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第十三章 僕の答え
福島県→宮城県(東北自動車道にて)
激しい雨が降りしきる国道一三号を疾走する一台のバイク。
十三号の先にある東北自動車道、飯坂インターを目指して走っていた。
激しく水しぶきを巻き上げ、全身をボツボツと大きな音を立てながら殴り付ける大粒の雨…それでも男は走っていた。
“今夜は十時までに出勤しなくてはいけない…ここからの距離とこの天候だとアパートに到着するのは五時過ぎ…”
“…と言う事は四時間ぐらいしか眠れない…寝不足じゃ仕事に支障が起きる…”
さっきまでの楽しい思いは薄れ、気持ちは現実へと加速していった。
インター入り口手前のスタンドで燃料を給油し、東北自動車道への準備を整えると、飯坂インターから一路北の方角へアクセルを限界まで開けた。
すると、さっきまで心地良く響いていたTWの排気音は高周波音を発する悲鳴を上げた。
それはまるで限界まで回る続ける工場の製造機械のように“ハタラケ!ハタラケ!”と叫んでいて…否が応でも気持ちは急かされていった。
曇った空…打ち付ける雨…。
走っても走ってもその先には灰色に塗りつぶされた世界が続く…ただ、路面に引かれた白線が点々と一直線に続き、まるで僕を現実へと導いているようだった。
“そうだ、僕は勝ち取らなくては…仕事を完璧にこなすようになって、信頼を得れば、あいつを越すことが出来る!そしたら、社会的地位が得ることが出来る…“
気持ちは現実へと向かい、固まっていった。しかし、心の片隅では白線の導く向こうに拒絶する自分がいた。
“牛串食べられなかったな…米沢ラーメンも…それに工事中で行けなかったあの断崖絶壁の温泉で見る景色は真っ赤に染まった見事な紅葉だったろうな…彼女に見せたかったな…”
栗っこの口から溜息が出たが、だが次の瞬間ニコッと笑みがこぼれた。
“そういえば、旅立つ彼女を見送るつもりだったけど、結局見送る事が出来なかったな…”
“もう今頃彼女、無事に公園に到着したかな?”
頭の中でつい先程の事が思い出された。
「残り少ない時間だから…一緒に走ろう…」
「ついでにおじさんからミカンもらっちゃった!それも熊本産だよ!」
「私、入る!」
「バスタオルなんてないしタオル一枚しかないけど、大丈夫だよ!」
「たった一秒でも栗っこくんと時間を共有したいんだ」
「ところで栗っこくん!」
「私の裸見たでしょう!これは高いわよー!」
「これ絶対おいしー!あんことかゴマとは違う新鮮な甘さだよ!」
「栗っこくん…ありがとう…」
キラキラと輝いていた彼女の瞳。あの時を思い返すと、彼女に叩かれた肩がほんのりと暖かく感じ、つい自分の顔が微笑んでいた。
“彼女もキャンパー達も心の底から笑い合っていた。そして愛想笑いしか出来なかった自分が…彼女とキャンパー達と交わって心の底から笑った…”
現実へと走っていく僕には、ついさっきの事がもう手の届かない場所にいって気がした…。
“熊さんのあの言葉の意味…そしてマイクさんの言っていたその答えは何だったのだろうか?”
「…俺にとっての現実は身近にあるから!」
「ハハハ!明後日までみなみちゃんと一緒に旅するのだろう?じゃあ明後日になったら分かるさ!」
「造られた社会だから、人間はそれ以上を求める。背伸びして、手を伸ばしても…でも大切なものは…」
頭の中をいくつもの言葉が駆け巡っていた。
“その答えは…いったい…”
頭の中で、その言葉の意味をひとつひとつ紐解き始めていた。
“造られた社会?じゃあありのままの社会って何だろう…そして僕はどちらの世界へ戻ろうとしているだろうか?”
“身近にある現実…”
“僕のこれから行く現実は身近にあるものだろうか?”
“それって…”
その時だった。競い合いながら速度を上げた二台の自動車が側を走り抜け、その追い越しざまに跳ね上げられた水しぶき。
全身に汚れた水が振りかかけられ。視界が遮られシールドを急いで拭き、熱くなった頭でアクセルをひねった。しかし、限界まで開けたアクセルはそれ以上動く事は無かった。
“くそっ!”
追い抜いた二台の自動車はたちまちの間に遠ざかっていった…。
“そうだ…こんな場所にのんびりしていたら僕は置いていかれる…この場所から這い上がらなきゃいけない!”
“僕の行く先には未来がある!でもキャンパーには未来は無い!社会の保障もないし、老後の生活だって…だから僕はその先に戻って頑張らなきゃ…そして約束された生活を手に入れなきゃ…”
僕の頭の中では機械を停めて、煙草の煙を上げ愚痴る人達と、キャンパーの姿がオーバーラップしていた。
“僕はこれから自分の眼の前に開かれた階段をどこまでも登っていき、より高い場所へ行くんだ!”
路面に叩きつけられた雨粒達が飛び跳ねていった。僕の視線は果てしなく続く白線の先の先へ…。路面に溜まった雨水に後輪が滑り、制御を失いかけたTWを必死にコントロールし続けていた。しかし、雨具の隙間から雨が浸入し、体温が奪われ身体が小刻みに震えた。
頭上を通過していく県境の看板…そしてパーキンキングエリアの看板を見つけると、時計を気にしながらパーキングエリアへと入れ、バイクを停めた。
身体中が止めど無いほどにガタガタと震え始め。温もりを求め、いつの間にか自動販売機の前へ、そしてコインを入れ、受け取り口に手を入れた。
“あれっ?冷たい!暖かい物を選んだはずなのに…”
取り出した缶ジュース。そこに描かれている濃紺から清々しい青空の色へと鮮やかにグラデーションしていく模様。
その模様を見入っていた。
“そうだ、全てはあの日から始まり、全ては彼女から展開していったんだ”
冷え切った缶ジュースに頬を寄せると、強く抱きしめた。
「いま分かったよ彼女が好きだ…」
雨は無情に男の上に叩きつけられていた。
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小説 第十二章 その2
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