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第三章 季節はずれの花見
木造二階建ての古びたアパート。外壁は傷み、脇に設置され2階の部屋へと登る鉄の階段は錆びだらけになっていた。
すでに陽は落ち、辺りは暗くなっているのに、どの部屋にも灯りは点いておらず、ひっそりと静まり返っていた。
このアパートは来月の始めには取り壊し工事が始まり、来年には鉄筋モルタルのアパートが建つ事になっていた。
残った入居者は僕一人だけ…今月末までには退去しなければいけない。
でも、毎日をギリギリの生活でなんとかしのいでいる僕には行き先などなかった。
暗く冷え込んだ部屋に灯りを点けると、栄養剤が転がるちゃぶ台のぽっかり空いた空間が寂しげだった。
今まで書き上げた小説は佳境を迎え、もう少しで完成するはずだった。
“これが完成したら、自分が向かうべき先が見えるはずだった…”
でも気持ちは落ち込んではない、むしろ身体からエネルギーが溢れんばかりに湧き出ていた。
“奄美大島…エリカ…
なんていい響きがする名前と地名だろう。
“会いたい…もう一度だけでも…”
抑制出来ない感情。僕は狭い部屋の中を早足でグルグルと回っていた。
ふと部屋の片隅に眼をやると、置き忘れた携帯に着信が入っていた。
それは今夜の深夜勤務の早出出勤の依頼だった。
“今日もか…”
深い溜息が出た。
毎日休む暇が無いほど早出出勤に残業…でもそうしなければ生活は維持できないのだ。
“僕は拘束されていく…そうだ、行かなきゃ…行かなければ僕はこの世界から落ちてしまう…”
睡眠不足の身体と頭。重くなりかけた瞼をこすり、時計を見た。
“仕事まで四時間だ…ミスは出来ない…身体を休めなきゃ…”
“でも会いたい…”
その時、アパートはガタガタと揺れ。小刻みに振動する窓の外では列車に積載されたコンテナが通過していった。
その乱立した金属音が僕の頭の中をかき乱し、遥か遠くの方では遮断機の叫び声が響いていた。
やがて、パンタグラフから飛び散る火花と、後尾車両の赤い尾灯が南の方角へと遠ざかっていき。その光景を見ているうちに、心に刺さっていた迷いは消え、大切に保管していた地酒を冷蔵庫から取り出すと、TWに飛び乗り、暗くなった道を走り出した。
闇に隠れたアスファルトを照らし、僕はただひたすら走った。
“あんなに初対面の人と親しく喋れる自分は今まで居ただろうか?”
“あの感じ…彼女やマイクさんから感じるあの心地良い不思議な感じは何だろうか?”
“いったい僕はどうしてしまったんだ…”
彼女やマイクさんにはまっている自分…。そして僕はあの心地良い空間へと向かって走っていた。
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小説 第三・四・五章
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