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第八章 突き抜ける青空
さっきまで賑やかだったキャンプ場には二人だけ…なぜかそっと互いを見合っていた。
「そう言えばマイクさん。身体で体験とか明日になったら分かるとか言っていたね」
「うん…今朝マイクさん聞こうとした事なんだ…」
僕は昨夜の熊さんの身近にある現実の事…マイクさんが明日になったら分かると言われた事…そして今朝マイクさんに話した事を彼女に打ち明けた。
「うん〜、その現実か〜!言葉では上手く言えないけど、私なんとなく分かるな〜」
「なーんか、みなみちゃんまで知っていて言えないなんてずるいな〜」
「えへっ!」
どこまでも清々しい笑顔を見せる彼女に、僕の心に溜まっていたモノが一瞬で飛ばされていた。
「大丈夫だよ!きっとその答えも分かるよ。だって栗っこくんにこんなにいい相棒が居るじゃない!」
そう言いながら彼女の細い指はTWのタンクを優しく撫でていった。
「いい相棒?でもTWは格好悪いし遅いよ…」
そんな僕を諭すかのように彼女は優しく微笑んだ。
「でもね、このTWくんは人類史上初めてバイクで北極点に到達した偉大なバイクだよ!」
「えっ!そーなの!」
驚く僕に彼女の笑顔はニコッと輝いた。
「このTWくんの太いタイヤだったら、スピードは全然駄目かも知れないけれど、泥地だって砂地だってどんな所にも行けるから、他の人よりもたくさんいろいろ見られるよ!それに遅いからの普通なら見逃してしまうものも見れるよ…」
「それって褒めているんだか…けなしているんだか」
最後の一言でいたずらな笑顔を見せた彼女に、僕はふてくされるふりをした。
でも次の瞬間僕達は大笑いしていた。
遅くて格好の悪いTW200は僕にとって誇れるものではなかった。
でもあの時…初めてこいつと会った時は違っていた…。
それは東京での挑戦に挫折して帰ってきた時だった。
自分の両親が居る実家には帰る事は出来ず、実家から離れた街でアパートを借りて生活を始めた。
しかし、交通の便が不自由な地方の街の生活ではどうしても自動車が必要になり、手持ちの金をかき集め、友人の家を訪れた。
田園風景の中、大きな農家が数軒集まった小さな集落。
友人宅前に来た途端、その長閑だった風景との違いに足が止まってしまった。
農作業する納屋や庭先に至るまで無造作に置きざらしにされたバイクや自動車達。
「おー来たか〜!こっちに来いよ〜」
その奥から友人は呼び、雑然に置かれたバイクや自動車の間を身をよじりながらすり抜け、友人の元へと向かった。
「解体屋始めたの?」
「フフフ…違うよ、趣味だよ」
“趣味でこんなに…”
転がる自動車やバイクのボディには艶がなく、サビまでも浮かんでいた。
だが、手を掛けたらまだまだ走れそうなものばかりだった。
「フフフ!お前自動車探しているのだろ、こっちだよ」
「お、おう…」
地面に散らばったネジが歩く度にギュッ、ギュッと地面にめり込む感触がする。
心地悪い感触…。
でも必死で友人の後を追った。
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2011年05月28日
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やがて納屋の奥へと入ると友人はある一角で止まった。
「ちょっと見てくれよ!フフフ!」
そこに置かれていたのはかなりいじられた一台のバイクだった。
それは、エンジンの裏側からボルトに至るまで磨きこまれ、乗られた形跡など全くなかった。
「フフフ!すげーだろー!エンジンから足回りに至るまでぜーんぶ手が入っているんだぞ〜、この一台を仕上げるのにすんげーバイク集めたぞー!!」
「回りに転がっているバイク…この一台の為に?」
「フフフ!そうだよ、このZちゃんの為さ〜!フフフ!」
一台のバイクに喜びを抑えきれない友人。
でも周囲に転がるバイクが自分に似ているようで、僕は素直に笑う事は出来なかった。
「おー!すっかり忘れていたよ!フフフ!自動車探しているのだったよね」
そう言うと友人は更に納屋の奥へと入り、突然足が止まるとポンと自動車の屋根を叩いた。
「フフフ!どうだ?型は古いけど、まだまだ走るぞ〜」
「うん…そうだなー」
その車を一回り覗き込んだ。
「ふーん、CDやエアコンも付いている…装備だって悪くないな」
その自動車を購入しようとした時だった。側に転がり埃まみれのバイクに目が止まった。
「これ動く?」
あーこれ?この太いタイヤZちゃん使えるかと思ったけど、全然役に立たなかった奴だ〜」
そう言うと友人は、横たわって宙に浮いた後輪を蹴ると、太いタイヤはカラカラ音を立て回っていった。
「走るのじゃないかな〜?」
「うん、じゃあこれにする」
「こんなのでいいのか〜?」
友人は目を丸くし、僕は転がっているバイクにニコッと微笑んでいた。
これが僕とTW200との初めての出会いだった。
あの時…TWと出会った時、こんな駄目になった僕をどこかへ連れて行ってくれそうで…そうTWが言っていたようで…。
振り返ると、そこにあの時のTWがいた。
“さあ何処へ行く?”
僕を待ちわびるTW200。キックを踏み降ろすとTWは元気に目覚めた。
心臓の鼓動のように一回一回刻む排気音。それはとても心地良く、僕の心を落ち着かせていた。
“いよいよ発進だ!”
ギアを入れ、後方へ視線を送ると、彼女からは親指をぎゅっと立てた右手がスーッと突き出され、それを合図に僕と彼女との旅が始まった。
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「ねえ!栗っこくん!もうこんな時間だよ!」
携帯を開き驚いている彼女に、僕も時計を見た。
「えっ!もうこんな時間!」
時はもう少しで正午になろうとしていた。
「この時間だと喜多方は混んでいるなー」
「えーっ!混んでいるの?」
「じゃあ、喜多方ラーメンはパスして、足を一気に延ばして米沢ラーメンを食べようか?」
「米沢ラーメン?」
初めて聞く、ご当地ラーメンに彼女の眼は丸くなった。
「喜多方はもっちり麺のちょっとこってりスープだけど、米沢は昔懐かしい、縮れ細麺のあっさりスープ…だけど何杯食べても飽きない味なんだ!」
「うーん、米沢が食べたくなった!じゃあ、米沢目指してゴーだ!!」
そう言うと、彼女は地図を開き、今までにない真剣な表情で地図を見つめ、地図上をなぞっている指がピタリ止まった。
「あっ!近道発見!」
その一言と共に、眼をキラキラと輝かせ、彼女の身体は僕へと摺り寄せながら地図を差し出した。
「ここ!ここからだとこのルートが近道だよ!」
彼女の細い指は地図上のルートを行き来していた。
「檜原峠と綱木峠?」
小さな地図に身を屈め見入っていた。
気が付けば彼女の息遣いが頬に伝わり。ふと顔を上げると、すぐそこに彼女の顔…心臓の鼓動が再び早まっていった。
「この道ダートだけど、栗っこくんは大丈夫?」
「だ、大丈夫…」
「よしっ!ここなら街は通らないし、近道だ!」
元気に立ち上がる彼女。僕は心臓の鼓動を治めようと、大きく深呼吸し、ゆっくりTWを跨ぎ進路を変え走り出した。
何なんだ!?この自分!こんないい歳こいて動揺しているなんて…”
再び走り出したTWとセロー。湖を沿うように曲がりくねる道から反れ山間の道へと入っていった。
ここからは檜原峠から綱木峠…この二つの峠を越え…そして米沢へと抜けるのだった。
まわりはうっそうとした木々が生い茂り、昼なお暗い荒れた砂利道が続くダートへ突入した。
深く刻まれた路面の凹凸に四苦八苦しながら、暴れるTWを抑え、ちらり見るバックミラー。
“大丈夫…彼女はいる…”
アクセルを開けると埃が舞い上がり、後輪に巻き込まれた砂利が飛んでいく…。
右へ左へ複雑に屈折し道は上へ上へとどこまでも続いていた。
不意にアクセルを開けると、後輪が大きく外へと膨らみ、すぐそこには谷底が迫り、全身に張り巡らされた神経が尖る…。
“後ろの荷物がキツイ…でも彼女の方がもっとキツイはずだ…”
バックミラーの目を配り、彼女の安否を確認し、再び前を向いた瞬間。眼の前に続くはずの林道に巨大な物体が横たわり道を塞いでいた。
慌ててブレーキレバーを握った。
しかし、グリップを失った前後両輪は路面を捉える事が出来ない。
埃が激しく舞い上がっていく…、制御不能に陥ったバイクはいまにも転倒しそうになりながら、真横を向き、道に横たわる物体に衝突しようとした。
「栗っこくん!足!足を出してバランスを取って!」
後方から飛んだ彼女の声。
その声に押され、瞬時に足が飛び出し、靴底が激しく路面にこすれていった。
だが転倒しそうなほど暴れていたTWは、真横を向きながらも安定し、衝突の一歩手前で静止した。
“ふー”
思わず身体から大量の息が吐き出された。
緊張から解き放たれた身体。
眼の前には大量の土砂が道を埋め尽くし、見上げると崖一面が真新しい地肌をさらし、物凄い崩落があった事を感じさせていた。
心配そうな表情を浮かべる彼女がすぐ後ろにいた。
「みなみちゃんありがとう…助かったよ」
唖然と道を見る二人。
「戻ろう…」
「うん…」
肩を落とし引き返す峠道。湖沿いの道まで戻ると、バイクを停め、小休止を取った。
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「はあ〜、悔しいなー、もう少しで米沢だったのに」
TWから降りると、僕は力なく道端に座り込んだ。
「残念…もう少しだったね」
僕の肩をポンと叩くと彼女は隣に腰掛けた。
「でも私、あーゆーのって嫌じゃないなー。あれって人生のもあるでしょ!例えるなら挫折かな〜。私なんか挫折を乗り越えこーんなに人間が大きく…」
「みなみちゃんの大きいって態度じゃ…」
僕をフォローしてくれている彼女に、なぜか僕からは天邪鬼な言葉が出ていた。
「なんて事を言う!」
次の瞬間、彼女の拳が僕の肩口へと飛んだ。
「いてて!」
「それは天罰です!」
底抜けな笑顔を見せる彼女に、僕の心に差していたへこみも一瞬で吹き飛ばされていた。
そんな二人のすぐ側には磐梯山が荒々しい山肌を見せそびえ、反対側に眼を移すと広大な吾妻連峰の山塊が横一面に連なり、山頂は紅く色付き紅葉の気配を感じていた。
眼の前に広がる湖の穏やかな湖面には、優雅に雲が流れていく景色を映し出し、気が付くと彼女がくわえたタバコがフワリ青空へ舞い上がり、その蒼い煙の行方を僕は何処までも追っていた。
いつもは見逃してしまうもの…身近にある何気ないもの…それらを僕は心地良く感じていた。
そんな気持ちに浸る僕の膝の上には、今までの旅の行程が蛍光ペンで記された彼女の地図が広げられていた。
「そこを走っていた頃は、まだ旅が始まったばっかで、周りを見る余裕がなく一生懸命走っていたな〜」
「へぇー、今のみなみちゃんからは想像つかないなー」
「北海道でのんびりしているうちに、そーなったのかなー」
そう言うと彼女はニコッと笑い。
僕は北海道という地名に妙に納得させられていた。
彼女が煙草を吸い終えると、進路は再び喜多方へ…。
そしてマイクさん…熊さんの言っていた言葉の意味がほんの少し分かったような気がした。
日差しは僕と彼女の頭上に注がれ。
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第六章 キャンパー達の夜
陽は山の向こうへ沈みかけ、空は真っ赤に燃え上がっていた。
限界まで捻られたアクセル、だけどなおアクセルを捻る手に力が入った。
「もうすぐだ!もうすぐ会える!」
松林の奥には、夕陽の光を跳ね返し、キラキラと輝く猪苗代湖の湖面が垣間見え。その光景の中に小さなテントが見え隠れしていた。
気持ちははちきれんばかりにピークへと達した。
「彼女がそこにいる…」
もうそこまで迫った再会。
TWは激しく悲鳴を上げる。
そして、僕の頭の中では再会のシナリオが展開していた。
“苦労して彼女を捜し出し、肩を叩かんばかりの再開”
“そして、あの日の夜のように…そして今度は二人で星空の下で夜が更けるまで彼女と語り合う…”
“翌日、南へと旅立つ彼女を、今度こそは僕が最後まで見送る…”
期待は高鳴った。
目指す場所では大きく手を振る人の姿。その元へと走り込むと、抑え切れないほど溢れる笑顔を押し込んだヘルメットを脱いだ。
そこへ黄色いジャンパー姿の彼女が駆け足で近寄り。広角にあいた口元と、キラキラと輝く大きな瞳が僕を出迎えた。
まさに今再会のシナリオが展開しようし、TW200 から飛び降り、彼女へと駆け出そうとした。
そして肩を叩かんばかりの再会…が今展開されようとした時。その彼女から10歩下がった場所から強烈に睨む視線を感じ、走る僕の足は立ち止まった。
見上げると、太くたくましい腕を組んだ髭面の大男が、僕をじっと見据えて立っていた。
「よくここが分かったね!」
「みなみちゃんと出会ったキャンプ場と似たトコ探したから…」
あの時と変わらぬ笑顔で彼女は駆け寄った。
だけど、彼女の背後で仁王立ちする大男の存在に、一歩前に踏み込む事が出来なかった。
「あっ!こちらは昨日蔵王のキャンプ場で一緒になって、今日も偶然一緒になった“熊さん”で、こちらが先日私が迷子になっていたトコを助けてもらった“栗っこくん”だよ」
彼女に紹介され、二人の男はぎこちなく頭を下げ合った。
「熊さんも私同様、日本一周の旅の帰り足なんだ」
“!!”
辺りを見渡すと、彼女のバイク、セローの隣に見慣れぬバイクが並べられていた。
それは迷彩に塗られ、タンクにはDRと手書きで書かれた無骨で野生的なオフロードバイクだった。
予想していなかった登場人物。描いていた再会のシナリオが崩れ、僕は三歩、四歩と彼女から後ろずさっていた。
「熊さんも北海道でのキャンプ生活長かったんだよ」
唖然としている僕の耳に彼女の声が右から左へと流れていった。だが、髭面の大男を“熊”とあまりにはまった呼び方をしているのが気になり、うつむいた顔を上げた。
その様子に気付いた彼女はニコッと笑った。
「熊ってキャンパーネームだよ!」
「キャンパーネーム?」
「キャンプ生活している人達が、キャンプ場で呼び合う名前だよ!」
「俺の本当のキャンパーネームは“ジュニア熊”…」
すると頑なに真一文字に結ばれた熊さんの口元が緩み、ゆっくりと重い口調で動き出した。
「北海道のキャンプ場でキャンプしている時、そこへ自転車で旅する俺より身体がでかいキャンパーがキャンプしていたんだ…そのキャンパーも“熊”ってキャンパーネームだったんだ…それで同じキャンパーネームが二人も居たから、他のキャンパーが身体が大きい方を“パパ熊”そして俺を“ジュニア熊”って呼ぶようになった…」
「へえ〜、私の知り合った広島のキャンパーで“ヤクザ熊”ってキャンパーネームの人いるよ!」
爽快な笑みを浮かべ始めた熊さん、そして彼女の表情。
二人の間にいる僕の心には風が吹き込んでいた。
“あの時と変わらぬ風のはずなのに、今は生ぬるく感じる…”
「あっ!そうそう!栗っこくんって名前もキャンパーネームだよ!」
「そういう事…なの?」
「そう言う事!」
ニコッと笑う彼女。だけどそこに一歩踏み込めない僕がいた。
「ねえ!せっかく猪苗代湖に来たのだから、これから三人で散歩しない?」
「あっ…もう暗くなるから…テント組み立てなくちゃ…」
彼女の誘いに、とっさにその言葉が出た。
彼女の肩越しからは並べられた二組のテントが見え。その光景を見ると、素直に二人の間に入る事が出来なかった。
松林の向こうには砂浜を歩く二人。その足元には猪苗代湖の穏やかな波が打ち寄せ、日が落ちた空は紅く染まり、緩やかに裾を延ばす磐梯山のシルエットを大空に映していた。
くやしいけどその風景に二人はまっていた。
散歩から戻った二人は、並んだテントの間に腰掛け、尽きぬ話に夢中になっていた。
「昨夜のキャンプ場、峠族が走り回って深夜まで騒がしかったね」
「でも、真っ暗なキャンプ場の隅っこでトランペット吹いていた人いたろ?あの人なんだったんだろう?」
「あっ!松林の向こうで大きなRV車からあんなにたくさんキャンプ道具降ろしてるよ」
「あの二組のカップルか…今夜はにぎやかなキャンプになるな」
途切れることのない二人の会話。
テントを組み終え、その間に座った僕は二人の空間に入ることが出来ず、上目遣いになり、深い溜息が出た。
“どうしてこんなとこへ来てしまったんだ?だた、時間を無駄に過ごしているだけなのじゃ…”
背後では、山を掘削する工事の音が響き渡った。その音はまるで製造機械の爆音が叫んでるかのように…“ハタラケ!ハタラケ!”と僕の耳に響いた。
二人が上げた煙草の煙が上昇していった。
その時、キャンパーの姿と、機械が止まっているのにお構いなしに、隠れさぼって煙草の煙を上げる彼等の姿とが重なって見えた。
“敗者だ…”
“こんな場所で、こんな事をしていたら、みんなが先に行ってしまって、僕がせっかく掴みかけたチャンスが…そして、僕は足元に転がってしまう…”
「最近眠ると…いつも大量の鮭がベルトコンベアに乗っかって…俺の身体に押し寄せる夢…見るんだ」
「熊さんも鮭の詰め込みバイトしていたの!!私も泊り込みで鮭バイしていたんだ!」
止めどない良い笑顔の彼女と熊さん。それにあわせて無理に笑う僕がいた。
その時彼女の胸のポケットからメロディが流れ、ポケットから携帯電話を取り出すと、見えない向こうの相手とにこやかに会話を始め、その彼女の姿を穏やかに見つめる熊さんの姿があった。
その瞬間、僕と彼女の距離が決定的に開き、その隙間に冷たい風が吹き込んだ。
“もう帰ろう!”
彼女がケータイを切った時、僕は今すぐ帰路に着く事を心に決め立ち上がった。
だがその時、突然辺り一面を震わすほどの爆音が響いた。
「何だ!」
一斉に爆音のする方向を見ると、遥か向こうからヘッドライトの明かりが一個、すさまじい勢いでこちらへと向かって来た。
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