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「マイクさんって何をしている人なの?」
「私も少ししか聞いてなかったけど、最近まで海外協力隊で東南アジアやアフリカに行っていたみたいだよ。今はボランティアをしながら日本全国を回る旅をしているみたい」
「そーかー。あまりに博識だったから、大学か塾の講師かと思ったよ」
「でも、これから厳冬の北海道に挑戦するって言っていたなー」
「すげー!今キャンパーが南下しちょるのに、北上しちょる人がおんのー」
マイクさんの無謀とも言える挑戦にミカンくんは反り返って驚き、僕と彼女はそれがマイクさんらしいと納得し、熊さんも一人頷いていた。
さっきまで騒がしかったトンネル工事の音がいつの間にか静まり、代わりに日に焼けたたくましい男達が砂浜に酒やつまみを持ち込み宴会の準備を始め。
砂浜の奥の方ではランタンの明かりが燦々と輝き、若いカップル達のバーベキューは盛況を極め、美味しい香りと初々しい光景を周囲に配っていた。
穏やかな波が打ち寄せる猪苗代湖の遥か向こう北側の国道では、蟻の行列のように無数のヘッドライトが行き交い、見上げると、松林の間からは無数の星が散りばめられていた。
まるであの日のように…。
「う〜ちやむい!!」
「だいぶ…冷えてきたな…」
「寒くなってきたね」
「うん」
夜の冷え込みに僕達はいつの間にか気付き。流し込んだアルコールは胃に止まったまま、身体中を循環することはなく、みんなの肩はしぼみ、背は丸くなっていた。
「やっぱ、こんな時は焚き火だ!」
誰からかそんな言葉が出ると、僕達は一斉に松林の中へと走り、数分後には両腕から溢れんばかりに小枝を集めていた。
積まれた枝の前に、熊さんが一歩前に出ると、新聞紙をぐしゃぐしゃに丸め、ジーンズのポケットから傷だらけのジッポライターを取り出し着火した。
弱く上がった炎、そこへ松の尖った葉をひとつまみ放り、絶妙な息遣いで一息吹き掛けると、松の葉に炎が上がり、そこへ細い枝を投じ、徐々に太い枝を炎に投じると、見る見る間に炎は高く高く踊り出し、暗闇の中に四人の暖かな表情が現れた。
舞い上がる火の粉、温もりを逃さぬようそっと肩を寄せ合い炎を囲むと、頬の火照りと共に、胃に止まっていたアルコールが身体中を循環し始めた。
その時、熊さんににはもう一つのキャンパーネーム“焚き火名人”と言う名が加わった。
「ワン!」
その時、犬の吠える声に、出来上がった僕達が振り返ると、そこに嬉しそうに尾を振るパシル。そしてマイクさんの姿があった。
“これは夢?酔い過ぎちゃった…”
「マイク…さん」
「よお!偶然だな!」
炎を囲む輪の中に僕と彼女の姿を見つけると、マイクさんはニッコリ微笑んだ。
「あれっ?北に向かうはずじゃ…」
「そう、北に向かっていたが、昨日鳥取島根で地震があったろ…あの地震でかなりの被害があったみたいだから、これから復興の手助けに行く途中さ」
いつの間にパシルは彼女の元へ寄り添い、焚き火を囲む輪の中にマイクさんも加わり、宴は一層の盛り上がりを見せた。
「しかし、ここでみなみちゃんと栗っこくんに再会するなんて、どのキャンパー達も似たようなキャンプ場が好きだな」
「マイク!!マイクって…あの俳優の!」
熊さんとミカンくんの酒をあおる手がパタリ止まり、二人はマイクさんの顔をまじまじと見た。
「ハッハッハ!そんな訳無いだろ!ほんの少し似ているから、そう呼ばれているだけさ!」
マイクさんからニッとした笑顔が僕と彼女に送られ、僕達もニッとした笑顔をマイクさんに返した。
「あっそうだ!栗っこくん…カレンダーじゃ明日と明後日も休日だけど、栗っこくんも休みなの?」
「うん、休みだよ」
彼女の瞳は、僕の眼の奥を見つめていた…それは何かを求めているようで、僕はその瞳に捕らわれていた。
「じゃあ、あと二日間一緒に走ろうか?」
その言葉に一瞬戸惑った。
じつは明後日の深夜からシフトの勤務が入っていた。
だが、上目遣いで僕に伺いを立てる彼女を前に「NO」と言う言葉は出せなかった。
「うん…大丈夫だよ…走ろう」
「良かった。わざわざここまで来てもらって、すぐにサヨナラなんて寂しくって…」
瞬く間に澄んだ笑顔になった彼女の表情。
僕はこの笑顔をずっと見続けていたい…このとき強く感じた。
“いいさ、出勤時間にさえ間に合えば”
「この辺は何回か来ているから、美味しい喜多方ラーメンご馳走するよ!!」
「ほんとー!期待している!」
その言葉に彼女の表情はキラキラと輝き出した。
でも僕は他の人も気になってしまった。
「ミカンくんも来る…かな?」
「そーしたいけど、おいらのVmaxのアグレッシブな走りにはだーれも付いて来れないっしょ!」
「…」
「熊さんは来る?」
「そうだな…行きたいけど…俺の家が先日の地震で…被害にあったから…早く帰らなきゃ…」
みんなの視線が熊さんのバイクに集まった。
そこには“鳥取”と刻まれたナンバープレートがあり、辺りは一瞬静かになった。
「いいから!二人っきりでいきな!」
かき立てるようにマイクさんは僕の背を強く押し、その後ろではミカンくんと熊さんがニヤッと笑っていた。
「じゃあ、熊さんはもうすぐ現実の世界に戻るのだね」
「そうだな…」
僕の問いに、熊さんはポツリ一言こぼすと、次の瞬間爽快な表情になっていた。
「今鳥取じゃ…墓石が倒れて大変な事になっている…だからしばらく墓石屋でバイトする…次の旅の為に…俺の現実はすぐ手が届く場所だから…」
“現実はすぐ手が届く場所?”
熊さんのその言葉が心の中に引っかかっていた。
「ハッハッハ!明後日までみなみちゃんと一緒なんだろ?じゃあ明後日になったらその現実の意味も分かるだろ!」
疑問に思う僕の肩をマイクさんが力強く叩き、後ろでは熊さんが納得し、酔ったミカンくんは一人ハイテンションになり、トイレから戻った彼女はその場の様子が分からず不思議そうな顔をしていた。
気が付けば猪苗代湖の向こうを行き交う蟻の行列はポツリポツリとなり、砂浜ではろれつの回らない声と、ほつれる足音が響き。
砂浜の奥では大きなテントに潜り込んだ若者達の戯れるシルエットが映し出され、僕達はパシルを囲み更けゆく時を過ごしていた。
「ウー!ワンワン!」
「まだ僕になつかないの?」
「栗っこくんに怒っているようだけど、尻尾は楽しそうに振っているよ!この前よりいい感じだよ!」
「どこが?」
「ワンワン!ワン!ウー!ワンワン!」
「栗っこくーん、こっちにこんで〜、おいらまで吠えられちょるよ!」
「ハハハ!」
「ワンワン!ウー!ワン!」
「どーしてみなみちゃんと熊さんだけになついているの?」
パシルから逃げる僕とミカンくん。彼女と熊さんはその様子を楽しそうに見守っていた。
「パシルはキャンパーの匂いが分かるのだよ」
「何それ?マイクさん!」
「ワンワン!」
「うわっ!まだ追ってくる!」
「ハハハ!」
夜は更け、やがてみんなからあくびが出始めると、僕達はそれぞれのテントへと戻った。
ここでは今までとは違う速度で時間が流れていた。
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小説 第六・七章
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