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「ゆっくりしちゃったから…」
「しょうがない!明日こそ温泉に行こう!」
「うん!」
唖然としてしまった僕達だが、公園へと戻った。
「しっかし、熱いねー」
うっすらと汗ばんでいる彼女のGジャンのボタンがいつの間にか外れていて、そこから身体に密着したTシャツが覗き。その豊かな身体のラインにドッキとさせられた。
〝女の子だったんだ…〟
改めてそんな事を感じさせられていた。
「ねえ!ねえ!栗っこくんってすごいんだね!」
「えっ!何かすごい事した?」
「だって私を乗せた一輪車であの坂登っちゃうから」
「あー、あれ?時々登山しているお陰かなー」
感心する彼女に、僕は下を向き照れながらニヤけていた。
「へえー、登山しているんだー。百名山とか登っているの?」
「マイナーな山しか登っていないけどね…」
「そーなのかー。私北海道を回っていた頃、利尻山に登ったんだ!」
「すげー!利尻山って島全体がそそり立った山ってゆうか、尖がってる山ってゆうか、岩がゴロゴロしていてすごい山じゃなかった?」
「そーなの!このブーツで登っちゃったけど、岩で足元は滑るし、霧で視界が利かなくなるはで、結局八合目で断念しちゃった」
そう言うと思いっきり足を上げて、誇らしげにブーツを見せる彼女。僕はそのブーツを羨ましく眺めていた。
「でもすごいよ!八合目まで登ってしまうのだから!」
「でしょ!でしょ!」
溢れ出す感情のまま。彼女は握られた手を大きく振ると、足元は大きくステップを刻み、僕は彼女のペースについて行こうと必死になった。
「み、みなみちゃん…な、何?」
「スキップだぞー」
「ちょ…はずかし…」
…と、言葉に出しかけた僕だが、気付くと足元は楽しくスキップを踏んでいた。
「栗っこくん、今どんな内容の作品書いているの?」
「んー、戦争で昔軍隊に徴兵されて大陸へ渡り心に傷があるおじいさんの面倒をどうしょうもない女好きのどら息子が見るって話なんだ」
「面白そう!書き上げたら一番先に読ませてね!」
「うん!いいよ!」
スキップを踏みながら会話をする二人の息は元気に弾んでいた。
「ねえ!ねえ!栗っこくんに彼女居るの?」
「居ればここに居ないよ!」
「そーなのかー、意外だなー。もてそうな感じがするんだけどなー」
「ぜーんぜん、悲しいくらいもてないよ…」
「栗っこくんって、細面ですらっとして、もうちょっとで格好良くなるんだけどなー」
「そのもうちょっとってどこ?」
「どこって言われても…うーん!」
そう言うと真剣に考え込む彼女。
「本当に褒めているんだか、けなしているんだか…」
その時、彼女の手が心なしか強く握られた。そんな事に気付かない僕は、公園に到着すると彼女の手から離れ、それぞれのテントに潜り込み、倒れ込んだ。
ポケットからケータイを取り出すとデイスプレーには実家と記された着信が入っていた。
今まではすぐに消去していた着信…僕は初めて消去する事無く、そのデイスプレーを眺めていた。
「栗っこくん…まだ起きている?」
「うん、起きているよ」
「明日こそ温泉に行こうね…」
「うん…」
寂しげな彼女に声に、身を起こそうとした。だが…。
「ついでに言うけど、襲わないでよ!」
「そんな事しねーよ!」
急に元気なトーンへと変わり、力が抜けてしまうが、なぜか笑っていた。
「ハハハ!」
「ハハハ!」
夜の公園に二つの笑い声が響き、その周りは渓流の流れる音がにぎやかに響いていた。
気付くと、今日一日あの不思議な空間の中で僕は過ごしていた。そして僕もあの空間の一部となっていた。
思えば全ては彼女から始まった…。
“あれは酔ったせいなのだろうか?”
そっと自分の唇をなぞり、あの時の感触を思い出していた。
“あれは…あの時感じた安心感は…”
眼を閉じると地球の自転を身体で感じていた。
“ぐるぐる回っている…”
明日になれば、僕は僕の待つ場所で頑張らなければ、そして上へと登っていかなければ。
…でも、それが正しいのだろうか?
それとももう一度夢に挑戦すべきなのだろうか?
“マイクさんが言っていた日は明日…”
僕の中でぐるぐる回っていた。
明日になったら僕は…。
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2011年06月16日
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左手は寂しくなったけど。
「いま喋っていたの、昨夜の話に出た広島のヤクザ熊さんだよ!」
会話が終わって携帯を切り、こちらを振り向くと、僕にも同じ笑顔が注がれた。
「そうなんだ!」
「磨り減ったタイヤで長野県の林道を走っていたらパンクしたんだって!本当にドジだね〜」
「うん」
そんな彼女の表情は眩しく輝いていた。
「栗っこくん!洗濯取り込むから、ちょっと待ってね!」
彼女は再びコインランドリーの中へ、僕は通りの片隅に腰掛けると、どこからか聞こえるカラオケの伴奏に乗って唄う上機嫌な歌声と、それに合わせる手拍子。見上げると夜空には星がいっぱい散りばめられていた。
“心地いい”
「おまたせー!いよいよ温泉に行こうかー!」
「ちょっ…まだフラフラ…」
「なに言ってんの!」
そう言うと彼女は僕の手をぐいっと引き上げ、強制的に立ち上げられた。だが、膝に力が入らず、グラリ身体が傾き、その方向には彼女が…。そこから吸い寄せられるように彼女の方へと倒れ、次の瞬間、両腕は彼女の身体を抱きしめ、細くて柔らかな彼女の身体の感触といい香りを全身で感じた。
その時、僕が今まで抱えていた不安や葛藤、全ての感情が落ち着き、気持ちが安心していていった。
“このまま…ずっとこうしていたい…”
気が付くと、彼女の手が僕の背を抱きしめていた。
そして唇には柔らかい感触。
“彼女の唇が…!?”
瞬間、熱くなった身体。僕の中で何かが飛び、このまま深く深い場所に入ろうと彼女の背を探ろうとした時、僕の肩口をポンと軽く叩くと彼女は自ら少し離れニコッと笑った。
「温泉行こうか!」
「う、うん」
その一言で温泉へと歩き始めた二人、どこかぎこちなく、通りの突き当たりまで来た。
「あれっ?」
「えっ!」
共同浴場の明かりは消え、本日終了の札が入り口の前に掛けられ、二人は唖然と見上げていた。
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引き返す道、狭く静寂と暗闇だけが続いていく。ただ、暗闇の先に大通りから差し込む明かりがかすかに見え、その明かりを目印に二人は足を進めた。
“カラーン、カラーン”
そんな中、周りの壁を反響し下駄で歩く音がし、僕は辺りを見渡した。
“誰も居ない…でも、すぐ近くにいる…”
背筋がゾクゾク言い始め、自分自身の顔だけじゃなく全身がこわばっていくのが分かった。しかし、隣の彼女は平然と歩いていた。
“みなみちゃんには聞こえないのかな?”
「どうかした?」
隠そうとしても隠し切れぬ怯えに、彼女は不思議そうな眼を投げた。
「下駄の音…聞こえない…」
ただならぬ声音になってしまった僕に、彼女は眼を丸くし足を進めた。
“カラーン、カラーン”
「ほら!いま音がした!」
「えっ…あっ…これかー」
怯える僕に、彼女は気まずそうな顔をした。
「この音…私の靴なんだ〜」
そう言って足を上げると、磨り減ったライダースブーツの踵からは、鈍く輝く金属の鋲が覗いていた。
「なーんだ、そうだったのかー」
大きく胸をなでおろす僕に、彼女は意地悪に笑った。
「ははーん、どーりで…怖がっていた訳だ」
横目でチラリ送られる視線に、僕は顔を引き締めた。
「ぜ、全然怖くなかったよ!ただ、下駄の音と温泉街がはまっているなーって」
「ふーん」
再び彼女から横目の視線がチラリ送られると、次の瞬間、飛び跳ね、ステップを刻むライダースブーツ。その音はとても優雅で、情緒豊かに温泉街に響き渡り。二人は雰囲気に浸っていた。
「栗っこくん!ありがとう大発見だよ!ボロブーツだから我慢していたけど、ほんとー下駄の音するんだ!すごいよ!」
くるり僕の方を向くと、彼女は眩しいほどニッコリ微笑み、褒められた僕もニコッと微笑んだ。
刻んでいくブーツの音に耳を傾けながら、細い通りから大通りへと抜けた。だが、そこはもう土産物屋のシャッターは降り、さっきまで燦々と輝いていた旅館の玄関の明かりはもう消され、静まり返っていた。だだ、数メートル間隔に設置された街灯の明かりが点々と通りを照らしていた。
「乾燥機に入れてくるからちょっとまってねー」
再びコインランドリーへ入っていく彼女。酔いが回り始めた僕は、路上の片隅に座り込もうとした時、彼女が現れた。
「あっ!いいもの発見!」
通りの向こうに彼女は何かを見つけ、そこへ一目散に走っていった。
「じゃーん!」
“!?”
次の瞬間、荷物運搬用の一輪車を転がして、彼女は颯爽と現れた。
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「それ、どうしたの?」
「ちょっと借りちゃった」
いたずらに笑う彼女に、僕は巻き込まれていった。
「まー、栗っこくん!乗って!乗って!」
パイプで組まれた荷台が差し出され、そこへ腰掛けると、一輪車はちょこんと持ち上がった。
「じゃあ、行くよ!」
彼女の押す力、両足がアスファルトを強く蹴張ると、一輪車はゆっくりと走り始め、やがて後方から弾む呼吸と共にぐいぐいと加速し、頬いっぱいに浴びる風のシャワー、ゴツゴツとダイレクトに感じる路面の感触、流れゆく景色のスリリングなスピード感、必死になって一輪車に掴まる。
“この道は!”
気付くと辺りは暗闇。ここはさっき二人が歩いた渓流へと続く細道。やがて険しく長い坂道に差し掛かると、後方から聞こえていた弾んだ息が荒れた切れ切れなものとなり、一輪車の速度はみるみる落ち、坂を登りかけた所で彼女は力尽きてしまった。
「ハア!ハア!」
「ハハハ!残念、僕が運転するから乗って!」
座り込んでいた彼女が荷台に腰掛けると、僕は一輪車を持ち上げて、坂道からの発進となった。
両足に力を込め、一歩二歩アスファルトを蹴っ張ると、一輪車は右へ左へと大きく蛇行を刻みながらゆっくりと登り始めた。
「がんばれ!がんばれ!」
“この感じ!”
彼女から送られる声援、額から汗がほとばしり一生懸命一輪車を走らせる。まるで僕がさっきのおばあさんになったように…。
「もうちょっと!がんばれ!」
その声援に押され、切れ切れの息でも必死になって登っていく。
「やったー!すごい!すごい!」
坂を登り切ると歓喜が飛び、余韻に浸る間もなく一輪車を反転させ、今度は坂道を下っていった。
「うわー!すごいスピード!」
歓喜が再び飛び、彼女の長い髪がなびく。足が追いつけぬほどスピードは上がり、一輪車は暗闇を一気に駆け抜け大通りへと戻った。
「栗っこくん、すごい!すごいよ!」
荷台からは無垢な笑顔が送られていた。たが、立ち止まった瞬間、体内を停滞していたアルコールは一瞬にして身体中を駆け巡り、その場に座り込んだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫…」
心配そうに顔を覗き込む彼女の前、格好良く立ち上がろうと両足に力を入れたが、意思とは反対に身体は大きく横へ振られ、路上へ吸い込まれそうになった。
“!?”
その瞬間、倒れ込もうとした僕の手首を彼女がギュツと掴み、僕の身体は引っ張り上げられた。
「やっぱり大丈夫じゃない!」
叱られて力無く笑っていた。
「さあ、行こう!」
彼女に手を引かれ、コインランドリーへと歩き出した。頬に感じる柔らかな風、左手には暖かな感触。走ったせいなのか?酔っているせいなのか?心臓が高鳴っていた。でも、いつまでも感じていたい心地良い気分。
その時、彼女の胸元からメロディーが流れ、結ばれた左手は解かれた。
「あっ!もしもし…うん…今どこ?」
携帯電話の向こうの相手と会話を始めた彼女は良い表情をしていた。
昨夜はあれほどまで葛藤したのに、今夜はその表情をいつまでも見守っていたかった。
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