子がすでにセッティングされ、キャビン内のキッチンでは、まるで一流シェフのような軽快な包丁さばきと鮮やかな手つきで調理をしているマイクさんがいた。
キャビンの窓に手を掛けつま先立った格好で、その光景に見取れていた。
「すごい!」
魚をきれいに三枚に下したかと思えば、次の瞬間には野菜を一瞬のうちに細かく刻み、その間にも鍋の様子をチラチラ見る隙の無さ。
我を忘れ見入いる僕だが、肩口をチョンと小突く感触がして、振り向くと隣に彼女が僕と同じような格好で窓に手を掛け、思いっきりのつま先立ちでキャビンを覗き込んでいた。
「すごい!!思わず見入ってしまうね!!」
「うん」
感心して見取れる二人。だがキャンピングカーの下に何か気配のようなものを感じた。
「あれっ!足元に何かいるみたいだよ!」
「えっ!この下に?」
恐る恐る身を屈め、キャンピングカーの下を覗き込んだ。
するとそこには白い小型犬が身を潜めていた。
それは胴や四本の足は細く枯れ、毛艶もくすんでいる老犬だった。
「あっ!ワンちゃんだ!」
彼女は老犬にそっと手を伸ばした。
だが老犬は前足をぐっと前方へ伸ばし、背筋を怒らせ、全身を震わせながら二人を睨んだ。
「そいつとは十年来の付き合いで、俺の旅の相棒さ…」
テーブルに料理を並べながら、マイクさんは老犬の事を語り出した。
「そいつの名はパシル」
「パシル…珍しい名前だ…」
「そいつはもらったというか、預かったと言うか、拾ったというか…まーいろいろ訳ありでね…」
そこでマイクさんの話は途切れ、まだこの言葉の重さの意味に気付かぬ僕はそれ以上聞くことは無かった。
「おいでパシル」
彼女がそっと差し出した両腕と愛情に満ちた眼差しに老犬は身体をすり寄せ、彼女に優しく撫でられていた。
その様子に僕も老犬に手を差し出した。
だが態度は一転し、再び背筋を怒らせ吠え出した。
その急変ぶりに、慌て必死になるが、必死になればばるほど老犬の怒りは高まり、僕は焦る一方だった。
「ハハハ!嫌われたね!」
「…なんで?」
「ハハハ!パシルはキャンパーの匂いが分かるのさ!」
「何!それ?何なのマイクさん?」
キャンプ場に笑い声が響くと、テーブルに着くようマイクさんは手招きをし、何も手伝うことが出来なかった二人は照れながら席に着いた。
テーブルには彩り鮮やかに料理が並べられ。僕は早速、持参した地酒をテーブルに上げた。
地元の小さな酒蔵で丹精込めて造られた日本酒、栗駒山。
宮城県、岩手県そして秋田県と三県を跨ぐ秀峰の名を冠している。決して有名な酒蔵ではないが、この日本酒の味だけは僕のこだわりだった。
栓を開け、とろりとした甘く清々しい香りが辺りに広がると、みんなの顔は期待で微笑み。それぞれのマグカップに酒が注がれた。
早速乾杯を決めカップは傾けられていった。
“マイクさんやみなみちゃんの口に合うかな?”
上目遣いで伺う僕の横で、カップに注がれた日本酒は飲み干されていった。
「んー!こりゃすっきりして飲みやすい!」
「今までは日本酒は全然苦手だったけど、これは美味しい!日本酒のイメージが変わっちゃった!」
空になった二つのマグカップ。
三人の表情は輝き、再びマグカップに日本酒が注がれると、そのカップの中では、ランタンの灯りがゆらゆら揺れ輝いていた。
「本当…このお酒美味しいー」
「くり…こま…やま…かー」
「へぇー栗駒山」
彼女とマイクさんは深緑色のビンを街灯の明かりに照らし眺めていた。
「栗か…そう言えばここに来る途中に“栗っこ農協”ってあったな」
「私も見たよ!栗っこ農協」
「栗っこかー」
一升瓶を囲んだ二人の顔が微笑むと、次の瞬間その笑顔が僕の方へと向けられた。
「じゃあこの瞬間から君は栗っこだ!」
「えっ!何それ?」
「栗っこくんよろしくね〜」
もう出来上がってしまったのか、ニヤけている二人に肩を叩かれ、その時から僕は“栗っこ”と呼ばれる事になってしまった。
しかし、この暖かな雰囲気に流されてしまいそうな僕はには言わなくてはいけないことがあった。
|
小説 第三・四・五章
[ リスト ]






