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「僕の父親はいまだに街の為と言いながら遅くまで働いているよ…でも何をしているか分かっているけど…それを知ってしまった日から大学を辞め、自分自身の為に生きようと物書きを目指したけど…だめだったよ…」
暗闇にほのかに浮かぶ彼女の横顔は、小さく、そして時には大きく頷き、紐解くように出る僕の言葉を受け止めていた。
「でもさ…それまで上手く人生が行っていたのは両親のおかげだったんだ…両親が敷いたレールの上を走っていたからなんだ…書き上げた小説は全然ダメ…夢はやはり夢…現実には勝てない…結局、今は生まれ育った家のすぐ側まで帰って居るのに、まだ、家に戻ることが出来ないんだ」
何年も心にくすぶり溜まっているものを全て出し切り、何だかすっきりとした僕は照れ笑いをし、彼女もニコッと微笑んだ。
「やっぱり栗っこくんって奄美に居た頃の私に似ていたんだね」
彼女の投げた小石は水面に水しぶきを走らせ、握りしめた缶ビールは軽くなっていた。
「本当、僕達何か似ているね…」
僕と彼女はそこから言葉が無く、無言の時が続いたその時、坂の下の方から必死に息を切らす声が聞こえた。
「ひい!ひい!ふう!ふう!」
真っ暗な闇に眼を凝らす二人、その先からは、一生懸命自転車を漕ぐおばあさんの姿が現れた。
「ひい!ひい!ふう!ふう!」
険しい坂道に負けんとばかり、サドルからお尻を上げペダルを漕ぐ姿。
「がんばれ!もう少し!」
その姿に、僕と彼女は思わず応援していた。
「ひい!ひい!ふう!ふう!」
右へ左へと大きく蛇行を切り、失速寸前に陥りながらも、おばあさんは息切れ切れペダルを漕ぎ続けた。
「もうちょっと!がんばれ!」
声援を送る僕達の手には汗がにじみ、その声に押されるかのようにおばあさんが坂道を登り切ると、堤防の道端に腰掛けた二人を発見した。
「あらー!どっからこえっこすっどおもったらー、そげなどごさーいだんすかー。まーどうもなっすー」
そう言葉を残すと、おばあさんは堤防の向こうへと走り去って行った。
おばあさんは何て言ったのか、僕にはよく分からなかった。でも、その言葉には暖かさと感謝がにじんでいた。暗くてよく見えなかったけど、おばあさんの表情は満面の笑顔になっていた。
「おばあさんっていいなー」
「うん!」
おばあさんが去って行った方向を、彼女は羨ましそうに見ていた。
「私もあんなふうに可愛く歳をとりたいなー」
穏やかに流れてゆく時の中、僕はニッコリと微笑んだ。
“なんていい空間なんだろう”
「あれっ!もうこんな時間になっている!」
「うん、戻ろう」
残ったビールを一気に飲み干し立ち上がると、僕と彼女はコインランドリーへと向かい歩き出した。
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小説 第十章その4
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