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「うーん、何を食べようかなー?」
並べられた種類の多さに迷っている彼女。
「僕のお勧めはこれ!」
「じんたんもち?」
僕が指した品書きに、彼女は首を傾げた。
「知らないの?」
「うん、初耳。これどうゆう食べ物なの?」
不思議な顔をしている彼女。それは、僕の地元ではずんだ餅とも呼ばれている食べ物。僕が子供の頃から食べていて普通にあったものだから、知らない事に驚いていた。
「えーっと…枝豆をすり潰して、それを塩と砂糖で味付けして、餅にまぶしたって感じ」
「枝豆と塩?じゃあビールと一緒にキュッって感じ?」
ジョッキを持つ真似をしている彼女に、微笑みちょっと困惑していた。
「うーん、それって何か違うなー。若い大豆を引き割りにしたとゆうか…」
「大豆?豆腐みたいな感じ?じゃあ日本酒でチビリって感じ?」
今度は真剣な顔でお猪口を持つ真似をしている彼女に、僕は大笑いしていた。
「ハハハ!まだじんたん餅食べた事無いみたいだから、僕がご馳走するから!」
早速、注文すると、身体中の雫がついている二人は、店内の席に着かず、軒下に置かれ半分雨ざらしになったテーブルに座った。
グレーに染まった空からは、手加減されること無く雨が降り続いたが、隣に座っている彼女の笑顔は途切れる事は無く、以前まではドキドキしていたのに、今ではこの場所が一番居心地がいい僕の指定席。
でも、時は過ぎていく…。
“一秒一瞬を大切に守ってゆきたい。だけど、もうすぐ、この先には仕事とゆう現実が待っていた”
「栗っこくん!来たよ!」
気が付くと、テーブルの上にはじんたん餅が運ばれ、それは数個の純白の餅の上に、荒挽きされた若葉色のじんたんが彩り鮮やかに降りかけられていた。
「わぁーきれい!これがじんたん餅かー」
「うん、食べてみて!」
キラキラと眼を輝かせ一口彼女がほおばると、僕を向いてニッコリと微笑んだ。
「これ絶対おいしー!あんことかゴマとが違う新鮮な甘さだよ!」
「でしょ!」
僕達は一つの皿を突きながら、残された時間を楽しんでいた。
“彼女と牛串食べられなかったなー…米沢ラーメンも…あの分だと断崖絶壁の温泉は最高の紅葉だったろうなー”
僕の心に後悔が取り巻いていた。
“三号機の調子いいかなー?電解紙と製品の在庫、間に合ってるかなー?そういえばエクセルの計算式作ったばかりだから、反映していないとこあるかも…”
その反面、仕事の事が気になり始めていた。
「ねぇ!栗っこくん!食べていいよ!」
「えっ!」
彼女に袖を揺すられ、テーブルを見ると皿の上には餅が一個残されていた。
「せっかく米沢に来たのだから、記念に食べなよ!」
「じゃぁ、半分にしょうか!」
そう言うと彼女は両手に箸を持ち分割しょうと試みるが、つきたての餅はのびてゆくばかりでなかなか切れず。必死になる彼女に寄り添い、僕の箸も餅に入れられた。
頬をくすぐる長い髪、肌の淡い温もり。餅に四本の箸が加わると、抵抗していた餅は呆気なく分割され、二人の腹へと収まっていった。
“いよいよ最後の時だ…”
テーブルの上にはもう何も無くなり、二人が立ち上がったその時、一人の男が茶屋へと入って来た。
その男はすれ違いざまに、彼女をいやらしい視線で上から下へと舐め回すと、うっすらと笑みを浮かべ、レジの側のテーブルへと腰掛けた。
“露天風呂にいた青白い巨体の脂肪男だ!”
その視線に怒りが湧き上がり、強く拳を握っていた。
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小説 第十二章その7
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