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アメリカのショック
東日本大震災は日本人の素晴らしさを世界中に伝播した事も間違いない。 「アメリカは大きなショックを受けた」敗戦直後、 GHQの戦略で徹底的に日本人の心を破壊。
アメリカと日本は真逆の精神文化。米国は「個人の尊厳」を第一とする。
日本は「公に対する思い」を大事にする。
アメリカは日本人を完全に軟弱化し個人主義に改造したとの自信が有った。
しかし、未曾有の災害に見舞われた人々は
自らをかえり見ず、誰かの為に死んで行った。
警察官、消防隊、役所の人間、自衛隊、医療関係者、一般庶民などが
見ず知らずの人を助ける為に命を投げ出した。
日本人は変わって無かった。
アメリカにとって最も驚いたのは
多くの一般庶民が誰かの為に死んで行ったことだった。
「日本人の武士道は未だしっかりと存在する」と認識した。
写真 南三陸町の旧防災対策庁舎「遠藤未望さん」が 最後まで市民に避難を呼びかけマイクを握ったまま死んで行った。合掌!
沖による追記
昭和天皇のご行幸を許可した祭、GHQはイタリアのムッソリーニのごとき
陛下への制裁や暗殺が市民の手でなされると期待していた。
当時ヒロポン中毒者が市中に蔓延していたこともあって、
暗殺の可能性は高いと思っていたわけです。
ところが行く先々で陛下は歓迎され、ありがたがれた。
訪問を待ち望む国民の姿を見て、
GHQは天皇を裁くことは出来ないと判断したと聞いています。
裁判にかけようものなら反米感情が高まり日本統治を難しくしてしまう。
テロや反乱を誘発してしまう。GHQはそう判断したのです。
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戦前の教育制度
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会津若松の鶴ヶ城を見学した。
城の入口に「ならぬことはなりませぬ」という碑が建っていた。
何だろう、と思いながら中へ・・・・・・・・
城の中を見学する気がない。以前、松本城を見学したとき、たいして面白くなかったので、「この城もか」という思いがあった。仕方がなく入ったが、どっこい、面白かった。
幕末の戊辰戦争の様子がでかい絵画とともに展示してあった。見応えあり。他に日進館という会津藩の藩校の教えがビデオで解説。
「教育は100年の計にして会津藩の興隆は人材に育成にあり」と田中玄宰(はるなか)の進言により創設された。今の国立大学並みのレベルで優秀な人材を育成した。日本で始めて給食を取り入れたり、水練講という今でいうプールもあった。その日進館を復元した建物があるそうだ。開校式には論語の教えが中心だから、その当時の駐日中国大使も呼んだそうだ。会津若松は初めて行ったので、そういう建物があるのは知らなかった。今度行く機会があったら見にいこう。
戊辰戦争は中国の孔子の教えより、日本の神様が勝った戦争かな。
その藩校の教えに「什の掟」がある。
一、年長者のいうことに背いてはなりませぬ。
具体的な言葉を使っている。
胸が痛くなるような言葉。親に反抗して人生の道、誤った私には心に響いた。
この掟を学校教育に入れたらイジメ、登校拒否はなくなりそう。家庭内暴力も無し。
一、年長者にはおじぎをしなければならぬ。
一、嘘を言ってはなりませぬ。
一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
一、弱いものをいじめてはなりませぬ。
一、戸外で物を食べてはなりませぬ。
一、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。
ならぬことは、ならぬものです。
会津精神はならぬことはならぬものです。
(ブログの投稿した文章で大体のその人が大卒ぐらいの知識もっているかわかる。
私の場合、学歴が尋常小学校卒だから文章がおかしかったり、難しい語彙が出てこない。
今、この投稿の文章を読んで変だったので直した。ああー大学に入りたかった)
会津 鶴ヶ城
(財)会津若松市観光公社
tel0242-27-4005鶴ヶ城天守閣・茶室麟閣
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白虎隊の墓に行った。
何だろう、この石碑は!???
「文明の母なるローマは白虎隊勇士の遺烈に不朽の敬意を捧げんが為、古代ローマの権威を表わすファシスタ党章の鉞(まさかり)を飾り、永遠偉大の証たる千年の古石柱を贈る」
裏面に「武士道の精神に捧ぐ」と刻まれている。第2次世界対戦後占領軍により削りとられた。
ドイツからも
フォン・エッツ・ドルフ氏寄贈の碑
白虎隊精神を賛美して贈られた碑文と十字章である
碑文訳「会津の若き少年武士に贈る」
飯森山から見える会津若松の街並
白虎隊精神とは忠君愛国だ。藩の為に忠誠を尽くす。現代では化石化している。
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「館山 寂れた町」で検索してブログを調べたら、館山に石川啄木の夫人と子供が療養したある家があった。その世話したお婆さんの孫が成瀬政男という歯車博士で、館山の白浜村の偉人だった。東北大学を出てトヨタで仕事もしたことがあり。最後は東北大学の教授だった。
片道16キロ、4時間、かけて学校に通った、というところに驚いて成瀬博士の本を買う。「心の灯台」という題名で東銀座出版社から出ている。昔の人は偉かった。明治40年ごろ、電車もバスもないころ、往復32Km歩いたそうだ。信じられない。
その本の中に
代用教員をした頃の話で
「あるとき政男先生は廊下に落ちていいた紙くずを拾い、そっとくず箱にいれたことがあります。それを生徒が見ていたらしく、紙くずを見つけると自分から進んで箱に入れ、やがて全部の生徒がするようになりました。
政男先生は驚きました。校長先生が「教育は天職なり」というように、神聖な仕事なのだと思いました。教師のやることは生徒は知らず、知らずのうちに学んでいく。自分がやさしければ生徒もやさしくなり、こちらが濁れば生徒も濁る。子供達を見ていると、自分の体と心がそのまま生徒に吸い込まれていくような気がした。
自分が小学1年生の頃の先生を思い出した。女の先生だ。妙に顔が真っ白く厚化粧している。先生なのに変だと思ったら、大きくなってから知ったが顔中アザだらけで真黒な顔だった。きっと親がその顔で嫁にいけないと考えて師範学校に通わせて女一人でも世の中に生きていけるようにしたと思う。
アザだらけの顔じゃ小さい頃からいじめられたり馬鹿にされたろう。ゆがんだ心の女の先生じゃ、生徒も暗くなる。2回ぐらい殴られた。学校に入ったばかりの生徒を、親にも殴られたことがないのにその先生にやられた。言葉掛けしないで手を挙げる。ヒステリー女だ。結婚して2、3年しか経っていないので姑と仲がまだ円満でなかったろう。
その先生がに出産するため、休んだので代わりのの先生、男の先生が来たが、その先生ときは楽しくて授業を受けた記憶がある。何年後、その先生を学校の廊下で見かけたとき、うれしくて喜んだ。
戦前は教育に愛があった。
「教育愛」という初めての言葉を聞く。
「生徒に教える根本は、教育愛です。愛があれば教える方法は自然に生まれます。1週間暇をあげますから、各教室を見学して自分の方法を考えてください」と成瀬先生に言いました。
「人びとには、無限の力があります。これが宝というものです。この宝はかくれていて、人には分からなければ、もっている自分にも分らないことが多いのです。その宝を取り出し、磨きをかけ、立派な玉にすることが人間のつとめです」
昔の先生が生徒に話したこと。
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マンボウシリーズの著作で有名な斉藤茂太さんが卒業した学校である
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