特定非営利活動法人 文明亜細亜 電脳触書

馬で野を駆け、帆走・漕艇で海を渡り、野に稔りを得るNPO

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271207/10:00.御供所公民館集合

【街歩き】10:00〜 
 御供所公民館から妙楽寺へ 神屋宗湛墓他、妙楽寺境内
11:30〜 お昼 各自

【座学】13:00〜
  会場・御供所公民館 
  御題「陳外郎・妙楽寺、菓子ういろう、薬ういろう」



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妙楽寺開山堂。妙楽寺開山は正和五年(1316)、月堂宗規禅師。

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開山堂内。月堂宗規禅師像。

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     境内の銀杏。青に映える。

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渡辺桂堂住職様に案内を頂き境内を歩く。幕末の福岡藩医師・鷹鳥養巴墓前で、養巴が死罪となった慶応元年の乙丑獄で、同じく家老加藤司書と天福寺で腹を切った大組斉藤五六郎は、ご住職の母方曾祖父様と話聴いて驚いた。なお、養巴墓横に建つ墓碑銘は進藤一馬翁手跡。

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     妙楽寺境内。長政が客分としてむかえた、竹中半兵衛重治孫・重次墓。
     妙楽寺に建つ初期の墓石。

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二代・忠之公が四百石、のちに百石加増の荒木村重孫・村光墓。

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神屋宗湛墓まで宗湛末孫・神屋浩さんから話を聞く。

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家臣の墓所は画像の竹森はじめ、吉田、桐山などいわゆる黒田二十四騎中の家が並び、如水公時代の家臣団を彷彿とさせる。荒木村重、竹中半平衛らの末孫墓所があることも如水時代でも、特に、秀吉側近時代を思わせる。また、神屋・末次などの墓所があることは博多の中世を半ばまで遡らせてくれる。

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本堂のご本尊。正面からの撮影にご不快だったかピンぼけ

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本堂聖壇正面

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「石城山」は妙楽寺山号。

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     庫裏でお茶とお菓子も頂いた。菊水紋が入った饅頭特に美味しかった。 





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