ヤマハ2スト気まぐれ日記(時々TWと山遊び)

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「はあ〜、悔しいなー、もう少しで米沢だったのに」
 
TWから降りると、僕は力なく道端に座り込んだ。
 
「残念…もう少しだったね」
 
僕の肩をポンと叩くと彼女は隣に腰掛けた。
 
「でも私、あーゆーのって嫌じゃないなー。あれって人生のもあるでしょ!例えるなら挫折かな〜。私なんか挫折を乗り越えこーんなに人間が大きく…」
 
「みなみちゃんの大きいって態度じゃ…」
 
僕をフォローしてくれている彼女に、なぜか僕からは天邪鬼な言葉が出ていた。
 
「なんて事を言う!」
 
次の瞬間、彼女の拳が僕の肩口へと飛んだ。
 
「いてて!」
 
「それは天罰です!」
 
底抜けな笑顔を見せる彼女に、僕の心に差していたへこみも一瞬で吹き飛ばされていた。
 
そんな二人のすぐ側には磐梯山が荒々しい山肌を見せそびえ、反対側に眼を移すと広大な吾妻連峰の山塊が横一面に連なり、山頂は紅く色付き紅葉の気配を感じていた。
 
眼の前に広がる湖の穏やかな湖面には、優雅に雲が流れていく景色を映し出し、気が付くと彼女がくわえたタバコがフワリ青空へ舞い上がり、その蒼い煙の行方を僕は何処までも追っていた。
 
いつもは見逃してしまうもの…身近にある何気ないもの…それらを僕は心地良く感じていた。
 
そんな気持ちに浸る僕の膝の上には、今までの旅の行程が蛍光ペンで記された彼女の地図が広げられていた。
 
「そこを走っていた頃は、まだ旅が始まったばっかで、周りを見る余裕がなく一生懸命走っていたな〜」
 
「へぇー、今のみなみちゃんからは想像つかないなー」
 
「北海道でのんびりしているうちに、そーなったのかなー」
 
そう言うと彼女はニコッと笑い。
 
僕は北海道という地名に妙に納得させられていた。
 
彼女が煙草を吸い終えると、進路は再び喜多方へ…。
 
そしてマイクさん…熊さんの言っていた言葉の意味がほんの少し分かったような気がした。
 
日差しは僕と彼女の頭上に注がれ。
「ねえ!栗っこくん!もうこんな時間だよ!」
 
携帯を開き驚いている彼女に、僕も時計を見た。
 
「えっ!もうこんな時間!」
 
時はもう少しで正午になろうとしていた。
 
「この時間だと喜多方は混んでいるなー」
 
「えーっ!混んでいるの?」
 
「じゃあ、喜多方ラーメンはパスして、足を一気に延ばして米沢ラーメンを食べようか?」
 
「米沢ラーメン?」
 
初めて聞く、ご当地ラーメンに彼女の眼は丸くなった。
 
「喜多方はもっちり麺のちょっとこってりスープだけど、米沢は昔懐かしい、縮れ細麺のあっさりスープ…だけど何杯食べても飽きない味なんだ!」
 
「うーん、米沢が食べたくなった!じゃあ、米沢目指してゴーだ!!」
 
そう言うと、彼女は地図を開き、今までにない真剣な表情で地図を見つめ、地図上をなぞっている指がピタリ止まった。
 
「あっ!近道発見!」
 
その一言と共に、眼をキラキラと輝かせ、彼女の身体は僕へと摺り寄せながら地図を差し出した。
 
「ここ!ここからだとこのルートが近道だよ!」
 
彼女の細い指は地図上のルートを行き来していた。
 
「檜原峠と綱木峠?」
 
小さな地図に身を屈め見入っていた。
 
気が付けば彼女の息遣いが頬に伝わり。ふと顔を上げると、すぐそこに彼女の顔…心臓の鼓動が再び早まっていった。
 
「この道ダートだけど、栗っこくんは大丈夫?」
 
「だ、大丈夫…」
 
「よしっ!ここなら街は通らないし、近道だ!」
 
元気に立ち上がる彼女。僕は心臓の鼓動を治めようと、大きく深呼吸し、ゆっくりTWを跨ぎ進路を変え走り出した。
 
何なんだ!?この自分!こんないい歳こいて動揺しているなんて…”
 
再び走り出したTWとセロー。湖を沿うように曲がりくねる道から反れ山間の道へと入っていった。
 
ここからは檜原峠から綱木峠…この二つの峠を越え…そして米沢へと抜けるのだった。
 
まわりはうっそうとした木々が生い茂り、昼なお暗い荒れた砂利道が続くダートへ突入した。
 
深く刻まれた路面の凹凸に四苦八苦しながら、暴れるTWを抑え、ちらり見るバックミラー。
 
“大丈夫…彼女はいる…”
 
アクセルを開けると埃が舞い上がり、後輪に巻き込まれた砂利が飛んでいく…。
 
右へ左へ複雑に屈折し道は上へ上へとどこまでも続いていた。
 
不意にアクセルを開けると、後輪が大きく外へと膨らみ、すぐそこには谷底が迫り、全身に張り巡らされた神経が尖る…。
 
“後ろの荷物がキツイ…でも彼女の方がもっとキツイはずだ…”
 
バックミラーの目を配り、彼女の安否を確認し、再び前を向いた瞬間。眼の前に続くはずの林道に巨大な物体が横たわり道を塞いでいた。
 
慌ててブレーキレバーを握った。
 
しかし、グリップを失った前後両輪は路面を捉える事が出来ない。
 
埃が激しく舞い上がっていく…、制御不能に陥ったバイクはいまにも転倒しそうになりながら、真横を向き、道に横たわる物体に衝突しようとした。
 
「栗っこくん!足!足を出してバランスを取って!」
 
後方から飛んだ彼女の声。
 
その声に押され、瞬時に足が飛び出し、靴底が激しく路面にこすれていった。
 
だが転倒しそうなほど暴れていたTWは、真横を向きながらも安定し、衝突の一歩手前で静止した。
 
“ふー”
 
思わず身体から大量の息が吐き出された。
 
緊張から解き放たれた身体。
 
眼の前には大量の土砂が道を埋め尽くし、見上げると崖一面が真新しい地肌をさらし、物凄い崩落があった事を感じさせていた。
 
心配そうな表情を浮かべる彼女がすぐ後ろにいた。
 
「みなみちゃんありがとう…助かったよ」
 
唖然と道を見る二人。
 
「戻ろう…」
 
「うん…」
 
肩を落とし引き返す峠道。湖沿いの道まで戻ると、バイクを停め、小休止を取った。
 
シールドを撫でていく風の音、もぎたての新鮮な朝の風が二人の身体を突き抜けていった。
 
今日走るルートは、これから裏磐梯を抜け喜多方で昼食を取り、そこから山形県まで足を延ばし、米沢でキャンプキャンプする予定でいた。
 
順調に走り続けるTWとセローだったが、観光地が密集している猪苗代湖北側湖面の国道49号に入った途端、渋滞の列に囚われてしまった。
 
信号が青になっても、なかなか前に進む事が出来ず、少し進んでは止まり、進んでは止まりの連続だった。
 
“くそっ!この渋滞!!今日は三連休の中日のせいか…”
 
次第に気持ちがイラついてきた。だがその時…。
 
「栗っこく〜ん!あの茅葺屋根の建物なーに?」
 
「あー!あれ?あれは野口英世記念館だよ」
 
「へぇ〜、あの千円札の人か〜。あっ!こっちの地ビール館なんてものがある!!バイクじゃなきゃキュッと飲んでいるのに!」
 
「はいはい、言っていなさい」
 
のろのろと走る車列。信号待ちで止まると彼女が隣に並び、その度にたわいのない会話が飛び出し、いつの間にか僕は赤信号が心待ちになってしまった。
 
「栗っこくん、次の信号左だよ!」
 
「オッケー」
 
渋滞する国道49号から裏磐梯へと通じる国道459号へ入ると、前を塞いでいた自動車や信号は消え、見上げると磐梯山が裾を大きく広げ僕達を出迎え、その懐へ向かってアクセルを開けた。
 
ぐいぐい登っていく坂道、うっそうとした木々の中を突き進んでいく。曲がりくねっていくカーブの連続を軽快にこなすと、木々の間からはさっきまで僕達が渋滞ではまっていた国道が眼下に小さく見え、自分がふわり飛んでいる感覚になっていた。
 
“気持ちいい!”
 
反対側の木々の間からはキラキラと太陽の光をはじき輝く沼湖群の姿がチラチラと姿を現し始め、その風景についアクセルを緩め見入ってしまった。
 
“綺麗だ…”
 
するといつのまに隣に彼女が並び、人差し指を立てた手を前方へと大きく動かしていた。
 
“道の駅!?”
 
「そこで休憩しよう!」
 
「オッケー」
 
ヘルメット越しに声が飛び交うと、TWとセローは道の駅へと入り、隙間だらけの駐車場へバイクを停め、近くにあったベンチへ腰掛けた。
 
「んー!今日は良い天気だね〜」
 
彼女はベンチから立ち上がり、両手を上げて全身を思いっきり伸ばした。
 
僕はそんな彼女の様子にニコッとしながら、駐車場の方を眺めていた。
 
駐車場に車を停め、道の駅へと足早に向かう若者達。土産物を抱え車へと戻る老夫婦。ソフトクリームをほおばりながら歩くカップル。
 
そんな人達の忙しい足並みは、僕と彼女の前ではゆっくり歩いていた。
 
それは、くすんだ黄色いジャンパーの彼女とよれた迷彩のパーカーの僕を横目で見る視線と、離れた場所では荷物満載にしたバイクを指差す人の姿が見えた。
 
その様子に、なぜか僕の口元は微笑んでしまっていた。
 
“あれはきっと数日前の自分自身だ…初めてみなみちゃんと出会った時はそうだった…今じゃ僕はこの場所にいる…時を忘れ…とても心地いい場所に…”
 
道行く人達が数日前の自分自身だと思うと、そんな自分自身が可笑しくてたまらなくなっていた。
 
「栗っこくん…何ニヤニヤしているの〜?」
 
「いや…みなみちゃんと初めて会った頃の自分を思い出して…」
 
「ふ〜ん?」
 
ちょこんと首を傾げると、僕の肩が触れてしまうほどの場所に彼女は腰掛け、ふと隣を見ると彼女の瞳がいつになく近い場所にあって、思わず下を向いてしまった。
 
“心臓がバクバク言っている…”
 
その飛び出しそうな心臓を抑え、ゆっくりと隣を見ると、彼女がペットボトルに入った紅茶を口にしていて、その光景がとても眩しく見えた。
 
「栗っこくん…飲む?」
 
すると手の甲で唇を拭きながら、彼女からペットボトルが差し出され。その口元に動揺しながらも平静を装い、ペットボトルを受け取り、紅茶を飲んでいた。
 
「どう?その紅茶?今朝精魂こめて作った力作だよ!」
 
「う…うん、おいしい」
 
彼女に顔を覗き込まれ、視線が彷徨う。
 
その時、道の駅の前を通る国道を数台のバイクが走り抜け、彼女の視線はその姿を何処までも追い続け、僕はその視線が気になっていた。
 
「知り合い?」
 
「いや違うよ。みーんな頑張って走っているなーって…」
 
「ふうーん」
 
納得しながらも、どこか落ち着かない気持ちになっていた。
 
“なんなんだ…この感情は?”
 
自分でも理解できない変な感情が涌いていた。
 
  第八章 突き抜ける青空
 
さっきまで賑やかだったキャンプ場には二人だけ…なぜかそっと互いを見合っていた。
 
「そう言えばマイクさん。身体で体験とか明日になったら分かるとか言っていたね」
 
「うん…今朝マイクさん聞こうとした事なんだ…」
 
僕は昨夜の熊さんの身近にある現実の事…マイクさんが明日になったら分かると言われた事…そして今朝マイクさんに話した事を彼女に打ち明けた。
 
「うん〜、その現実か〜!言葉では上手く言えないけど、私なんとなく分かるな〜」
 
「なーんか、みなみちゃんまで知っていて言えないなんてずるいな〜」
 
「えへっ!」
 
どこまでも清々しい笑顔を見せる彼女に、僕の心に溜まっていたモノが一瞬で飛ばされていた。
 
「大丈夫だよ!きっとその答えも分かるよ。だって栗っこくんにこんなにいい相棒が居るじゃない!」
 
そう言いながら彼女の細い指はTWのタンクを優しく撫でていった。
 
「いい相棒?でもTWは格好悪いし遅いよ…」
 
そんな僕を諭すかのように彼女は優しく微笑んだ。
 
「でもね、このTWくんは人類史上初めてバイクで北極点に到達した偉大なバイクだよ!」
 
「えっ!そーなの!」
 
驚く僕に彼女の笑顔はニコッと輝いた。
 
「このTWくんの太いタイヤだったら、スピードは全然駄目かも知れないけれど、泥地だって砂地だってどんな所にも行けるから、他の人よりもたくさんいろいろ見られるよ!それに遅いからの普通なら見逃してしまうものも見れるよ…」
 
「それって褒めているんだか…けなしているんだか」
 
最後の一言でいたずらな笑顔を見せた彼女に、僕はふてくされるふりをした。
 
でも次の瞬間僕達は大笑いしていた。
 
遅くて格好の悪いTW200は僕にとって誇れるものではなかった。
 
でもあの時…初めてこいつと会った時は違っていた…。
 
それは東京での挑戦に挫折して帰ってきた時だった。
 
自分の両親が居る実家には帰る事は出来ず、実家から離れた街でアパートを借りて生活を始めた。
 
しかし、交通の便が不自由な地方の街の生活ではどうしても自動車が必要になり、手持ちの金をかき集め、友人の家を訪れた。
 
田園風景の中、大きな農家が数軒集まった小さな集落。
 
友人宅前に来た途端、その長閑だった風景との違いに足が止まってしまった。
 
農作業する納屋や庭先に至るまで無造作に置きざらしにされたバイクや自動車達。
 
「おー来たか〜!こっちに来いよ〜」
 
その奥から友人は呼び、雑然に置かれたバイクや自動車の間を身をよじりながらすり抜け、友人の元へと向かった。
 
「解体屋始めたの?」
 
「フフフ…違うよ、趣味だよ」
 
“趣味でこんなに…”
 
転がる自動車やバイクのボディには艶がなく、サビまでも浮かんでいた。
 
だが、手を掛けたらまだまだ走れそうなものばかりだった。
 
「フフフ!お前自動車探しているのだろ、こっちだよ」
 
「お、おう…」
 
地面に散らばったネジが歩く度にギュッ、ギュッと地面にめり込む感触がする。
 
心地悪い感触…。
 
でも必死で友人の後を追った。
 
 僕はただ眩しく彼女を見上げていた…。
 
「おはよ…」
 
「おっはよーさ〜ん!!」
 
気付くと熊さんとミカンくんも目覚め、マイクさんからはコーヒーが渡った。
 
「ん〜美味い…この味…この香り…気分が落ち着く…」
 
「にが〜っ!苦いよマイクさん!!砂糖とクリープなかちょ?」
 
静かに目を閉じてコーヒーを味わう熊さん…その隣でしかめた顔をしているミカンくん、その様子に僕達はクスクスと笑った。
 
“僕はどちらの世界に居るのだろう?…あの世界に居てみたい…浸ってみたい…”
 
僕の中で芽生えかけた心…
 
 
そしてマイクさんの手料理で僕達は朝食を取る事になった。
 
マイクさんからあの言葉の続きを聞く事は出来ず、僕はその続きが気になっていた。
 
 
太陽は徐々に高度を上げ、僕達にぽかぽかの温もりを与え。
 
朝靄が引いた猪苗代湖の湖面には、青空を背景にした磐梯山の姿が揺らいでいた。
 
朝食を済ませると、みんな一斉にテントの撤収を始め、荷物をバイクの後部シートにまとめると、次々とバイク達が目覚めていった。
 
中でもミカンくんのバイクは、辺りの空気を振動させる程のビリビリとする爆音を吐き出していた。
 
「じゃあみなさん!またいつかどこかで会いましょう!!」
 
一足早く支度を終え、あの黒尽くめの格好に身を包んだミカンくんが颯爽とバイクに飛び乗った。
 
「かっこいい…」
 
誰からかそんな言葉が漏れ、豪快に捻ったアクセルと共にミカンくんが操るVmaxは走り出そうとした…だが“ガシャ”という鈍い金属音と共に、わずか数センチ走ったところで立ち止まった。
 
見るとVmaxの後輪部には盗難防止用のワイヤーロックがはめたままになっていた。
 
「ダーッハッハッ!まーたやっちった!こーれで三回目だ〜」
 
眼が点になっている僕達を尻目にロックを解除すると、爆音を残しミカンくんは遥か向こうへと消えていった。
 
「ミカンくんってボケボケだね…」
 
「うん、ボケボケ」
 
ミカンくんが去った後に出た会話…それから僕達はミカンくんをボケボケくんと呼ぶようになった。
 
ミカンくんに続き熊さんがバイクを跨いだ。
 
後方のキャンピングカーの運転席で構えるマイクさんに視線で合図を送ると、マイクさんはそっと頷き、もはやマイクさんと熊さんが旅立つ瞬間が来た。
 
“マイクさんあの時言いかけた言葉は何だったの?…”
 
そんな思いでマイクさんを見ていた。
 
するとその視線にマイクさんが気付き…。
 
「栗っこくん、頭で考えるより、その身体で体験した方がよく分かるぞー!明日になったらその答えの見えるさ!」
 
そう言うと、マイクさんと熊さんは大きく手を振り走り出した。
 
「じゃあ、いい旅しろよ!」
 
「じゃあ…みなみちゃん…栗っこくん…いい旅…」
 
「じゃあね!マイクさん熊さん!」
 
「じゃあ…」
 
遠ざかって行くキャンピングカーとバイクの姿。
 
その意味を求めて…そして彼女との旅が始まる…。

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