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“暴走族!一人っきり?”
キャンプ場にバイクが停まると、僕達は一斉に息を飲んだ。
頼りない街灯の明かりに、鮮やかなオレンジに塗られたバイクがぼんやりと浮かび出された。
それはとても筋肉質で威圧的なオンロードバイク。その後部シートには高く積まれた荷物がゆらゆらと不安定に揺れていた。
「すげっ…Vmax!」
熊さんの口からそんな言葉が出た。
天を突き刺すように伸びるマフラーから爆音が脈打つように吐き出され。漆黒のヘルメットを被ったライダーがキーを反対に捻った途端、爆音は止み、辺りには静寂が広がった。
漆黒の男が猛獣が獲物を探すかのように、ゆっくりと周囲を見渡し、その視線が一点に止まると即座にバイクから飛び降り、松林を縫ってこちらに向かい近付いて来た。
会話が止まった僕達は身構えた。
闇の中、革ジャンに打ち込まれた金属の鋲がギラギラと不気味に輝き。その表情もスモークシールドに隠されたまま、ただ、男が歩く度に金属の音がガシャガシャと響き、僕達の緊張感が高まる中、漆黒の男が至近距離にまで至った。
「あっ!」
だが、漆黒の男が一瞬悲鳴を上げると、次の瞬間、地面に張り巡らされた松の根に足を取られ物凄い勢いで倒れこんだ。
“!?”
「ダーッハッハ!また転んじった!」
漆黒のライダーの笑い声が響き渡り、僕達は呆気に取られてしまった。
「ねぇねぇ!仲間に入れちくり!」
突然の熱帯高気圧のように割って入り、漆黒のヘルメットを脱ぎ去ると、そこからは先程の印象とは正反対の少年のようなあどけない顔が現れた。
「いや〜、本州に入るとキャンパーが少ないから寂し〜」
「そ、そうだね…」
止まる事の無い彼の勢いに、僕の心は高く舞い上げられていった。
「おいらのバイクなんでオレンジ色か知っちょる?」
「えっ!何で?」
「ヒント〜ナンバー見て〜」
彼のペースに巻き込まれるがままに、松林の奥に停められたオレンジ色のVmaxにみんなの視線が集まった。
「愛媛?」
「そー四国愛媛!愛媛が全国に誇る特産と言ったらミカン!ミカンと言えばこの色っしょ!」
その言葉に一瞬、全員呆気に取られ、次の瞬間僕達は大爆笑に陥っていた。
「とーぜんおいらのキャンパーネームはミカンでーす」
「俺…ジュニア熊…熊って呼んで」
「私はみなみ、よろしくね」
「僕、僕は栗っこ」
高く高く舞い上げられていく自分の気持ちに、戸惑っていた。
「でも…ミカンと言えば静岡じゃ?…」
「えっ!私は和歌山だと思うな」
「僕は熊本が名産地だと…」
僕は放ったその一言に、みんなから無言の視線が投げられ…。
「それは違うと思う…」
次の瞬間、同じ言葉か合わせたかのように飛び出し、僕の顔からは火が噴出しそうな位熱くなり、下を向いた。
でもなんだか可笑しくて、クスクスとこらえながら笑っていたが、それが止まらなくなって、気が付いたら自分では抑え切れないほどの大爆笑に陥り、つられたみんなも大爆笑に陥ってしまった。
“何故だろう?ミカンくんの出現で、彼女と熊さんとの間に開いた隙間に暖かいものが流れ込み、さっきまで遠かった彼女と熊さんとの距離が…そして数分前の自分がちっぽけなものになっている…”
「ダーッハッハ!!みーんな無期限の旅しちょるの?」
「私と熊さんが無期限で、栗っこくんが期間限定旅人の現役社会人だよ!」
「みなみちゃんと熊さんが無期限の旅しちょるのかー。いーなー、おいらなんか部長に土下座までして頼み込んでの一週間なのに…羨ましい過ぎるよ!!」
そんなミカンくんに彼女と熊さんはニコッと笑い。僕もクスッと微笑んでいた。
“さっきまで僕はなんてくだらない事にわだかまっていたんだ。たった一晩だけじゃないか…今夜は楽しもう!!”
そしてキャンパー達との宴会が始まった。
シエラカップにいっぱいに盛られた栗ご飯とオニオンスープがみんなに渡った向こうでは、丹精込めて作った彼女と熊さんが微笑み。僕とミカンくんがコンビニで買い込んだ惣菜と福島の地酒を並べた。
僕達は酒を酌み交わし、舌鼓を打っていた。
「うん!うまい!美味いねー!この栗ご飯!キャンプしている時はいーつもコンビニ弁当ばっかだったから、こーんなに愛情がこもった料理食べるの久しぶりだよ!」
「その栗ご飯の栗…昨日キャンプした場所にでっかい栗の木があって…その栗の実をみなみちゃんが拾ったんだ…なんせ明日客が訪問するとかで…みなみちゃんが一生懸命になっちゃって…」
ご飯を口いっぱいに詰め込んだミカンくんはしきりに感動し、熊さんは不敵に笑い、恥ずかしげに下を向いた彼女の手には絆創膏が貼られていた。
僕はカップいっぱいに盛られたご飯を両手でギュッと抱きしめ、暖かく味わっていた。
そして宴は旅で出会った超人キャンパーの話で盛り上がった。
“一輪車に乗って旅する青年は肩に乗せたオウムに芸をさせ、それで旅費を稼ぎ旅を続ける。サーカス野郎”
“バイクで旅をしている若者のバイクの燃料が予備になってしまうと所構わずその場でキャンプをしてしまう、どこでもライダー”
“夏は涼しい北海道で鮭バイをしながら過ごし、冬が近付くと沖縄へと移動し、そこでサトウキビ収穫のバイトをする。それはまるで渡り鳥のように季節が変わる度に日本を旅する、ワタリと呼ばれる旅人達”
“青森ねぶた祭りの開催が近付くと、会場付近のキャンプ場に何処からともなくライダーが集まり、祭り当日は浴衣全身に鈴を付けたねぶた装束の姿になり、見知らぬもの同士が一斉にバイクに乗って祭り会場に向かう、ねぶたライダー”
いい笑顔で旅の思い出を語り合う彼女、熊さんそしてミカンくん。そこに驚いたり笑ったりしながら、僕の心は日本中を駆け巡っていた。
「そう言えば、マイクさんが栗っこくんに“よろしく”って言ってたよ」
厳しくも暖かく、それでいてどこまでも懐が深いマイクさん。
あの夜、あれほど心をさらけ出し交わったのに、マイクさんの事は何一つ分からなかった。
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小説 第六・七章
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