ヤマハ2スト気まぐれ日記(時々TWと山遊び)

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小説 第六・七章

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第六章 キャンパー達の夜
 
陽は山の向こうへ沈みかけ、空は真っ赤に燃え上がっていた。
 
限界まで捻られたアクセル、だけどなおアクセルを捻る手に力が入った。
 
「もうすぐだ!もうすぐ会える!」
 
松林の奥には、夕陽の光を跳ね返し、キラキラと輝く猪苗代湖の湖面が垣間見え。その光景の中に小さなテントが見え隠れしていた。
 
気持ちははちきれんばかりにピークへと達した。
 
「彼女がそこにいる…」
 
もうそこまで迫った再会。
 
TWは激しく悲鳴を上げる。
 
そして、僕の頭の中では再会のシナリオが展開していた。
 
“苦労して彼女を捜し出し、肩を叩かんばかりの再開”
 
“そして、あの日の夜のように…そして今度は二人で星空の下で夜が更けるまで彼女と語り合う…”
  
“翌日、南へと旅立つ彼女を、今度こそは僕が最後まで見送る…”
 
期待は高鳴った。
 
目指す場所では大きく手を振る人の姿。その元へと走り込むと、抑え切れないほど溢れる笑顔を押し込んだヘルメットを脱いだ。
 
そこへ黄色いジャンパー姿の彼女が駆け足で近寄り。広角にあいた口元と、キラキラと輝く大きな瞳が僕を出迎えた。
 
まさに今再会のシナリオが展開しようし、TW200 から飛び降り、彼女へと駆け出そうとした。
 
そして肩を叩かんばかりの再会…が今展開されようとした時。その彼女から10歩下がった場所から強烈に睨む視線を感じ、走る僕の足は立ち止まった。
 
見上げると、太くたくましい腕を組んだ髭面の大男が、僕をじっと見据えて立っていた。
 
「よくここが分かったね!」
 
「みなみちゃんと出会ったキャンプ場と似たトコ探したから…」
 
あの時と変わらぬ笑顔で彼女は駆け寄った。
 
だけど、彼女の背後で仁王立ちする大男の存在に、一歩前に踏み込む事が出来なかった。
 
「あっ!こちらは昨日蔵王のキャンプ場で一緒になって、今日も偶然一緒になった“熊さん”で、こちらが先日私が迷子になっていたトコを助けてもらった“栗っこくん”だよ」
 
彼女に紹介され、二人の男はぎこちなく頭を下げ合った。
 
「熊さんも私同様、日本一周の旅の帰り足なんだ」
 
“!!”
 
辺りを見渡すと、彼女のバイク、セローの隣に見慣れぬバイクが並べられていた。
 
それは迷彩に塗られ、タンクにはDRと手書きで書かれた無骨で野生的なオフロードバイクだった。
 
予想していなかった登場人物。描いていた再会のシナリオが崩れ、僕は三歩、四歩と彼女から後ろずさっていた。
 
「熊さんも北海道でのキャンプ生活長かったんだよ」
 
唖然としている僕の耳に彼女の声が右から左へと流れていった。だが、髭面の大男を“熊”とあまりにはまった呼び方をしているのが気になり、うつむいた顔を上げた。
 
その様子に気付いた彼女はニコッと笑った。
 
「熊ってキャンパーネームだよ!」
 
「キャンパーネーム?」
 
「キャンプ生活している人達が、キャンプ場で呼び合う名前だよ!」
 
「俺の本当のキャンパーネームは“ジュニア熊”…」
 
すると頑なに真一文字に結ばれた熊さんの口元が緩み、ゆっくりと重い口調で動き出した。
 
「北海道のキャンプ場でキャンプしている時、そこへ自転車で旅する俺より身体がでかいキャンパーがキャンプしていたんだ…そのキャンパーも“熊”ってキャンパーネームだったんだ…それで同じキャンパーネームが二人も居たから、他のキャンパーが身体が大きい方を“パパ熊”そして俺を“ジュニア熊”って呼ぶようになった…」
 
「へえ〜、私の知り合った広島のキャンパーで“ヤクザ熊”ってキャンパーネームの人いるよ!」
 
爽快な笑みを浮かべ始めた熊さん、そして彼女の表情。
 
二人の間にいる僕の心には風が吹き込んでいた。
 
“あの時と変わらぬ風のはずなのに、今は生ぬるく感じる…”
 
「あっ!そうそう!栗っこくんって名前もキャンパーネームだよ!」
 
「そういう事…なの?」
 
「そう言う事!」
 
ニコッと笑う彼女。だけどそこに一歩踏み込めない僕がいた。
 
「ねえ!せっかく猪苗代湖に来たのだから、これから三人で散歩しない?」
 
「あっ…もう暗くなるから…テント組み立てなくちゃ…」
 
彼女の誘いに、とっさにその言葉が出た。
 
彼女の肩越しからは並べられた二組のテントが見え。その光景を見ると、素直に二人の間に入る事が出来なかった。
 
松林の向こうには砂浜を歩く二人。その足元には猪苗代湖の穏やかな波が打ち寄せ、日が落ちた空は紅く染まり、緩やかに裾を延ばす磐梯山のシルエットを大空に映していた。
 
くやしいけどその風景に二人はまっていた。
 
散歩から戻った二人は、並んだテントの間に腰掛け、尽きぬ話に夢中になっていた。
 
「昨夜のキャンプ場、峠族が走り回って深夜まで騒がしかったね」
 
「でも、真っ暗なキャンプ場の隅っこでトランペット吹いていた人いたろ?あの人なんだったんだろう?」
 
「あっ!松林の向こうで大きなRV車からあんなにたくさんキャンプ道具降ろしてるよ」
 
「あの二組のカップルか…今夜はにぎやかなキャンプになるな」
 
途切れることのない二人の会話。
 
テントを組み終え、その間に座った僕は二人の空間に入ることが出来ず、上目遣いになり、深い溜息が出た。
 
“どうしてこんなとこへ来てしまったんだ?だた、時間を無駄に過ごしているだけなのじゃ…”
 
背後では、山を掘削する工事の音が響き渡った。その音はまるで製造機械の爆音が叫んでるかのように…“ハタラケ!ハタラケ!”と僕の耳に響いた。
 
二人が上げた煙草の煙が上昇していった。
 
その時、キャンパーの姿と、機械が止まっているのにお構いなしに、隠れさぼって煙草の煙を上げる彼等の姿とが重なって見えた。
 
“敗者だ…”
 
“こんな場所で、こんな事をしていたら、みんなが先に行ってしまって、僕がせっかく掴みかけたチャンスが…そして、僕は足元に転がってしまう…”
 
「最近眠ると…いつも大量の鮭がベルトコンベアに乗っかって…俺の身体に押し寄せる夢…見るんだ」
 
「熊さんも鮭の詰め込みバイトしていたの!!私も泊り込みで鮭バイしていたんだ!」
 
止めどない良い笑顔の彼女と熊さん。それにあわせて無理に笑う僕がいた。
 
その時彼女の胸のポケットからメロディが流れ、ポケットから携帯電話を取り出すと、見えない向こうの相手とにこやかに会話を始め、その彼女の姿を穏やかに見つめる熊さんの姿があった。
 
その瞬間、僕と彼女の距離が決定的に開き、その隙間に冷たい風が吹き込んだ。
 
“もう帰ろう!”
 
彼女がケータイを切った時、僕は今すぐ帰路に着く事を心に決め立ち上がった。
 
だがその時、突然辺り一面を震わすほどの爆音が響いた。
 
「何だ!」
 
一斉に爆音のする方向を見ると、遥か向こうからヘッドライトの明かりが一個、すさまじい勢いでこちらへと向かって来た。
“暴走族!一人っきり?”
 
キャンプ場にバイクが停まると、僕達は一斉に息を飲んだ。
 
頼りない街灯の明かりに、鮮やかなオレンジに塗られたバイクがぼんやりと浮かび出された。
 
それはとても筋肉質で威圧的なオンロードバイク。その後部シートには高く積まれた荷物がゆらゆらと不安定に揺れていた。
 
「すげっ…Vmax!」
 
熊さんの口からそんな言葉が出た。
 
天を突き刺すように伸びるマフラーから爆音が脈打つように吐き出され。漆黒のヘルメットを被ったライダーがキーを反対に捻った途端、爆音は止み、辺りには静寂が広がった。
 
漆黒の男が猛獣が獲物を探すかのように、ゆっくりと周囲を見渡し、その視線が一点に止まると即座にバイクから飛び降り、松林を縫ってこちらに向かい近付いて来た。
 
会話が止まった僕達は身構えた。
 
闇の中、革ジャンに打ち込まれた金属の鋲がギラギラと不気味に輝き。その表情もスモークシールドに隠されたまま、ただ、男が歩く度に金属の音がガシャガシャと響き、僕達の緊張感が高まる中、漆黒の男が至近距離にまで至った。
 
「あっ!」
 
だが、漆黒の男が一瞬悲鳴を上げると、次の瞬間、地面に張り巡らされた松の根に足を取られ物凄い勢いで倒れこんだ。
 
“!?”
 
「ダーッハッハ!また転んじった!」
 
漆黒のライダーの笑い声が響き渡り、僕達は呆気に取られてしまった。
 
「ねぇねぇ!仲間に入れちくり!」
 
突然の熱帯高気圧のように割って入り、漆黒のヘルメットを脱ぎ去ると、そこからは先程の印象とは正反対の少年のようなあどけない顔が現れた。
 
「いや〜、本州に入るとキャンパーが少ないから寂し〜」
 
「そ、そうだね…」
 
止まる事の無い彼の勢いに、僕の心は高く舞い上げられていった。
 
「おいらのバイクなんでオレンジ色か知っちょる?」
 
「えっ!何で?」
 
「ヒント〜ナンバー見て〜」
 
彼のペースに巻き込まれるがままに、松林の奥に停められたオレンジ色のVmaxにみんなの視線が集まった。
 
「愛媛?」
 
「そー四国愛媛!愛媛が全国に誇る特産と言ったらミカン!ミカンと言えばこの色っしょ!」
 
その言葉に一瞬、全員呆気に取られ、次の瞬間僕達は大爆笑に陥っていた。
 
「とーぜんおいらのキャンパーネームはミカンでーす」
 
「俺…ジュニア熊…熊って呼んで」
 
「私はみなみ、よろしくね」
 
「僕、僕は栗っこ」
 
高く高く舞い上げられていく自分の気持ちに、戸惑っていた。
 
「でも…ミカンと言えば静岡じゃ?…」
 
「えっ!私は和歌山だと思うな」
 
「僕は熊本が名産地だと…」
 
僕は放ったその一言に、みんなから無言の視線が投げられ…。
 
「それは違うと思う…」
 
次の瞬間、同じ言葉か合わせたかのように飛び出し、僕の顔からは火が噴出しそうな位熱くなり、下を向いた。
 
でもなんだか可笑しくて、クスクスとこらえながら笑っていたが、それが止まらなくなって、気が付いたら自分では抑え切れないほどの大爆笑に陥り、つられたみんなも大爆笑に陥ってしまった。
 
“何故だろう?ミカンくんの出現で、彼女と熊さんとの間に開いた隙間に暖かいものが流れ込み、さっきまで遠かった彼女と熊さんとの距離が…そして数分前の自分がちっぽけなものになっている…”
 
「ダーッハッハ!!みーんな無期限の旅しちょるの?」
 
「私と熊さんが無期限で、栗っこくんが期間限定旅人の現役社会人だよ!」
 
「みなみちゃんと熊さんが無期限の旅しちょるのかー。いーなー、おいらなんか部長に土下座までして頼み込んでの一週間なのに…羨ましい過ぎるよ!!」
 
そんなミカンくんに彼女と熊さんはニコッと笑い。僕もクスッと微笑んでいた。
 
“さっきまで僕はなんてくだらない事にわだかまっていたんだ。たった一晩だけじゃないか…今夜は楽しもう!!”
 
そしてキャンパー達との宴会が始まった。
 
シエラカップにいっぱいに盛られた栗ご飯とオニオンスープがみんなに渡った向こうでは、丹精込めて作った彼女と熊さんが微笑み。僕とミカンくんがコンビニで買い込んだ惣菜と福島の地酒を並べた。
 
僕達は酒を酌み交わし、舌鼓を打っていた。
 
「うん!うまい!美味いねー!この栗ご飯!キャンプしている時はいーつもコンビニ弁当ばっかだったから、こーんなに愛情がこもった料理食べるの久しぶりだよ!」
 
「その栗ご飯の栗…昨日キャンプした場所にでっかい栗の木があって…その栗の実をみなみちゃんが拾ったんだ…なんせ明日客が訪問するとかで…みなみちゃんが一生懸命になっちゃって…」
 
ご飯を口いっぱいに詰め込んだミカンくんはしきりに感動し、熊さんは不敵に笑い、恥ずかしげに下を向いた彼女の手には絆創膏が貼られていた。
 
僕はカップいっぱいに盛られたご飯を両手でギュッと抱きしめ、暖かく味わっていた。
 
そして宴は旅で出会った超人キャンパーの話で盛り上がった。
 
“一輪車に乗って旅する青年は肩に乗せたオウムに芸をさせ、それで旅費を稼ぎ旅を続ける。サーカス野郎”
 
“バイクで旅をしている若者のバイクの燃料が予備になってしまうと所構わずその場でキャンプをしてしまう、どこでもライダー”
 
“夏は涼しい北海道で鮭バイをしながら過ごし、冬が近付くと沖縄へと移動し、そこでサトウキビ収穫のバイトをする。それはまるで渡り鳥のように季節が変わる度に日本を旅する、ワタリと呼ばれる旅人達”
 
“青森ねぶた祭りの開催が近付くと、会場付近のキャンプ場に何処からともなくライダーが集まり、祭り当日は浴衣全身に鈴を付けたねぶた装束の姿になり、見知らぬもの同士が一斉にバイクに乗って祭り会場に向かう、ねぶたライダー”
 
いい笑顔で旅の思い出を語り合う彼女、熊さんそしてミカンくん。そこに驚いたり笑ったりしながら、僕の心は日本中を駆け巡っていた。
 
「そう言えば、マイクさんが栗っこくんに“よろしく”って言ってたよ」
 
厳しくも暖かく、それでいてどこまでも懐が深いマイクさん。
 
あの夜、あれほど心をさらけ出し交わったのに、マイクさんの事は何一つ分からなかった。
「マイクさんって何をしている人なの?」
 
「私も少ししか聞いてなかったけど、最近まで海外協力隊で東南アジアやアフリカに行っていたみたいだよ。今はボランティアをしながら日本全国を回る旅をしているみたい」
 
「そーかー。あまりに博識だったから、大学か塾の講師かと思ったよ」
 
「でも、これから厳冬の北海道に挑戦するって言っていたなー」
 
「すげー!今キャンパーが南下しちょるのに、北上しちょる人がおんのー」
 
マイクさんの無謀とも言える挑戦にミカンくんは反り返って驚き、僕と彼女はそれがマイクさんらしいと納得し、熊さんも一人頷いていた。
 
さっきまで騒がしかったトンネル工事の音がいつの間にか静まり、代わりに日に焼けたたくましい男達が砂浜に酒やつまみを持ち込み宴会の準備を始め。
 
砂浜の奥の方ではランタンの明かりが燦々と輝き、若いカップル達のバーベキューは盛況を極め、美味しい香りと初々しい光景を周囲に配っていた。
 
穏やかな波が打ち寄せる猪苗代湖の遥か向こう北側の国道では、蟻の行列のように無数のヘッドライトが行き交い、見上げると、松林の間からは無数の星が散りばめられていた。
 
まるであの日のように…。
 
「う〜ちやむい!!」
 
「だいぶ…冷えてきたな…」
 
「寒くなってきたね」
 
「うん」
 
夜の冷え込みに僕達はいつの間にか気付き。流し込んだアルコールは胃に止まったまま、身体中を循環することはなく、みんなの肩はしぼみ、背は丸くなっていた。
 
「やっぱ、こんな時は焚き火だ!」
 
誰からかそんな言葉が出ると、僕達は一斉に松林の中へと走り、数分後には両腕から溢れんばかりに小枝を集めていた。
 
積まれた枝の前に、熊さんが一歩前に出ると、新聞紙をぐしゃぐしゃに丸め、ジーンズのポケットから傷だらけのジッポライターを取り出し着火した。
 
弱く上がった炎、そこへ松の尖った葉をひとつまみ放り、絶妙な息遣いで一息吹き掛けると、松の葉に炎が上がり、そこへ細い枝を投じ、徐々に太い枝を炎に投じると、見る見る間に炎は高く高く踊り出し、暗闇の中に四人の暖かな表情が現れた。
 
舞い上がる火の粉、温もりを逃さぬようそっと肩を寄せ合い炎を囲むと、頬の火照りと共に、胃に止まっていたアルコールが身体中を循環し始めた。
 
その時、熊さんににはもう一つのキャンパーネーム“焚き火名人”と言う名が加わった。
 
「ワン!」
 
その時、犬の吠える声に、出来上がった僕達が振り返ると、そこに嬉しそうに尾を振るパシル。そしてマイクさんの姿があった。
 
“これは夢?酔い過ぎちゃった…”
 
「マイク…さん」
 
「よお!偶然だな!」
 
炎を囲む輪の中に僕と彼女の姿を見つけると、マイクさんはニッコリ微笑んだ。
 
「あれっ?北に向かうはずじゃ…」
 
「そう、北に向かっていたが、昨日鳥取島根で地震があったろ…あの地震でかなりの被害があったみたいだから、これから復興の手助けに行く途中さ」
 
いつの間にパシルは彼女の元へ寄り添い、焚き火を囲む輪の中にマイクさんも加わり、宴は一層の盛り上がりを見せた。
 
「しかし、ここでみなみちゃんと栗っこくんに再会するなんて、どのキャンパー達も似たようなキャンプ場が好きだな」
 
「マイク!!マイクって…あの俳優の!」
 
熊さんとミカンくんの酒をあおる手がパタリ止まり、二人はマイクさんの顔をまじまじと見た。
 
「ハッハッハ!そんな訳無いだろ!ほんの少し似ているから、そう呼ばれているだけさ!」
 
マイクさんからニッとした笑顔が僕と彼女に送られ、僕達もニッとした笑顔をマイクさんに返した。
 
「あっそうだ!栗っこくん…カレンダーじゃ明日と明後日も休日だけど、栗っこくんも休みなの?」
 
「うん、休みだよ」
 
彼女の瞳は、僕の眼の奥を見つめていた…それは何かを求めているようで、僕はその瞳に捕らわれていた。
 
「じゃあ、あと二日間一緒に走ろうか?」
 
その言葉に一瞬戸惑った。
 
じつは明後日の深夜からシフトの勤務が入っていた。
 
だが、上目遣いで僕に伺いを立てる彼女を前に「NO」と言う言葉は出せなかった。
 
「うん…大丈夫だよ…走ろう」
 
「良かった。わざわざここまで来てもらって、すぐにサヨナラなんて寂しくって…」
 
瞬く間に澄んだ笑顔になった彼女の表情。
 
僕はこの笑顔をずっと見続けていたい…このとき強く感じた。
 
“いいさ、出勤時間にさえ間に合えば”
 
「この辺は何回か来ているから、美味しい喜多方ラーメンご馳走するよ!!」
 
「ほんとー!期待している!」
 
その言葉に彼女の表情はキラキラと輝き出した。
 
でも僕は他の人も気になってしまった。
 
「ミカンくんも来る…かな?」
 
「そーしたいけど、おいらのVmaxのアグレッシブな走りにはだーれも付いて来れないっしょ!」
 
「…」
 
「熊さんは来る?」
 
「そうだな…行きたいけど…俺の家が先日の地震で…被害にあったから…早く帰らなきゃ…」
 
みんなの視線が熊さんのバイクに集まった。
 
そこには“鳥取”と刻まれたナンバープレートがあり、辺りは一瞬静かになった。
 
「いいから!二人っきりでいきな!」
 
かき立てるようにマイクさんは僕の背を強く押し、その後ろではミカンくんと熊さんがニヤッと笑っていた。
 
「じゃあ、熊さんはもうすぐ現実の世界に戻るのだね」
 
「そうだな…」
 
僕の問いに、熊さんはポツリ一言こぼすと、次の瞬間爽快な表情になっていた。
 
「今鳥取じゃ…墓石が倒れて大変な事になっている…だからしばらく墓石屋でバイトする…次の旅の為に…俺の現実はすぐ手が届く場所だから…」
 
“現実はすぐ手が届く場所?”
 
熊さんのその言葉が心の中に引っかかっていた。
 
「ハッハッハ!明後日までみなみちゃんと一緒なんだろ?じゃあ明後日になったらその現実の意味も分かるだろ!」
 
疑問に思う僕の肩をマイクさんが力強く叩き、後ろでは熊さんが納得し、酔ったミカンくんは一人ハイテンションになり、トイレから戻った彼女はその場の様子が分からず不思議そうな顔をしていた。
 
気が付けば猪苗代湖の向こうを行き交う蟻の行列はポツリポツリとなり、砂浜ではろれつの回らない声と、ほつれる足音が響き。
 
砂浜の奥では大きなテントに潜り込んだ若者達の戯れるシルエットが映し出され、僕達はパシルを囲み更けゆく時を過ごしていた。
 
「ウー!ワンワン!」
 
「まだ僕になつかないの?」
 
「栗っこくんに怒っているようだけど、尻尾は楽しそうに振っているよ!この前よりいい感じだよ!」
 
「どこが?」
 
「ワンワン!ワン!ウー!ワンワン!」
 
「栗っこくーん、こっちにこんで〜、おいらまで吠えられちょるよ!」
 
「ハハハ!」
 
「ワンワン!ウー!ワン!」
 
「どーしてみなみちゃんと熊さんだけになついているの?」
 
パシルから逃げる僕とミカンくん。彼女と熊さんはその様子を楽しそうに見守っていた。
 
「パシルはキャンパーの匂いが分かるのだよ」
 
「何それ?マイクさん!」
 
「ワンワン!」
 
「うわっ!まだ追ってくる!」
 
「ハハハ!」
 
夜は更け、やがてみんなからあくびが出始めると、僕達はそれぞれのテントへと戻った。
 
ここでは今までとは違う速度で時間が流れていた。
第七章 キャンパーブレンド
 
二週間ほど前の休日、僕は人で溢れ返るショッピングモールの通りを眺めていた。
 
楽しげに通りを歩く人達…はしゃぐ声…その表情はとても無防備で、明日の先など忘れ油断しているようで…そんな光景を見ると僕は安心に浸るのだった。
 
だがその人達の中の燦々と輝く笑顔があり、それはとても眩しかった…
 
その笑顔が僕の方に向かって来た。
 
まばゆい輝きに後ずさりしそうになりながらもその顔を見ると、それは油まみれになりながらも仕事の効率が上がらず、契約期間と言う名の下に退社させられた人だった。
 
“勝ち残ったのが僕なのに…なぜ、そんなに輝いている?”
 
「やあ!久しぶりー、相変わらず頑張っている?」
 
「えっ…あっ…まーほどほど…」
 
そんな僕に彼は清々しく声を掛けてくれた。
 
その瞬間、自分自身が恥ずかしい存在になっていた。
 
いま思えば、あの笑顔はどこかキャンパー達と似ていて。
 
キャンパー達の心から滲んで来る笑顔。僕を心地良くさせてくれる不思議な空間がもっと近い場所に存在する感じがしていた。
 
その世界を触れてみたい…
 
 このずっと後に…僕の心の中にそんな感情が
 
 
 
早朝、冷気が頬を撫で僕は眼を覚ました。
 
“現実はすぐ手が届く場所だから…”
 
「その答えは明後日…つまり明日になれば分かる?」
 
僕の中でその言葉が引っ掛かっていた。
 
そのせいだろうか…昨夜はよく眠る事が出来なかった。
 
東の空が紫に染まり、ゆっくりと明け始めた。
 
テントから抜け出し、昨日一日走って酷使した身体をストレッチしてほぐしていた。
 
“身体が硬い…でも今日はいつになく気持ちいい朝だ”
 
眼の前に広がる猪苗代湖の湖面は一面を覆い隠すように朝靄が横たわり、その朝靄の上から磐梯山の頂上部が眠そうに顔を除かせていた。
 
「おはよう!」
 
掛けられた声に振り返ると、松林の奥に停められたキャンピングカーの前に椅子やテーブルが並べられ、その中央にマイクさんが腰掛け、ニッコリ微笑み僕を手招いた。
 
「おはようございます」
 
「まあ、ここに座れよ」
 
そう言われマイクさんの隣へ腰掛けると、香ばしさと温もりがいっぱい入ったコーヒーが渡り、カップを抱きしめそっとすすった。
 
するとその深い味に思わず言葉が出た。
 
「にがっ!」
 
しかめた僕の顔にマイクさんはニコッと笑った。
 
だが、不思議な事にゴクリと飲み干すとその苦さが爽快感へと変わっていった。
 
「でも…美味しい…」
 
「ハハハ!そうか、俺自慢のキャンパーブレンドだからな!」
 
そう言うと、マイクさんは足元で眠るパシルを撫でながら、静かに明けてゆく猪苗代湖の風景を眺めていた。
 
「マイクさん…どうしてキャンパーブレンドなの?」
 
マイクさんは穏やかな表情で僕を見つめた。
 
「味は苦く飲みづらい…でも飲んでみたら美味しい…」
 
マイクさんのその言葉に僕の疑問は限界まで達した。気が付くと今まで心の中に溜まっていた自分自身をマイクさんに打ち明けていた。
 
毎日が時間に追われ、仕事に縛られて生活するだけで精一杯一生懸命の自分…
 
かなわないと知りながらも夢を追い続ける自分、そして手を伸ばし現実の生活を掴もうとする自分とのギャップ…
 
そんな時に出会った彼女とマイクさんから感じる心地良させる空間…
 
その心地良くさせるものが何なのかを知りたく…ここまで来た事…
 
そして昨夜熊さんが言っていた身近にある現実…
 
それは明後日…つまり明日になったら分かる…
 
気が付くと溜まっていたものを吐き出した自分…。
 
“こんなみじめな自分自身なんて…”
 
こんな僕をマイクさんが受け止めてくれるか不安になった。
 
「ハハハ!そーかー!」
 
だがマイクさんはそんな僕を一瞬で笑い飛ばした。
 
「栗っこくん…君は俺達みたいな旅を続けてゆく生活はどう思う?」
 
「ええ、みんながすごく羨ましい…」
 
「だったら栗っこくんもこのまま旅をすればいいさ」
 
「でも…」
 
僕の視線は足元に転がるちっぽけな小石を見つめていた。
 
わずかな時が流れ、ゆっくりとマイクさんの方を見た…。
 
「マイクさん自身はこのままでいいのですか?」
 
「!?」
 
「だって、旅をし続ける生活なんて…安定した収入はないし、病気や怪我をした時は?…それに老後の生活だって!それに毎日何もしないで旅するなんて…」
 
“あっ!”
 
言い過ぎてしまった自分に気が付いた。
 
でも、マイクさんは全てを承知していたかのように静かに笑った。
 
「ハハハ!俺も昔、海外協力隊に入る前まではそうだったなー」
 
マイクさんの眼差しは遥か向こうにある磐梯山のもっと遥か向こうを見つめていた。
 
「造られた社会だから、人間はそれ以上を求めるんだ…背伸びして、手を伸ばし…」
 
マイクさんの言葉は重さを増し、その言葉に僕は引き込まれていった。
 
「なあパシル…お前も造られた社会が嫌いだろ…主人を亡くし…社会を造る人達を嫌い…」
 
その言葉には悲しみが帯びていて、なぜか自分の罪悪感のように僕はドキッさせられた。
 
朝靄が薄れ、猪苗代湖の湖面が徐々に現れてきた。
 
その姿を見つめながらマイクさんの口元は次の言葉を切り出そうとした。
 
「おはよー!栗っこくん、マイクさんもう起きたのー」
 
その時まだ眠気が入った挨拶が飛び、彼女が恥かしそうにあくびを隠しながらテントから抜け出し、僕とマイクさんも挨拶を返した。
 
「みなみちゃんもこっちにおいで!コーヒー入れてあげるから!!」
 
「やった!マイクさんのキャンパーブレンド!!また飲めちゃうんだ!」
 
「ハハハ!みなみちゃん待ってな!」
 
マイクさんがコーヒー入れに立ち上がり、彼女が僕の隣へ腰掛けた。
 
「ねえ、みなみちゃん…どうしてマイクさんのコーヒーがキャンパーブレンド…って名前なの?」
 
切実な顔をする僕を見て、彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに最高の笑顔ガ返った。
 
「このいい香りに誘われるでしょ…でも味は飲み込んでしまうのが躊躇しそうな苦さでしょ…だーけど飲み込んでみたら最高の爽快感!!」
 
彼女は言葉の切れ端切れ端で僕の顔をチラチラ見ながら説明をするが、その度にイタズラな笑顔を浮かべていた。
 
「みなみちゃん分からないな〜、だってキャンパーって…ずーっと甘い世界に居るはずだよ…苦味なんてないはずだよ」
 
「生意気な〜」
 
そう言うと、彼女の人差し指は僕の額をちょこんと小突いた。
 
「ねえ、栗っこくん…いまの栗っこくんはコーヒーを飲み込もうと躊躇しているのだよ!」
 
そう言うと彼女は腰掛の上に立ち上がり、そしてどこまでも大きく手を広げた。それはどこか嬉しそうで…ただ彼女の頭上に広がる青空がとても蒼く、どこまでも澄んでいた。
 
 「ねぇ!栗っこくん…苦い世界の向こうは素敵だよ!」
 僕はただ眩しく彼女を見上げていた…。
 
「おはよ…」
 
「おっはよーさ〜ん!!」
 
気付くと熊さんとミカンくんも目覚め、マイクさんからはコーヒーが渡った。
 
「ん〜美味い…この味…この香り…気分が落ち着く…」
 
「にが〜っ!苦いよマイクさん!!砂糖とクリープなかちょ?」
 
静かに目を閉じてコーヒーを味わう熊さん…その隣でしかめた顔をしているミカンくん、その様子に僕達はクスクスと笑った。
 
“僕はどちらの世界に居るのだろう?…あの世界に居てみたい…浸ってみたい…”
 
僕の中で芽生えかけた心…
 
 
そしてマイクさんの手料理で僕達は朝食を取る事になった。
 
マイクさんからあの言葉の続きを聞く事は出来ず、僕はその続きが気になっていた。
 
 
太陽は徐々に高度を上げ、僕達にぽかぽかの温もりを与え。
 
朝靄が引いた猪苗代湖の湖面には、青空を背景にした磐梯山の姿が揺らいでいた。
 
朝食を済ませると、みんな一斉にテントの撤収を始め、荷物をバイクの後部シートにまとめると、次々とバイク達が目覚めていった。
 
中でもミカンくんのバイクは、辺りの空気を振動させる程のビリビリとする爆音を吐き出していた。
 
「じゃあみなさん!またいつかどこかで会いましょう!!」
 
一足早く支度を終え、あの黒尽くめの格好に身を包んだミカンくんが颯爽とバイクに飛び乗った。
 
「かっこいい…」
 
誰からかそんな言葉が漏れ、豪快に捻ったアクセルと共にミカンくんが操るVmaxは走り出そうとした…だが“ガシャ”という鈍い金属音と共に、わずか数センチ走ったところで立ち止まった。
 
見るとVmaxの後輪部には盗難防止用のワイヤーロックがはめたままになっていた。
 
「ダーッハッハッ!まーたやっちった!こーれで三回目だ〜」
 
眼が点になっている僕達を尻目にロックを解除すると、爆音を残しミカンくんは遥か向こうへと消えていった。
 
「ミカンくんってボケボケだね…」
 
「うん、ボケボケ」
 
ミカンくんが去った後に出た会話…それから僕達はミカンくんをボケボケくんと呼ぶようになった。
 
ミカンくんに続き熊さんがバイクを跨いだ。
 
後方のキャンピングカーの運転席で構えるマイクさんに視線で合図を送ると、マイクさんはそっと頷き、もはやマイクさんと熊さんが旅立つ瞬間が来た。
 
“マイクさんあの時言いかけた言葉は何だったの?…”
 
そんな思いでマイクさんを見ていた。
 
するとその視線にマイクさんが気付き…。
 
「栗っこくん、頭で考えるより、その身体で体験した方がよく分かるぞー!明日になったらその答えの見えるさ!」
 
そう言うと、マイクさんと熊さんは大きく手を振り走り出した。
 
「じゃあ、いい旅しろよ!」
 
「じゃあ…みなみちゃん…栗っこくん…いい旅…」
 
「じゃあね!マイクさん熊さん!」
 
「じゃあ…」
 
遠ざかって行くキャンピングカーとバイクの姿。
 
その意味を求めて…そして彼女との旅が始まる…。

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