「栗っこくん、ここは私が払うからね!」
その様子に気付いたのか僕の前に割って入ると、企みの笑みを浮かべながら彼女はレジへと向かい。支払いを済ませると瞬く間に反転し、その側に腰掛け注文待ちする巨体の男の背に何かを貼り付けた。
“メモ用紙のような…紙切れ?”
「みなみちゃん、あの男に何をしたの?」
「まー見てみて!」
押し殺している彼女の笑顔に、僕は男の背に張られた紙切れに目を細めた。
そのうちに近くに座るアベックがメモに気付き、小声で笑い。素知らぬ振りする店員も口元と肩が小刻みに震え、笑いに陥るのを必死にこらえていた。
「あっ!あのおにーちゃんスケベ“ヘン…クマ?”なんとかだって!」
家族連れの子供が巨体の男を指差し、大声を上げ。その声に気付いたのか、巨体の男はしきりに後ろの方向を気にし始めた。
「逃げろ!」
彼女は僕の手を取ると、一目散に走った。暖かで細い手に引かれ、水溜りを弾き、砂利に足を取られそうになりながらも、気が付くと駅舎の中へと走り込んでいた。
「ハハハ!みなみちゃんやったなー」
切れる息、座り込んだ二人。
「でも、栗っこくんは一触即発だったぞ!」
「やっぱ、ばれてた?」
上目遣いで彼女を伺うと、そこから戒める視線が投げられていた。
「ばればれ、暴力なんてダメ!」
「ごめん…」
その言葉に、深く落ち込んで行った。でも、次の瞬間彼女は静かに僕を見つめ…。
「栗っこくん…ありがとう…」
暖かで大人っぽい口調にハッとして顔を上げると、すぐそこに彼女の深い眼差しがあり、僕はその瞳に吸い込まれそうになっていく…。
“もし理性とゆうものが飛んでしまい、この身体と心を彼女に委ねられたなら、きっと全てが変わってゆく”
身体は彼女の方へ接近していき、僕の両手が彼女の背を回り込もうとした時。
「ねぇ!栗っこくん!新幹線見に行こう!」
そこにはもう、いつもの彼女がいて、僕は一瞬で力が抜け落ち、周りこんだ両手はだらり地に着いた。でもそれが一番彼女らしかった。
立ち上がって、ホームを目指し、埃にまみれた長い駅舎を歩いた。
鉄骨の骨組みに外壁が貼り付けられただけで、駅舎は簡素な造りをしていた。その天井は高く、地面には砂利が敷かれ、建物の奥の中央部にはポッンと蛍光灯の灯りが輝き、その場所には一段盛り上げられた駅のホームらしいものがあり、人気は無く静まり返っていた。
「新幹線 が停まるのに無人駅 ?」
「うん」
改札口は無く、ましてや駅員も居ない。ホームには僕と彼女しか居なかった。だだ、この場所には蛍光灯の灯りと、空欄だらけの時刻表が立っていた。
「新幹線は来るのはあと一時間後か…」
時刻表をなぞっている彼女の肩は落ちていた。でも、僕は妙な諦めがついた。
「うん、行こうか…」
別れへと向かう道、僕の中に感情が重くのしかかっていた。それは昨夜あれからずっと考えていた事。
“彼女と別れる時、泣いてしまうのじゃないかと…”
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