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神幸行列に流鏑馬武者が復活へ 八代妙見祭2012年02月10日 熊本日々新聞

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妙見宮祭礼絵巻八代神社甲本(部分)に描かれた流鏑馬
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八代妙見祭の神幸行列に参加することになった武田流流鏑馬保存会=2007年、熊本市
 約370年の歴史を持つ八代妙見祭の神幸行列に、今年から絵巻などに描かれた流鏑馬[やぶさめ]の武者が加わることになった。かつての妙見祭の出し物がほぼ完全にそろうことになる。
 江戸時代の妙見祭祭礼絵巻などには、神幸行列の亀蛇[きだ](ガメ)の後ろに、馬上から矢を射る流鏑馬の武者が描かれている。八代市文化まちづくり課によると、妙見祭の流鏑馬は明治維新後も続いたが、記録は1884年を最後に途絶えている。
 1990年からの妙見祭復活事業で、祭りを彩る笠鉾[かさほこ]の修復や途絶えていた出し物の復活などが進み、昨年3月には国が重要無形民俗文化財に指定。これを受けて流鏑馬復活の機運も高まっていた。
 神幸行列に参加するのは、八代城主だった松井家第14代の松井葵之さんが顧問を務める武田流流鏑馬保存会(竹原陽次郎理事長、熊本市)の会員ら。今年は松井家初代・康之の没後400年に当たり、行列に加わるだけでなく実際に流鏑馬を披露する。11月23日の神幸行列当日は会場の確保が難しく、数日前に実施する予定。
 八代妙見祭は中世相良氏時代の神幸行列が起源。江戸時代初め、八代城に入った細川三斎が神輿[みこし]や衣装などを寄進して途絶えていた祭礼を復活させた。その後、松井家が神馬[しんめ]や飾り馬、鉄砲・槍[やり]行列、流鏑馬などを出し、商業で栄えた各町内が獅子や笠鉾、亀蛇などの出し物を出すようになって今に伝わる形が整った。

 八代妙見祭保存振興会の浜大八郎会長は「昨年の国指定もあり、妙見祭の形が整うことは本当にうれしい」と話している。(林 茂)

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